二冊目
七月二十五日
新しいノート
買っちゃった
今日で一学期は終わり
今から夏休み
家に帰っても、何もすることがない
だから新しいノートを買った
今度は本当の気持ちを書く
嘘は書いてないよ
嘘じゃなくて、書いてないことがあるの
それを隠さないで書きたい
書きたいじゃなくて、書くんだ
今日から毎日書く
でも今日はもう疲れちゃった
すごく眠い
また明日
七月二十六日
ぼくは修くんのことが好き
きっと出会った瞬間から、好きだったんだと思う
五月の休みの時には、好きだって分かってた
分かってたけど、書けなかった
修くんが好きって、ノートに書けなかった
もしかしたら、ノートを誰かに読まれたらって
ノートが見つかるのが怖かった
修くんへの気持ちは本当だよ
でもそれを知られたら、修くんに迷惑がかかる
やましい気持ちじゃない
修くんに迷惑をかけたくなかっただけ
これからは隠さずに書ける
修くんへの気持ちでいっぱいにするんだ
いやなこともあったけど、やっぱり好きだもん
前のように話せなくなったけど、毎日思ってた
学校が終わって
会えなくなって
それでも好きだって、分かった
友達じゃない
同級生じゃない
恋しい気持ち
吉田さんに対する気持ちと変わらない
修くんは男だけど、吉田さんへの気持ちと変わらない
ぴったりおんなじだよ
たぶん、ぼくは両性愛者なんだ
女性的に思われるけど
ぼくは男
自分では誰よりも男らしい心を持っていると思っている
だから女として、修くんが好きということではない
それでも、女性的な部分がないわけではないと思う
同じくらい両方の心を持っている気がする
説明がむずかしい
自分の性別に違和感はない
心と身体がぴったり一緒
それで、男女を同じように好きになるの
同性だけじゃない
異性だけじゃない
両性
両性愛という言葉があるのだから、ぼくだけじゃないと思う
だけど確かめられない
異性愛者から仲間はずれ
同性愛者から仲間はずれ
ぼくだけ中途半端な存在みたい
はっきりしてるのに、いつもあいまいに思われる
両方、同じだけ好きなんだよ
説明できるのは、それだけ
異性愛者は同性愛者に思われたくないと思う
同性愛者も異性愛者に思われたくないと思う
ぼくは異性愛者にも、同性愛者にも思われたくない
だってぼくは両性愛者だから
ぼくは異性愛を認めている
同じように同性愛を認めている
それで両性愛を認めてほしいと思ったらいけないのかな
でも望んだらいけないんだ
望むから、うとまれる
それで、ぼくと同じような両性愛者に迷惑がかかる
ぼくの行動で、誤解が生まれてはいけない
ぼくの言葉で、偏見が生まれてはいけない
世の中に何人の両性愛者がいるのか分からない
でもぼくの他に一人でもいたら、その人のことを考える
その人に迷惑がかからないように
でも考えるんだ
異性愛者でもいろんな性格があると思う
同性愛者にもいろんな性格があると思う
両性愛者にだって、いろんな性格があるんだよ
両性愛者同士だからって、同じ性格だとは限らない
この世に同じ性格の人なんて、いるのかな
百人いたら、ちょうど三十人くらいでわかれていればいいのに
でもこの三つの他にも、まだあるんだ
全性愛者と無性愛者
だったら、百人で二十人
五人に一人じゃなくて
五十億のうちの十億
五分の一の普通
この五つだけじゃないかもしれない
他にもいろんな性格があっていい
みんなで自分の性格を大切にするの
豊かな社会が想像できる
そんな夢を見たら、また笑われるかな
でも、もどかしいんだ
心豊かな生活が目の前にあるのに
手が届かない
理想は紙の上
ノートは人に見られないようにしている
両性愛者だと知られるのが怖い
修くんにだって、気持ちを伝えることができない
修くんは異性愛者
同性愛者でも、両性愛者でもない
ぼくの都合で、修くんに迷惑はかけられないもん
だから日記でしか、思いを打ち明けられないんだ
怖い気持ち
迷惑をかけたくない気持ち
どっちなんだろう
怖いだけなら、ただの臆病者
違う
やっぱり、ぼくは修くんに迷惑をかけたくないと思ってる
