鶯谷君は何色か
一体全体どういう事アルか……
混乱のあまり脳内口調が似非中国人になってしまった。
今しがたちょっと乙女の様な、可愛らしい表情になっていた鶯谷君は、すっかり酔いが覚めたみたいな顔になっている。
「……大河内さん、ふたりの話に何か齟齬が生まれている気がするので、順を追って確認させてください」
「お……おおいぇ……」
酔いが覚めたみたいな顔、というか……怒ってませんか? 鶯谷どん。
呼び名も「大河内さん」に戻っている。
「俺が今から何を話すと思ってたんですか?」
「いやあの……恋バナ?」
「誰と誰の?」
「鶯谷君と新谷さんの…………」
「………………ほう、成る程」
全て納得がいった、と口角を片側だけ上げながら鶯谷君は私を睨みつけ、ビールを一気飲みした後盛大に溜め息を吐いた。
「何故誤解を受けないように、アンタをこの場に残し『仕事の話』と明言したにも関わらず、そんな誤解ができるんですか! どれだけ妄想力豊かなんです?!」
「ええぇぇぇぇ?! まさかの勘違いですか?! ……でもその割に話が合ってたじゃんかぁ~」
おかしいな? おかしいぞ?
あれ? どういう事だ??
「……とにかく、新谷さんの事はなんとも思ってません。 思いの外時間を食ったのは、新谷さんからの質問が多く、話が長引いてしまったからです」
「なにが嘘だったの?」
「それは…………ちゃんと考えればわかります。 5分時間を与えますから、ちょっと考えてみてください。 わからなかったらこの話は終わりにしましょう」
「………………」
え、どうしよう。
気になるけれど、『新谷さんとふたりきりになる為、仕事の話があるからと言ったのが嘘』というのがしっくりきすぎていて、他がサッパリ思い付かない。
他に嘘ついたような場面ってあったかな?
そもそもそれが見つけられぬ……
「ブブー、時間切れです。 この話は終了です」
「そんなぁ~?! 待って、あと10分!」
「駄目です。 大体なんで制限時間増えてるんですか」
「答えがわからないままのクイズとか、気持ち悪いわ!」
そう言うと鶯谷君は、不機嫌そうにしていた顔を少しだけ緩ませた。
「…………そんなに知りたいなら、教えるのは吝かでもありません」
「おおいぇ……」
「その返事は止めなさい。 場所を変えましょう。 ……家で良いですか?」
「別に良いけども、ウチでなく?」
「はい、俺の家で」
店を出たふたりは、多分前回と同様に、コンビニで酒とツマミを買って鶯谷君の家に向かった。
「おじゃましま~…………」
玄関扉が開くと、私は驚きのあまり言葉を途中で失ってしまった。
あんなにあったゴミ袋が、ない。
段ボールもだ。
本だけは辛うじてある。
「どうしたん、コレ……」
「捨てました、ほとんど全部。 仕分けるの面倒だったんでほぼそのまま捨てましたね。 まぁ袋に入れた時点で多少仕分けてあったんで」
日常的に使ってる物と、絶対に使うものと、高価な物だけ残したらしい。
意外と豪快、鶯谷君。
「……家具でも買うの?」
「買うかもしれませんね、この先」
そういや婚活してるって言ってたっけ。
相手の好みに合わせるつもりかな?
「どうします? さっきの答え聞きます?」
「ああうん……」
缶ビールを開けながら鶯谷君は言った。
でも直ぐに話を変えた。
「ところで渚さん、なんで婚活しようと思ったんです?」
「なんでって……そりゃ」
『結婚したいから』。
そう言おうとして止めた。
別にそんなに結婚したいかと言われるとそうでもないという事実。
「う~ん、30過ぎたから? 周りも結婚してくし、私の仕事はいくらでも替えがきくしねぇ……子供は嫌いじゃないから、産むならもう結婚しといた方がいいかな~と」
周囲の意見に踊らされていると言えばそれまでだが、30過ぎて肉体的に感じたことも多少ある。
この先こういうことは増えていくのだろう。
恋愛には向き不向きがあるというのは、既に20代で経験した。
三次元は二次元を超えられないし、愛を囁かれるとかムズ痒い。
セックスは嫌いじゃないが、少なくとも溺れる程には好きじゃないし、好きじゃない人とは気持ち悪くてできなかった。付き合いが長い友達とヤるのも嫌だ。
こんな私に運命的な出会いがあるとは思えないが、一人で生きるのは心もとない。
そこまでちゃんと考えた訳でもないが、多分そういうところからだろう。
「打算的と思う?」
「いえ、どちらかというと現実的ですね。 俺もそう思いますよ。 『賢い人』云々は?」
「どういう人が自分に合うとかわかんないし。 考えてみれば賢い人が理想だったな~と思って」
「その『賢い』の定義もよくわかりませんけどね…………」
そう言った後、ビールに少しだけ口をつけてから鶯谷君はまた質問をした。
「あの人はどうです? 高井戸さん。 なかなか察しはよさそうでしたよ」
「へぇ、そう見えたんだ。 『賢い』筈なんだけどね~、誰にでも懐っこいしあんな感じだから私のイメージする『賢い』感じではないんだよねぇ」
なにしろ『賢い人』は戦隊モノならブルーかブラックだ。
高井戸を当てはめるならその他の色……レッド、グリーン、イエローのいずれも当てはめられないことはないが、ブルーとブラックは明らかにイメージとは違う。
「ふぅん…………ならイケる気がしますね」
「え、なになに」
よく聞き取れなかったが、『戦隊モノ』の例えは意外にもよくわかっていただけたようだ。
「多分ね、あの人は俺のついた嘘わかってますよ」
「高井戸が? ええ?」
そうすると高井戸と接した時に嘘をついたって事になる。
(え~と? なに話してたっけ?)
そんなに話してない気がする。
名刺交換の時位で。
「あ」
「ようやく気付きましたか」
『名刺切らしてる』が嘘か!
「……そこで納得しないでくださいよ。 良いですか? よく考えてください、その後の俺とのやり取りを。 それまでスルメはお預けです」
呆れたようにそう言って、私が取ろうとしたツマミのスルメを袋ごと取り上げる。
「お預けとか犬かよ。 大体咀嚼は頭の働きを良くすると聞いたことがあるぞ? むしろ進んで食わせるべき」
「そういう反論の時だけ頭が回りますね。 そういや渚さんて、食うの早いですもんね。 じゃあちゃんと咀嚼を行ってください」
スルメを噛み締めながら鶯谷君とのやり取りを思い出す。
………………わかった気がする。
一連の流れで、鶯谷君が何を話してるつもりだったかが。
そしてわかった事を話す前に、鶯谷君は私がわかった事を察したようだ。
「戦隊モノで言うなら俺は割とブルーかブラックだと思いますけど、どうでしょうか」
そう言ってニヤリと笑った。
閲覧ありがとうございます!
ここで終わりにしてもいいかな、とも思うけれど、もう少し続けてみる。
10話以内では終わりそうで正直ホッとしてます。話が間延びする悪い癖。