鴬谷君と運命の出会い
転職のきっかけは知り合いから打診されたことだ。
営業スキルを見込まれた……と言えば聞こえはいいが、引き抜きと言う程大層なことでもない。
前の職場はブラック企業と言う程ではないにしろ、残業も多く休みの日はグッタリしてしまい、然してプライベートな時間は取れなかった。
給料は多少下がるが、安定した地元密着型企業である今の職場に移るのはそれなりに魅力的であり、『1年か2年後でもいいなら』とその話を受けることにした。
引き継ぎ云々もあるが、勿論一番の理由はマンションを買うためである。
プライベートに時間を割けなかった分、貯金はそれなりにあるが、先を考えると今購入すべきだと思ったのだ。
新しい職場は地元密着型企業だけあり、どことなく和気あいあいとした空気だった。
居酒屋を貸し切って開いてくれた歓迎会は、任意にも関わらず多くの人が集まってくれた。
……むしろ、ただ飲みたいだけじゃねぇのか、と思う数。
その中で豪快に飲んで、食ってる割に、皆に気を配って注文を取ったりしてる女性がいた。
大河内 渚。
彼女は中堅なのか、若い子とも上司とも満遍なく喋る。
見た目は若いが「いや~オバチャンにはわからんわぁ~」等と言っている事からも、それなりの年齢のようだ。
テーブルを移動する度結構な量の酒を飲んでいるようだが、ちょいちょい人の空いたグラスを気にかけたり、和から外れた人に話を振ったりしていた。
俺は主賓な為、常に誰かに気を遣われていたからか絡む事はなかったが、見た目が割と好みだったことも含めてちょっと気になった。
年齢が近そうなのもいい。
俺は生まれながらに色素が薄く、派手な顔立ちをしている。
髪の量は多いが若干の癖がある猫っ毛で、ちょっと傷むとすぐ茶髪っぽくなる為か……チャラく見られがちだ。
しかし、本来真面目なので若い子のノリにはついていけない。
別れた彼女が25だったのは、彼女の方が俺に告白したからに過ぎず、自ら話しかけるなら断然同年代がいい。
この時点で大河内さんは俺の恋愛対象だった訳だが、当然ながら明確に好きだということでもなく、『機会があったら話してみたい』位の存在だった。
それに、職場で恋愛しようとも別に思っちゃいなかった。
なんなら友達が多そうな彼女とお友達になり、出会いの幅が広がったりしねぇかな、程度の興味関心だ。
そんな大河内さんと話す機会が訪れた。
俺の補佐の事務に付けられた新谷さんは、仕事ができないわけではないが……如何せん要領が悪い。
しかも入社したばかりの俺が、大口注文を取ってくるとは誰も思っちゃいなかったのだろう。
明らかに新谷さんは役不足だった。
おまけに真面目な為必死で取り組んだせいか、熱を出して倒れた。
……いい子だが、本当に要領が悪い。
その前に誰かに相談してくれ、困るのは俺だ。
そこで代打的にかり出されたのが大河内さんだった。
彼女は特に作業的な物において、スピードが兎に角速い。
あっという間に仕事が片付いて本当に助かった。
大河内さんとはそれまで直接的に絡む事はなかったが、皆と満遍なく喋るのに悪口や噂話はサラッと流す、サバサバした性格であることは聞き及んでいた。
歓迎会の時の印象も含め、ただでさえ高かった彼女の好感度は仕事を共にしたことで、更に高くなっていた。
(とりあえずお友達になりたいな)
俺には純粋な異性の友人がいたことはない。
このご面相が災いして、友達面して寄ってくる女は大概下心があった。
それで友人と揉める羽目になったこともあり、異性間の友情には疑いをもっている。
ここで言う『友人』は然したる重味のないものだが、その反面彼女なら友達になれるんじゃないかと言う期待と、それ以上に恋愛的な期待もあった。
大河内さんは飲みの誘いにアッサリ乗ってくれたが……彼女への幻想は斜め上方向に打ち砕かれた。
なんだこの女。
わけわからん。
最初、恋愛的な相談をしてきたのかと思いきや、とんでもない。
大体なんだ『戦隊ヒーローに例えると』って。
そんなモンに例えるな。
婚活相手の話をしてたんじゃなかったのか?
コイツの『賢い』の基準がまずアホだ。
挙げ句『賢くなるにはどうしたらいい?』……だと?
今の流れでアンタが賢くなる必要がどこにあるのか。
『賢い人に好かれる為にはどうしたらいい?』とか『賢い人と出会うにはどうしたらいい?』なら理解できるが。
気が付いたら俺はダメ出しをしまくっていた。
イチイチ返ってくる台詞が面白く調子に乗った部分もある。
勢いに任せて俺はとっ散らかっていた悩みも吐いた。
飲んでいたとはいえ、俺は自尊心が高い方である。
だが普段なら絶対言えないような事まで、何故か気軽に口に出来た。
(この女性になら素が出せる気がする……いや、酔ってるだけか?)
そもそも俺も彼女もいい歳だ。
ここまで酔っ払うとか、ない。
……酒を覚えたばかりのガキか。
そう思いつつも楽しくて、酒が進む。
有り得ないことにコンビニで酒とツマミを買って、ゴミ袋だらけのウチにまで連れてきてしまう。
妙齢の女性、しかも今夜初めてマトモに話した相手を。
……本当に有り得ない。
だが、そんなことどうでもいい程楽しかったのだ。