だから告白はできない
七月二十七日
どうして両性愛なんだろう
どうして自分のような性格が生まれるのか
修くんを好きになってから、ずっと考えてる
思い当たることがたくさんある
まるっきり違う二つのものを同じように好きになる
上も下も、右も左も全部
白だろうが黒だろうが、光だろうが闇だろうが
裏も表も全部好きになってしまう
それでぼくは、裏表のある人間だと思われる
みんながみんな、ぼくと同じではないもんね
分かってほしい、なんて言えない
ぼくはどう思われるだろうか
異性愛者からしたら、ただの同性愛者
または隠れ同性愛者くらいにしか思われないのかな
同性愛者からしたら、自分たちと同じ同性愛者
または別の意味で、隠れ同性愛者だと思われるのかも
でも違う
単純に両性愛者っていうだけなんだ
どうしても自分の性格を間違ってほしくないと考える
でも誰にも言えない
昨日から、同じことばかり書いてる
布団の中に入っても、同じことばかり
どうしてこんなに考えないといけないんだろう
きっと、異性愛者が一般的だと思ってるからかな
ぼくはぼくが普通だと思う
でも世の中を想像すると意識がぐらつく
教室で手をあげるのは、ぼく一人なんだ
笑われたり、不快感を与えたり
だからぼくは両性愛を告白するつもりはない
人を不快にさせたくないもん
一冊目のノートにも書かなかった
このノートも人には見せない
不快な気持ちにさせたくない
抵抗しない
抵抗しても、不快感を解消させることはできない
生理的なものだから
生理的に、いやなんだって
ぼくがなんとも思わなくても
相手は思う
ぼくはなんとも思わない
男同士で手をつないでも
女同士で手をつないでも
ただ、ぼくは恥ずかしいから手をつながないだけ
本当は吉田さんとも、修くんともつなぎたい
でもやっぱり恥ずかしい
だからといって、不快感を抱く人を責めない
いろんな人がいるんだもん
ぼくは両方の気持ちを考えてしまうんだ
それがぴったりおんなじくらい
自分が嫌悪されても、責める気にはならないの
そういう人も大切に思ってしまう
ぼくは考えるんだ
接着剤みたいなものだって
男と女をつなぐために、両性愛者のぼくがいるの
男女に限らず、二つの異なるもの
それらの間に、必ずぼくがいる
ぼくが両方をつなぐパイプ役
異なる二つの意見を聞きわけることができる
そして手を握ってしまう
いや、二つとも抱きしめてしまう
そんな役割なんだ
そのための性格付けなんじゃないかな
両性愛にも、意味があると思うんだ
七月二十八日
なんのために生きるの
ぼくは深く考えたことがない
中学生の頃は、吉田さんのために生きるって決めた
今は修くんのために生きている
もっと深く考えないといけないのかな
好きな人のためだけだと、いけないのかな
簡単な答えだと、深く感じられないのかも
人生の意味が、そんな簡単な答えだと思わないもんね
もっと、なんかありそう
もっと、意味がありそう
そんな風に考えてしまいたくなる
でも、ぼくには修くんへの思いしかない
それだけがいい
草原があって
仕事の合間に二人で寝ころんで
あとは歌があって
困らないだけの食べ物と
時々たずねてくる友達とか
たまに届く手紙も
どこかの家で子供が生まれたという話も
死んだ人の話をして
星を見るの
一緒に眠って
一緒に起きる
これでも、ぜいたくなのかな
夢を見るなって、怒られるのかな
何をけずれば、ゆるしてくれるんだろう
ぼくが幸せを感じなければいいのかな
片想いのまま
何もしゃべらず
ひっそりと死ぬ
そうすれば、みんなゆるしてくれるかな
人を怒らせたくない
人を傷つけたくない
人を不快にさせたくない
でも、ぼくの存在は人を生理的に不快にさせる
笑ったらだめ
暗そうな顔もだめ
しゃべったらだめ
息をしたらだめ
生理的に不快にさせないために
ぼくが学校にいたらだめなんだ
人の目にうつったらだめなの
人に迷惑だけはかけたくない
勉強だけできる学校があればいいのに
でも勉強ができない自分が悪いんだ
何も覚えられない自分が悪い
