鴬谷君、婚活を開始する
「おぉ~い、鴬谷く~ん」
大河内さんの間の抜けた声に起こされた俺だったが、完全に間抜けは俺の方だった。
自らのリミットを超える量のアルコールを摂取した結果、夜中身体が熱くて服を脱ぎ捨て、ヒンヤリした床で寝ることにしたのだろう。
(マジ有り得ねぇ……)
恥ずかし過ぎる。
若い頃、気の置けない男友達と宅飲みした時すらこんなことなかったのに。
自分のだらしない行動にも驚いたが、大河内さんがまだいたことにも驚いた。
「……大河内さんはどこで寝てたんですか?」
「ん?そこ」
彼女が指差したのは、引っ越しの際袋に入れて運んだまままだ開けてない、服の入ったゴミ袋。
なんで平気でそんなとこで寝るかな?
せめてソファで寝てくれ。
(曲がりなりにもこの家に初めて泊めた女性を、ゴミ袋の上で寝させてしまった)
何度も言うが、俺は見た目が派手で誤解されやすいが、真面目である。
強引に部屋に上がり込み、そういう感じに持ち込もうとした女性も、場合によってはやんわりお断りして一晩ただ泊めてあげることもあった。
そんな『ジェントル・鴬谷』な筈の俺のプライドはもうズタズタだ。
昨夜散々悩みをぶちまけた挙げ句、勝手に欲情し、下心を以て甘えようとした上思いっきり反撃を食らい、床にパンイチで寝てたのを起こされただけでなく、女性をゴミ袋の上で寝させてしまった。
(……そもそもこんな部屋に招き入れること自体が既に駄目だ!)
激しく自分の失態を責めながら、洗った物を入れていたゴミ袋から取り出した服を着る。
大河内さんは全く気にしていない様子で、
「男兄弟がいるので慣れているから、別にパンイチでも構わないのだよ? まぁ君がブリーフ派やブーメランパンツ派ならば、流石にちょっと遠慮してほしいところだけど」
……等と他人(男)の部屋に入った女子に在らざることを宣った。
俺はアンタの弟ではない。
大河内さんにもなんかもうムカついて、自分の失態を彼女に押し付けるような発言をしてしまう。
「そういう問題じゃない……っていうかアンタも大概無防備ですよ? いい歳の女性が気軽に独身男の部屋に入るなんて。 そんなんだから結婚できないんです」
昨夜ありとあらゆるダメ出しを彼女に行った気がするが、然して怒らせたという記憶はない。
だが、この発言にはカチンときたようだった。
「みっともなく彼女への未練がましい愚痴を長々聞かせる相手とヤる程、私はボランティア精神に満ち溢れてないわ! 自分こそこんな汚部屋に住んでるからフラレるんだ!!」
見事にカウンターを喰らう俺。
(未練がましいと思われている……)
それにショックを受け、撃沈。
甦る昨夜の失態。
……乳でも触ってやろうなんて下心持つんじゃなかった。
俺は失意の中、考えた。
テーブルに突っ伏しながら。
(……俺、この人の事好きかもしんない)
出た結論にビックリだ。
だが情けない昨夜の失態よりも、まるで相手にされていないことや『元カノに未練がある』と思われていることの方が、遥かに俺の心を掻き乱していることを鑑みても、その結論にしか行き着かない。
この歳で初めて『恋に落ちる』を体感した。……いや、歳は関係ないのかもしれないが。
だが年齢は経験を伴う。
『亀の甲より年の功』とは良く言ったものだ。
直ぐに直接的な行動に出る程、浅はかでも衝動的でもない。
第一、職場が一緒なのだ。
チャンスは幾らでもある。
(まだ好き『かもしれない』訳だし……先ずはもっと彼女を知りたい)
それに現在俺は全くそういう対象として見られていないのだ。
そしてこの人は『失恋を慰めている内にほだされる』みたいなタイプではないということは、十二分にわかった。
とりあえず、『元カノへの未練』の部分の誤解を解かなくてはならない。
暫く考えていると、そのうち大河内さんがスルメでつついてきた。
つつくな。
スルメは食べるものだ。
つつくモノじゃない。
「あの~…………ごめんねぇ?」
「…………いいんです。事実ですから……」
「でも片付けりゃいいことじゃないの?」
その言葉を大河内さんが発すると、自らの主張を行えるチャンスとばかりに俺はつつかれていたスルメを口で奪った。
スルメを咀嚼することで、飲み過ぎで乾いている口の中を唾液で満たし、飲み込む。
「そうなんですよ!」
準備は万端だ。
「アイツはただ単に俺と別れたかったんです! 婚活してもっと条件のいい男が見付かったから……それを責める気はありませんよ!? それを隠して『都合よく俺のせいにされた』事が許せないんです!!」
『元カノへの未練ではなく、自分のせいにされたことが許せない』という理論の展開。
だが相手は大河内さんだ。
正しく理解してくれているかが、謎。
「おぉいぇ……」
「だからなんなんすかその返事!」
微妙な返事が返ってきた。
……多分大丈夫、だと思いたい。
大河内さんは『泊めてくれたお礼に片付けを手伝う』と言い出したが、適当に(まぁ概ね事実ではある)理由をつけてお断りした。
一応『お礼』は取っておきたい。
使うかどうかはわからないが、何かの際に役立つかもしれないし。
その後から俺は大河内さんを誘いまくった。
……その頻度、週3。
大河内さんと過ごす度、『かもしれない』が薄れていくのを感じている。
本当は毎日一緒に過ごしたいが、これ以上は流石にウザ過ぎる。
週3でも付き合ってくれるし、楽しそうにはしてくれているので、まず嫌われてはいないだろう。
(『お友達』にはなれたかな)
当初の目的は達成したが、既に目的が変わっている。
これは俺にとって『婚活』なのだ。
ただし、相手は決まっているが。




