鴬谷君は勝負に出た
悪い感触ではないので、一気に畳み掛ける事にした。
「年齢も近いですし、この部屋も分譲。 ローンはちょっと残ってますが、次のボーナスで完済するレベルです。 割とお得だと思いませんか?」
「いきなりだな!?いきなりだよ!」
「そうでもないですよ。 大体俺の事はもうわかってるでしょ? まぁ後は身体の相性位なもんで」
逃げ腰になる渚さんだったが、勿論合意でないのにするとか、強引にそういう空気に持っていく気などはない。
そう、強引にそういう空気に持っていく気はないが…………空気が変わった気は、してる。
「警戒しなくても合意の上じゃないとしませんよ」
自分に言い聞かせる様にそう言った。
さっきから渚さんはずっと真っ赤で……今まで一切出さなかった『女』の空気をそこはかとなく醸している。
嬉しい反面、これは結構な誤算だ。
『理性が焼き切れる』なんて事は流石に有り得ないが、欲望は局部と共に着実に膨らんでいる。
本当は許される範囲で触りたい。
「…………まぁ、そうだろね」
ちょっと残念そうに見えるのは俺の願望か?
……冷静に見ないと。
そういう行為ギリギリの男女間の駆け引きとなると、頭の良し悪しとかあんまり関係ない。
空気をモノにしたもん勝ちだ。
無意識なんだろうけど、ここで女を見せるとか、狡い。
赤い顔を隠すように俯きがちだなもんだから、チラッチラこっちを見る度、上目遣いになる瞳。
しかも羞恥からか潤んでいる。
彼女が目を伏せる度に、普段から上げていない睫毛が長さを主張してくるようだ。
酒に濡れた唇から漏れる吐息が緊張を孕んでいて、浅い。
……ハッキリ言ってエロい。
(今までそんな表情一度も見せたことなかったくせに)
冷静に観察したつもりが欲望を更に滾らせる結果となった。
(くそっ…………だが負けん!)
そういうのは後!
先ずは言質をとってからだ。
「一緒に暮らしてみませんか? 渚さん。 婚活するよりてっとり早いと思いませんか」
「それは、同棲ってこと?」
「はい。 結婚を前提に」
俺は一気にプロポーズした。
実はもう少し色々考えてたし理想もあったが、もう仕方ない。
そんなことより、触れたい。
だが触れたら流石にある程度までは止められない。
いくら俺が大人で我慢ができるとはいえ、辛いもんは辛い。
とはいえ、これは大事なことだから。
触れてから言っては台無しだ。
それに一度信頼や信用を失うと、取り戻すことは容易じゃない。
「無茶苦茶だな」と渚さんは言うが、俺だってこんな予定じゃなかった。
友達からゆっくり始めるつもりだったのを変更したのはまだいい……
それよりなにより、思った以上にその気になってしまっているのが問題だ。
少しだけ愚痴を吐く。
吐くことで冷静さを取り戻したい。
「全然気付かないアンタが悪いんですよ。 言っとくけど俺はちゃんとアピってましたよ? お友達との関係を知ってちょっと方法を変えようと思っただけです」
想定外に渚さんが全く乗ってこないのは、それなりにいい報せであった。
…………明らかに俺を意識している。
「気になるならお試しに『同居』でもいいですよ。 さっきも言ったように分譲なんで、家賃は俺が頂きます。2万でどうですか? その間は絶対に手を出しません。 大家と店子でもありますから」
これは『ゆっくり距離を詰める』という当初の流れに沿った計画だ。
今や、単に渚さんに都合がよさそうな条件を提示しただけに過ぎない。
渚さんが完全に俺を『そういう対象』と見た今、彼女の態度や表情の変化でそう理解した。
こんなの俺の方がもたない。
ちょっとだけ不思議な気分になる。
ほんの少し前までは、プラトニックでも当面は充分満足できると思ってたのに。
今はそんな気が全然しない。
渚さんはちょっとだけ気持ちが揺れた様だったが、やっぱり乗ってはこなかった。
その代わり、俺にこんなことを尋ねてくる始末。
しかも俯きながらおずおずと、だ。
「……なんで私?」
なんだその質問は。可愛すぎか。
「飲んでて面白かったからですかね。顔も結構好みだったし」
ムカついたので、ぞんざいな感じでそれだけ返した。
「もうそういうのは聞くな」と遮ってビールを口にする。温い。
(どうしてこう無意識に煽ってくんのかね……)
今まで平気でガンガン下ネタも言ってたくせに。
そんな恥ずかしそうに聞くことかよ。
そんなの可愛い以外の何者でもない。
「…………聞きたいなら、話しますけど。そういう感じになっていいなら」
「!」
渚さんはあからさまに狼狽えた。
ああもう、だから可愛いって。
なに?その初心な反応。
どうしようもなくからかいたくなって、距離を詰める。
(許される、範囲で)
そう言い聞かせながら。
「いや、あの……ええと」
狼狽えて身体を強ばらせてるくせに、逃げようとはしない。
「聞きます? わかりやすく口説く感じになりますけど?」
(……更に言うと触れますけど?)
勿論、許される、範囲で。
……どこまで許してくれる?
「好きだから」
そう小さく告げると、渚さんの身体がビクっと跳ねるように震えた。
ーー聞こえたと思う。
デニムの膝を抱えて座り込んでいる彼女と、這いつくばって近付いた俺の距離はもう、ヒト一人分もない。
耳許で囁いてそのまま押し倒したい衝動に駆られながらも……その一方で「この気持ちを睦言にはしたくない」と言う俺がいた。
(……俺こそどれだけ初心なんだ)
そう思いつつ、その気持ちに従う。
「渚さん」
聞こえたと思う。……けど、ちゃんと聞いてほしい。
向けられた目を見つめて、なるべくハッキリとそれを口に出した。
「好きです」
どこまで赤くなるんだ、というほど赤い顔で、渚さんは視線を泳がせながらアワアワとまた俯く。
触れたい。
いいかな?
(いいよね)
それを俺はオッケーの合図と見なし、身体を更に近付け手を伸ばした。
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