でも、ぼくが悪いって考えたくない
自分を悪く思うと、お母さんまで傷つける
お父さんまで、傷つけてしまう
おじいちゃんも、おばあちゃんも
だからぼくは自分を悪く思いたくない
誰も悪く思いたくない
うらみたくない
誰も悪くない
七月二十九日
ぼくが神様だったら
やっぱりぼくも神様と同じ世界を作る
そう考えたんだ
毎日かなしいことが起こるけど
でもどうしてもこの世界がいいの
この世界じゃないとだめなんだ
神様とぴったりおんなじ
笑顔だけの世界も想像する
でもそれだけだと、やっぱりだめ
赤ちゃんが泣いて
お母さんが心配する
お母さんが笑って
赤ちゃんが笑う
涙のあとに笑えるのが、本当のちから
だから笑うだけの世界はいや
怖いけど
月がきれいだから、真っ暗い夜も必要
そんな風に、ぼくのことも思ってくれないかな
それとも、ぼくがいなくなることに意味があるのかな
違う
そこに意味なんてない
ぼくがいる世界は、修くんがいる世界
ぼくがいない世界には、修くんがいない
修くんがいない世界に、意味なんてない
あれ
いろいろ考えたのに、昨日考えたところに戻っちゃった
おかしい
ぼくにとって、修くんが始まりと終わりなんだ
この世界とは、修くんのこと
七月三十日
もう学校のことは考えない
夏休みなのに、考えることは学校のことばかり
学校を休んでいる気がして、夏休みという気がしない
もう忘れよう
考えない
もう書くことがない
自分にはなんにもない
修くんのことを考えて、言葉が生まれる
学校の出来事を思い出して、言葉を考える
お母さんのことを考えて、言葉を選ぶ
ぼく一人だったら、何も言葉が浮かばない
家族
親せき
近所
学校
先生
教科書
友達
同級生
上級生
下級生
テレビ
音楽
映画
ラジオ
まんが
アニメ
絵画
ゲーム
運動
本
雑誌
食べ物
着るもの
住むところ
持ち物
動物
名前の知らない人
町
自然
時代
これがぼくだよ
まだあるかもしれないけど
これが、ぼくの全部なの
これらがなかったら、ぼくは存在していない
ぼくはこれらの組み合わせ
オリジナルは一つもない
ぼくのオリジナルは存在しない
みんながいなければ、ぼくは存在しない
何もしゃべることができない人間だった
ぼくが自分で言葉を発明したんじゃない
みんながいなければ、話すことができなかった
想像もアイデアもない
ひらめきも、ぼくのものじゃない
全部みんなのもの
みんなのおかげ
ここに書いてある言葉もすべて、みんなのもの
ぼくが考えてるのに
ぼくが考えたものじゃない
それでも少しだけ、みんなと違う
似てるけど、やっぱり違う
ほんのちょっとの組み合わせの変化
それだけで、ぼくは価値があると思う
感じ方が違うのは、時計のせい
みんな頭の中の時計が違う
千年単位を計れる人もいれば
秒針しか持っていない人もいる
せっかちな人と
のんびり屋さん
この二人では旅行に行けない
すぐに答えを求める人
百年後に答えがでるようにする人
この二人ではテストや試験ができない
ほんのちょっと違うだけなのに
先頭の人と、後ろの人とでは大きな差になる
ほんのちょっと違うだけだよ
差ができるのは自然
人間は生まれた時からそういう風に設計されている
みんなが幸せになるならば、差はない方がいい
でもちょっとした変化の部分に、ぼくが存在している
ほんのちょっとの部分
その目に見えるか見えないかの部分に、ぼくがいる
人に分かってもらえるか、分かってもらえないか
気づくか、気づかないか
気づかれるか、気づかれないか
その、ほんのかすかな違い
それをなくすのがいいのか、悪いのか
それも人による
ぼくを失っても幸せならば、差はない方がいい
でもぼくでいる方が幸せならば、差はあった方がいい
ぼくは悩む
両方とも、大事なことだと思ってしまうから
一方か
それとも、もう一方か
または両方とも
または、どちらでもない
この四つの考え方を同時に考える
それが、これからのぼくの生き方
もう二つじゃない
ぼくは両性愛という生き方しかできない
