大河内さんと鶯谷君
私は大河内 渚。
一言で自分を表すならば、馬鹿。
もっとこう『アタシはばっかでぇぇぇ~す!フゥー!♪』……位にはっちゃけられたら良かったのだが、残念ながらそんなキャラでもない。
はっちゃけてない馬鹿だ。
はっちゃけてない馬鹿というのは甚だ残念。残念以外の何者でもない。
馬鹿ははっちゃけられたら案外カッコいいのだ。しかしはっちゃけられない馬鹿は、単なる馬鹿でしかない。
『賢くなるにはどうしたらいいかなぁ?』
この質問が既に馬鹿丸出しなのは置いておけ。そこは突っ込むところじゃない。
どうしても気になるならば発言者を私ではなく、脳内で猫でも犬でも、頭の足りなさそうな可愛いオナゴでもショタでも、好きなものに変換し当て嵌めたら良い。
きっと好意的に受け取れるに違いない。
そう、私は賢くなりたいのだ。
今更なので、出来ればお手軽に。
なんせ私は『年齢? いくつだと思う?』と聞くと結構な気を遣われた年齢を答えられ、実年齢を答えると『えぇ~? 見えなぁ~い!!』と言われるのが居たたまれないと感じながらも、何故かニヤニヤ中途半端な笑みなどを浮かべつつ、その実どこまで本気なのかを探ってしまうような微妙なお年頃だ。
あ、例え話ですよ。
……例え話ですよ?(2回目)
何故賢くなりたいか?
そんなの決まっている。
か っ こ い い か ら だ!!
ババーン!!(効果音)
う~ん、馬鹿丸出し。
賢い人が好き。
更に言えば弁の立つ人が好き。
小難しい理論と数字を話に交ぜながら、声を荒げる事なく淡々と持論を展開し、相手を追い込んでいく。
その様は正にKING。ディベート王だ。
完膚なきまでに叩きのめされたい。
……あれ? 性癖の話になってない?
まぁ、アレだ。それくらいカッコいいよね!って話だ。
馬鹿が賢い人に憧れるのは至極当然のこと。
故に私は戦隊モノならブルー並びにブラックが好きである。
ちなみに高校の頃の理想のタイプは『クールで普段は無口だが非常に理知的であり、口を開けば理路整然。白衣を着用する研究者であり、オールバックに銀縁眼鏡を標準装備とし、仕事の後は中分け仕様、時折眼鏡を外す仕草が堪らないSキャラ』である。
加えて言うなら指が長く、目は切れ長。
『どんだけだよ』と友人達が呆れる程の盛りに盛ったテンプレ賢い人仕様。
仕方ないだろ?! 馬鹿なんだもの!
『理想』と言うからには『理想』であるべきだが、馬鹿な私には想像力がテンプレになるのは自明の理、というやつだ。
自明の理、とか。
ちょっと賢い感じ?(照)
しかし馬鹿な私である。
そんな男を掴まえられる訳もなく、気が付いたらアラサー。
三十路越してる方のアラサー。
……あ、年齢ほぼ暴露してるわ。
なので婚活をすることにした。
お馬鹿な私である。
婚活をしたところで賢い人に好かれなければ意味がない。
そこで先程のアレが出てくると言う訳。
「……そんなわけで、賢くなるにはどうしたら良いでしょうね?」
先ず相談したのは職場の後輩である。
理由はたまたま帰りが一緒になり、飲みに行ったから。それだけ。
「長い説明だったわりに要領を得ていない上、根本的な問題がある気がしますが」
「ほほう……賢そうなご意見。 是非お聞かせ願いたい」
新人である後輩の鶯谷君は、後輩とはいえエリート中途採用であり、多分然して年齢は変わらない。
あんましよく知らんけど。
見た目はチャラいが意外と無口で真面目な男だと20代女子達が言っていた。
私は馬鹿だが真面目なのと、作業的な仕事だけは滅法早い。
勤続年数も長いので、事務員としてのスキルはまぁそこそこと言える。
鶯谷君とは全く仲良くないが、彼が掴んだ新規の顧客のあれやこれやで、書類整理的な仕事が回らなくなり……サポートの新人の女の子、新谷さんが悲鳴をあげた挙げ句熱を出して早退した為私が手伝い、今に至る。
「大河内さん……貴女、喋らない方が賢く見えますよ」
「それな」
残念の上乗せ的に、私の顔は先程例に出したようなバカワイイ感じの、舌っ足らずな甘いトーンで喋るのが似合う、可愛い顔ではない。
顔だけは賢そうなのだ。
喋ると馬鹿が露呈するので、普段は無口。ニコニコしてさえいれば、まぁ概ね問題はない。
とは言えそれは仲良くない人に対してである。
お喋りは好きなので、会社の女の子達や長年お世話になっている人達には既に『喋ると残念・大河内さん』で通っている。
「とりあえず、新聞でも読んだらどうですかね」
「いやいや、私の年齢を考えてくれたまへよ鶯谷氏。 新聞で賢くなるには時間がかかりすぎだよ。 婚活が終活に取って替わられるわ」
「賢くなるのは無理かもしれませんが、それっぽくはなりますよ。 賢い人の話に合わせられる様になれば良い訳ですから案外近道かと」
「成る程……一理をぶっ飛んで千理位あるわぁ~」
「あとそういう言い方アホみたいなんで止めた方がいいです。 黙ってニコニコしてたらいいんじゃないすかね」
そう言うと鶯谷君は溜め息を吐いて、ジョッキのビールを飲み干した。
「……根本的な問題があると言ったでしょう」
「お? おおいぇ~。 ところで鶯谷君、お代わり頼む? HEY店員さん! 生中ふたつ!」
「畏まりました~!」と若いお姉ちゃんの店員さんが愛想良く返事をする。
ナマ足が眩しい。
「若い子はええのう……へっへっへ」
「どこの悪代官ですか」
鶯谷君はなかなか良いヤツだ。
呆れた顔をしながらもちゃんと的確に突っ込んでくれる。
そもそもここは彼の奢りである。今日のお礼だそうだ。
ちゃっかり私が自分の分のビールを頼んでいることには言及しない、なかなかの男前だ。
「大河内さんは賢い人と結婚を前提にお付き合いしたいんですよね? 賢くなる必要あります? 大体結婚となったら長期に渡り生活を共にするのに自分らしさを隠してていいんですか?」
「おおいぇ~……」
「……さっきからなんなんですかその返事……」
なんだか叱られてしまった。
確かに言われてみればそんな気もする。
「っていうかさぁ~、鶯谷君って結構喋るよね。 歓迎会の時そんなだった?」
「あの時はまだ猫被ってましたし……それにあんまり絡んでないですし、大河内さんとは」
その後もなんか色々話したけれど、主に駄目出しを喰らっていた様な気がする。
金曜日ということもあり、徐々にヒートアップしながらふたりは飲みに飲んだ。
内容はあんまり覚えていないが、鶯谷君は最近彼女にフラれたらしい……というのは辛うじて覚えている。
次の日の朝目覚めた時、目の前には有り得ない光景が広がっていた。
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