鴬谷君は暗躍する
カレーを口実に泊まってから、まんまと俺は大河内さんの家に入り浸る事に成功した。
大河内さんの他人に対する垣根は低い。
ただ、それは彼女に言わせると『自分なりの基準値がある』のだと言う。
おそらくだが、大河内さんは自分の生活や行動の妨げになると感じなければ許容できる人なのではないか。
最初無理くり泊まった時には流石に迷惑そうな顔をしていたが、俺が狸寝入りを決め込み様子を窺っていると「ま、いっか別に」で終わってしまった。
次の日からは泊まるような真似はせず、「今日は○○食べたいです」と言いつつ一緒に大河内さんの部屋に戻るのを続けてみた。
大河内さんは「しょうがないな~」と言いつつも拒否はしなかった。1週間経つと反応も「食費助かるわ~」に変わり、今では当然の如く一緒にスーパーに向かう。
「鴬谷君、今日は何にするぅ?」
新婚さんみたいで嬉しい。
でもちょっと「この人大丈夫かよ」とも思う。
「大河内さん、俺居心地良くてしょっちゅう入り浸ってますけど……大丈夫ですか?」
「鴬谷君は『大丈夫』に認定されている人だから大丈夫」
「…………そうすか」
喜んでいいのかどうかが良くわからない。
男として見られてないってことだよな?やっぱり。
まぁ……でもやっぱり嬉しい。
微妙だけど、嬉しい。
「大河内さんの『大丈夫認定』ってどんな基準なんですかね?」
「え、う~ん……そうだねぇ……例えば鴬谷君がウチにいるとき、なんかこうムラムラしたとしよう」
……大河内さんはもう少し発言内容に気を配った方がいいと思ったが、へそを曲げて話さなくなりそうなので堪えた。
「そういうときでも『見境なく手を出さない』。 まずこれね。 後は『本当に邪魔な時帰ってくれる』。……ここまでが大丈夫認定」
男としては一応見てくれてるんだろうか。
……良くわからない。
「低くないですか、それ」
「あくまで一番下の『大丈夫認定』だからね? 他にも色々認定基準はあるし、鴬谷君は大体クリアしてるから別に平気」
「例えば?」
「『長時間一緒にいるのが苦痛でない』とかかな?」
それはイマイチ低いのか高いのかが解り兼ねる。
なにぶん大河内さんの感覚だ。
「大河内さんは誰とでも仲良いじゃないですか」
「そりゃ、我慢してるもん。 だからそう見えるだけで、長時間はキツいよ。 第一自分の部屋なのに気を遣うとか嫌だよ、面倒臭い」
意外な答え。
(…………ヤバい、超嬉しい)
俺はそれをクリアしているらしい。
大河内さんは具体的に色々言っていたけど、要約するとどれも『自分が生活するのに邪魔でなければ問題はない』という感じのことばかり。
マイペースだからペースを狂わされるのが嫌なのだろう。
俺の予想は正しかったが、そのハードルは想像よりも高いようだ。
それが事実ならば、このままなし崩し的に結婚まで持ち込めそうだ。
ただ、『どうなし崩すべきか』。
『共に過ごすハードル』だけでなく、思いの外大河内さんの貞操観念も高いと知る。男友達が多そうな割に、付き合った人を含め経験人数も少ないようだ。
過去には拘らないが、貞操観念は低いよりは高い方がいい。
しかしながら、それは『迂闊に手を出すと死亡フラグ』でもあった。
当然ながら無理矢理迫るつもりはないが、そういう空気を作ろうとして拒絶される可能性は充分にある。
慎重にいかねばならないだろう。
ーーこれはもう、一緒に暮らしてしまおう。
大河内さんは付き合いがいいが、決して享楽的な訳ではない。
俺の金であっても無駄遣いを嫌う。
その辺りも毎日の様にご飯を食べるのを拒否しない理由に繋がっている。食材を1日では使いきらないからだ。
俺の『2日目カレー発言』は思わぬ所で功を奏していた。
付き合いが2ヶ月過ぎると、俺のエンゲル係数に明らかな差が生まれていることがわかり、決意を固くする。
大河内さんに婚活などはさせない、と。
婚活をするのは俺だ。
絶対逃がさない。
大河内さんに手を出すのは難しくとも、言いくるめて一緒に暮らすのは多分そう難しくない。
(彼女は結婚をしたいわけじゃない、将来に不安があるだけだ)
大河内さんの行動からそう結論づけた俺は、その日から少しずつ部屋を片付けた。
なし崩し的に結婚に持ち込む為の第一歩として、なし崩し的に一緒に暮らす。
生活が落ち着いた頃にプロポーズし、同居を同棲に変えてしまえばいい。
他の人間なら無茶苦茶な計画だが、大河内さんに限ってはこれが一番リスクが低そうだ。
警戒心を持たれないうちに、囲い混んでしまおう。
タイミングをはかっていた俺だが、程なくしてチャンスは来た。
新谷さんは『部屋を探している』らしい。それを理由に同居を持ち掛ける事にする。
おかしな流れのようだが、それを悟られないようにすれば良いだけの事。
……要はもっともらしければなんでもいいのだ。
他人が介在すると偶然感が増す。
つけ込むには最適。
ついでに新谷さんにも協力を仰ぐ。
ここには然したる期待をしてはいないが、新谷さんからその都度新たな大河内さん情報を手に入れることできる。
これは結構ありがたい。
俺が大河内さんを好きだと知ると、新谷さんは目を輝かせて色々と聞いてきた。
彼女は若くて可愛い。
大河内さんと出会う前ならきっと、恋愛対象に入っていたんだろうな。
だが若くて可愛い筈の新谷さんに、なんの興味も抱けない。
むしろ『私、渚先輩と仲良しです』みたいな言い方にちょっとイラッとする。
女の子にまで嫉妬する位、俺は大河内さんに夢中みたいだ。