みんなとちょっと違うだけ
だけどその違いこそ、ぼくなんだ
七月三十一日
異性である吉田さんを好きになること
同性である修くんを好きになること
それはまったく違う
思いは一緒なのに、障害が違う
片想いが大変なのは一緒だよ
吉田さんには怖くて告白できなかった
修くんにも、思いを打ち明けることはできない
片想いは一緒
説明がむずかしいな
可能性の問題なのかも
ぼくが吉田さんを好きになることは、異性同士ではよくある
でもぼくが修くんを好きになるのは、よくあることじゃない
修くんが異性しか好きにならない人なら、可能性はゼロだもん
それに対して吉田さんは、異性同士だからゼロにはならない
違う
ぜんぜん違う
間違ってる
吉田さんだって、どういう性格なのか分からないんだ
吉田さんが同性愛者ならば、ぼくとの可能性はゼロになる
ああ、なんてぼくは自分勝手にものを考える人間なんだろう
吉田さんの性格を知りもしないで
どうしてぼくは勝手に人の性格を決めつけるんだろう
それで自分は誤解されたくないと思う
割合は分からない
でも、誰だって自分の性格があるんだ
それを外見や雰囲気で決めつけてはいけないんだ
ああ、今日はいいことを考えることができた
でも、修くんは違うんだよね
はっきりと、同性愛者ではないと言った
たぶんそれは、ぼくに誤解させないためなんだ
きっと、修くんは知っていた
ぼくの修くんへの思い
それを感じたから、はっきり言ったの
ぼくのために、修くんは冷たくしてくれた
自分は違うから
好きになるな
そういう意味を込めて
修くんは、同性愛者ではないと言った
修くんはやさしいから
冷たくしないと、ぼくが甘えると思ったんだ
好きになっても困る
自分にはどうしてあげることもできない
修くんは、同性愛者ではないと言う
それが、修くんの精いっぱいのやさしさなんだ
修くん
好きだよ
修くんが同性を好きにならなくても
ぼくは好きになってしまう
八月一日
ぼくは勉強が苦手
国語は好きじゃない本を読むのが苦手
算数は好きなのに、数学で分からなくなっちゃった
理科と社会はいろんなものが憶えられない
英語は読むのも、憶えるのも苦手
でも好きな本を読むのは好き
数字のパズルが大好き
自然や動物をじっと観察するのが好き
むかしの人のことを知るのが好き
外国の映画が好き
みんな好きなのに
学校ではみんな苦手になっちゃう
ほめられたことが一度もない
幼稚園のころに性格をほめられた
友達思いって、ほめられたんだ
たった一度だけ
だからぼくは、それを大事にしてきたの
性格だけは、誰にも負けないって
困っている人がいたら、ちからになりたい
おせっかいって、言われたこともあるよ
何度も学んで、今の自分がある
ぼくにとって、性格が一番大事なものなんだ
いい性格が、ぼくなんだもん
だからぼくは、いい性格を持ち続ける
偽善者って思われる時もある
実際に、今のぼくはまだ偽善者かもしれない
生まれた時からの善人なんていない
みんな苦労して善人であろうとしているんだもんね
だからぼくも善人になってみせるんだ
それがぼくのあるべき姿だから
八月二日
男と女から子供が生まれる
男と男からは子供が生まれない
だから同性を好きになってはいけないのかな
反生命活動
だからぼくは悪い子だっていうの
ぼくは誰にも迷惑をかけていない
人が人を好きになっただけ
神様はそんなぼくを裁くだろうか
どうしても、ぼくには神様が裁いているようには思えない
神様の代わりに裁いているのは誰だろうか
神様の名前を利用している人
そうだ
その人は神様じゃなくて、人なんだ
修くんを好きになっても、ぼくは修くんの子供を産めない
だけどぼくは悪い人間だとは思わない
世界中には、ぼくよりも小さな子供がたくさんいる
ぼくは産めないけど、その子供たちに何かできると思うんだ
それじゃだめなのかな
何ができるか、今は自分でもまだ分からない
でもちからにはなれる気がするんだ
生命活動にも、いろんな形があっていいと思うもん
妨げる存在にはならない
だから、修くんを好きでいさせてほしい
八月三日
性行為は子供を産むための手段でしかないの
それだけのもの
だとしたら修くんに触れたいと思う、この気持ちはなに
触れたいけど、触れてはいけない
吉田さんの時と一緒の感覚
手を握りたいと思うのに、握ったらいけないと思う
ひたいとひたいをくっつけたいのに
ほっぺとほっぺをくっつけたいのに
くちびるとくちびるを重ねたいのに
そう思っては、いけないと思う
大切にしないと、いけないと思う気持ち
吉田さんを好きだったころ、そう思ってた
今は、修くんに対して同じように思うんだ
でも異性と同性では問題が変わる
吉田さんとの性行為は問題がない
でも修くんとの性行為は違う
子供を産めないから、生産性のない行為になってしまう
だけど、それしか意味がないのかな
気持ちを確かめ合うだけではいけないのかな
好きな気持ちを形にしたいだけなのに
それだけじゃいけないのかな
意味がないといけないのかな
無駄なことをしてはいけないのかな
たぶん
ぼくを人に押し付けようとするからいけなくなるんだ
それが相手には、迷惑行為として受け止められる
何が人の迷惑になるか分からない
正しい主張だと思っても、相手がそう思ってくれるとは限らない
でも考えてしまう
お茶をたてるのに意味はあるのか
花をいけるのに意味はあるのか
めでることに意味はあるのか
ぼくは、歌を歌うように人を好きになる
絵を描くように、修くんとの生活を思い描く
空想の毎日
生産性のない日々
意味がないと言われたら、意味はない
そこにこそ意味があると言われたら、意味がある
どちらにもなる
修くんとキスがしたい
そう思った瞬間、心が痛くなる
痛い心の分だけ、また修くんが好きになる
八月四日
ぼくは神様になろうとしていた
なんてばかなんだろう
だから加瀬くんに愚直と呼ばれるんだ
ぼくにとって善人というのは、神様のイメージ
善人になるつもりが、神様になろうとしていたんだね
ぼくはばかだ
愚かだ
ぼくは人間だもん
神様になれるはずがないんだ
神様になろうとするから苦しくなる
この世のすべての事象を受け入れる
そんな風に神様になったつもりで考えてはいけないんだ
受け入れると、あきらめるは違う
ぼくは受け入れるつもりで、あきらめようとしていた
神様になれば、すべて都合よく考えることができるからだ
神様になることで、すべてを知った気になれる
善人への道は、神様になる道ではない
仏の道のように、生きている人間は仏にならない
死んで初めて、仏様になるんだ
ああ、ぼくは生きながらにして、神様仏様になろうとしていた
善人になるという意志
意志が大事なんだ
それを知っていたのに、途中から見失った
つらいから、神様になろうとした
ああ、やっぱり善人への道は誘惑が多い
このことに気がついて、本当に良かった
ぼくは死ぬまで人間
途中で神様に変わることはない
善人への道は死ぬまで続く
仏様になるのは、死んだあと
これだけ書いておけば、絶対に忘れない
でも、忘れっぽいんだ
そうだ
忘れやすいから、強い意志が大事なんだ
善人の道は一日一歩
日記に書いたぐらいでは、だめなんだ
一日一善
自分で思いついたと思う言葉でも、むかしから存在する
それが人間の意志
自分勝手に神様になろうとしてはいけないんだ
争いをしたくないという気持ち
それがうすれた時に争いを繰り返す
それが、あたかも神様の意志であるかのように
自分を守り、正当化する
人間は神様まで利用する
神様に責任を押し付ける
それで利用価値がなくなったら、すてるんだ
神様は悪くない
そこに存在しているだけ
ぼくは学んだ
これからは、神様を争いからも守らないと
八月五日
残り二週間
学校には行きたくない
学校のことを考えるといやになる
いやな自分を思い出してしまう
笑われる自分
人を不快にさせてしまう自分
ぼくがいなくなることを望んでいる気がする
なんとなく、そんな風に考えてしまう
でもぼくは学校に行く
いやだけど休まない
心配させたくない
それが一番つらいから
いつも平気な顔をする
つらい気持ちを感じさせない
これ以上、大変な思いをさせたくない
ぼくは学校に行く
八月六日
広島に原爆を落とされた日
間違いを知る人と
正しいと思う人
一つの事実と
二つの歴史
間違いを知る人は、二度と繰り返さない
正しいと思う人は、何度も繰り返す
間違いを知る人は、正義を自問する
正しいと思う人は、正義を疑わない
やがて月日は流れ
子供は大人になり
大人は老人になる
そして死んでいく
一人また一人
間違いを知る人がいなくなる
一人また一人
記憶を持たない人が増えていく
間違いを知る人だけが、二度と繰り返さない
記憶を持たない人は、迷う
正しいと思う人の主張に、なびく
でも正しいと思う人は、何度も繰り返す人
八月七日
ぼくはいつだって笑われる
ぼくが真面目なほど、大笑いされる
なにを言っても笑われるんだ
戦争に反対しても笑われる
理想主義者だといって笑われる
暴力に反対しても笑われる
そんなの無理だって笑われる
不服従を誓っても笑われる
ぼくが怒りだすのを待っている
怒り狂うのを待っているんだ
挑発して
本性をあらわすのを待っている
ぼくは何度もくじけそうになる
やったらやり返せ
やられる前にやれ
そんな言葉に心がゆれる
でもぼくは弱い人間
ちからを持たないぼくは、その言葉を取り違える
こぶしの代わりに、ナイフを握る
毒があれば毒を用意する
銃を買うお金があれば、銃だって手にする
それで命を守る
命を守るために、人を傷つける
そして傷つけてから言われるんだ
最近の子供は限度を知らないと
それで生温い感触の暴力を教えようとする
ぼくはそれらを拒絶する
そして暴力をこばむぼくを笑う
ぼくがやり返すのを待っている
暴力に反対するぼくに、暴力を使わせようとする
善人のふりをしていることを、指摘したいんだ
やっぱりこいつは偽善者だと、言いたくて仕方ないんだ
ほら、見ろって
やっぱりなって
ぼくが手本にならないと
信じられるものがなくなってしまう
ぼくは、自分を信じてみたい
ぼくだけじゃない
きっとぼくだけじゃない
それをぼくは黙ってやるんだ
口を閉じて耐えるんだ
たった一人で
誰にも話したりしない
話してしまったら嘘になる
人を説得したりしない
まず自分がやるんだ
人になにをさせるかではない
自分がなにをすべきか
ぼくはそれを一人きりでやる
八月八日
昨日から眠れない
暴力を完全に否定したいのに
ぼくにはそれができない
ぼくは動物を食べる
植物も食べる
食べ物はすべて命あるもの
例外は一つとして存在しない
動物と植物の命に差はない
野菜を根から引き離すのも殺生
ぼくは命を食べずに生きられない命
偏食も偏食じゃないのも同じ
大食も小食も同じ
生きるとは暴力から逃れられないこと
ぼくができることはなんだろう
無駄をしないこと
粗末にしないこと
感謝すること
この三つだけ
無駄な殺生はしない
どうしていつもそうなんだろう
考えると、むかしから存在する言葉にたどりつく
ちゃんと自分で分別することが大事なんだ
命を継ぐには暴力が必要
だけど命を粗末にする暴力は不必要
そこを分別する
ぼくは無駄な暴力を否定する
完全には否定できない
あいまいに見えると思う
でもそれがぼくの考え
暴力と非暴力
どうしてもぼくは両方とも受け入れてしまう
ぼくの頭は始めからそうなっているんだ
なにを考えても両性愛になってしまう
おもしろい
みんな自分を認めてもらいたくて考えるんだね
自分と同じ人を支持するのも同じ
自分と考え方が似ている相手を評価するのも同じ
みんな自分を認めさせる行為なんだ
批評も自分を表現する行為
だから自分と違う人が評価されると怒る
自分がないがしろにされているみたいに感じる
自分が人よりも劣っているように感じる
自分より評価されるのがいやなんだ
自分の存在価値にかかわる問題
誰もがほめてもらいたいんだ
自分が最高の評価でありたいんだ
そのためには攻撃的になることもある
すべては自分を守るため
ぼくはむかしから、そういうのはどうでもいい
両性愛者だから
両方同じだけ大事だって知っている
だから価値観の変化をおそれない
自分の価値観を守るために、他人の価値観をふみにじらない
でも怖い気持ちも分かるんだ
がんばって先頭を走っている人がいる
価値観が変わると急に順位が変わる
そんなの納得いかないと思う
がんばったことが無意味になってしまう
がんばっても報われないのは絶対にいけない
ちゃんと評価されないといけない
でもぼくはそこで思う
先頭に立てるのは、本当に自分一人の努力だろうかと
自分一人のアイデアだろうか
自分一人のおかげだろうか
名前の知っている人だけのおかげだろうか
ぼくは気になってしまう
自分の順位を気にして、機会を与えないのはいいのかと
ハンデのあるレースなのに公平なレースだと思い込んでいないか
それで優勝しても、誰も尊敬してくれないと悩んでいないか
自分勝手に平等だと思い込んでいないか
他人に謙虚になれなんて、本当に謙虚な人は言わないと思う
だからぼくも人様に対しては何も言わない
でも考えることだけはやめられない
だから書きたいことを書いてしまう
ぼくを知っている人がこれを読んだら、びっくりするかな
自分で読み返しても、自分じゃないみたい
でも全部むかしからある言葉なんだ
ぼくが考えた言葉じゃない
ぼくは上手に組み合わせているだけ
人から聞いた話
映画やテレビで言っていたこと
マンガや小説で目にした言葉
なにも新しい言葉はない
でもぼくがいる
ここにはぼくがいるんだ
まるでDNAの設計図みたい
組み合わせでぼくと他者の差異が生まれる
みんな一緒なのに、みんな違う
社会も人間の構造と同じようになっている
歴史も人間の設計図と同じ構造になっている
未来の人が過去を懐かしむのは、ぼくたちの現在
過去の人が未来を夢見たのは、ぼくたちの現在
未来の人や過去の人のように
ぼくたちも過去を懐かしんで、未来を夢見る
そうしてぼくは両方を抱えながら、現在を生きる
八月九日
長崎に原爆を落とされた日
修君は戦争を裸の王様にたとえた
戦争の王様
周りの者が、いろんな理由をこねくり回す
戦争をはじめるには、どうしたらいいか
終わったら、どのように正当化させるのか
のせられる王様もいれば
自ら先導する王様もいる
でも子供だけが知っていることがある
そして戦争の王様に、ひとこと言ってやる
王様のしていることは、ただの犯罪ですよ
でも王様を笑う人はいない
みんな怖くて、目をそらす
笑われるのは、いつだって力のない僕の方なんだ
八月十日
無駄な殺生と無駄な性行為
どうして言葉って、いつもいい意味と悪い意味があるんだろう
正直さだって
気をつけないと、愚直になる
信用や信頼だって
気をつけないと、不信を招く
異なる二つの意味を併せ持つ
言葉はまるで、ぼくみたいだ
それとも、ぼくが言葉みたいなのかな
きっと、そうだ
いつも言い方を間違える
自分が神様だと思うからいけないんだ
人間は人間
ぼくはぼく
神様は神様
ぼくは神様ではない
ぼくは見られている側に立っている
神様の目で物事を見ようとしてはいけない
とても簡単で、やさしい公式
自分の中に神様がいると思うから、過ちを繰り返す
神様の代わりに人間を裁こうとする
そんな錯覚を招いてしまう
おごりも善人の道をはばむ誘惑の一つ
自分を神様だと思わないことが、なによりも苦しい
もっとも安易に陥りやすい誘惑
自分を神様だと思えば、なんでも好き勝手にできてしまう
自分が世界のルールになる
家の中から
地球規模まで
個人から
集団まで
ぼくは気をつけよう
自分を善人だと頭から信じてしまってはいけないんだ
善人かどうかは死んだ後に分かること
それまでは善人であろうとする気持ちを保たなければいけない
自分が善人であることを語ってもいけない
死ぬまで善を隠し続ける
太陽が宇宙を照らすのか
宇宙が太陽を際立たせるのか
月光が夜を照らすのか
夜が月光を際立たせるのか
明暗
暗明
生とは、球体の円運動
時間とは、らせん構造
引力と斥力を併せ持つぼく
重力のおかげで飛んだり跳ねたり
太陽と月のおかげで、笑ったり泣いたり
絶妙な距離感で回り続ける
ぼくも回って
世界も回って
ああ、なんてすばらしいんだろう
この距離感
くっつきそうで、くっつかない
くっつかなそうで、くっつく
球体の接触面の数
なんてきれいな設計図
ぼくが生まれた時から、すでに世界は輝いている
ぼくがここにいる
それだけで気持ちがいい
パズルのピースがはまった感じ
しかるべきところに収まった感じ
他の誰でもない、自分の居場所
とても、気持ちがいい
八月十一日
あと一週間
一週間後には学校に行かないといけない
行きたくないけど、行かないといけない
学校のぼくは、ぼくがぼくじゃないみたい
たくさんの人に笑われて
たくさんの人を不快にさせて
たくさんの人に嫌われる
傷つけたくないのに
不快にさせたくないのに
ぼくの存在が人を不快にさせる
いらいらさせて
むかむかさせて
人に暴力をふるわせる
学校のことを考えるといやになる
考え続けると、自分がいやになる
いやな自分が、しみのようにこびりつく
誰も守ってくれない
ぼくが殺すしかない
でもそれができない
ぼくが人を殺しても、誰もかばってくれない
自分のことは自分で守れというのは言葉だけ
正当防衛なんて、誰も理解してくれない
自分で守ったら、今度はぼくが世の中の敵になる
キレやすい子供
普段は大人しかったのに
今の子は何をするか分からない
戦争を知らない大人たちの言葉
大人の言動に振り回されるぼく
深呼吸
ナイフは持っていかない
学校にナイフは必要ない
ぼくは誰一人傷つけたくない
ぼくで終わりにするんだ
ぼくにしか止められない
犠牲ではなくそれが死命なんだ
学校に行く
苦しくても
ぼくで終わらせる
いやでも
逃げない
絶対に逃げない
八月十二日
修くんに会いたい
修くんは悪くない
ぼくが女の子に生まれてくればよかった
でもそれはぼくじゃない
ぼくはぼくのままで修くんが好き
それ以外に好きの気持ちが想像できない
ほんとは
ぼくも普通の人に生まれてきたかった
どんなに自分は自分って思っても
どんなに自分らしくって思っても
多数決の多い方に生まれたかった
そんなのは関係ないって言われたって
努力でなんとかなるって言われたって
どうにもならないことがあるんだもん
小説の中のラブストーリー
街中に流れるラブソング
当たり前のように溢れているもの
だけどぼくの心には届かない
ぼくの物語じゃない
ぼくの歌じゃない
ぼくもみんなと同じがよかった
同じ喜びを抱きたかった
もしそうなら
ぼくは人を不快にさせなくて済む
でもぼくは、ぼくでよかったんだ
ぼくだから修くんを好きになれた
もしもぼくじゃなかったら
修くんに特別な感情を抱かなかった
普通がよかったり、いやだったり
特別がよかったり、いやだったり
なんだか一人でたたかっている
劣等感はすぐに優越感へと変わる
またしても裏返し
劣等感から、卑屈になるか
劣等感から、自分を見出すか
優越感から、人に自慢するか
優越感から、人にやさしくできるか
何から何まで自分の考え方次第なんだ
すべては善人への道へ続いている
ぼくは死ぬまで投げ出したりしない
まっすぐ歩くんだ
八月十三日
もう少しで修くんと再会する
嬉しいはずなのに怖い
好きにならなければ生きられた
好きになったら生きられない
修くんを苦しめたくない
なのに修くんを苦しめてしまう
ぼくが思うと、修くんを苦しめる
思えば思うほど、相手を苦しめる
どうしたって、叶わぬ思い
ぼくができる事といえば
修くんを決して苦しませないこと
決して告げてはならない気持ち
目を見るのも、決して許されない
思いを伝えてもいけない
苦しいのはぼく一人で充分なんだ
修くんは何も知らなくてもいい
なにも感じさせたくない
重荷を背負わせたくない
胸が痛くなるほど張り裂けそう
だけど修くんから喜びをもらった
それ以上、なにがあるの
修くんがそこにいるだけ
それだけで充分幸せなんだ
もうあれやこれと望まない
修くんに苦痛を与えてはいけない
好きな人を悲しませてもいけない
ひと思いに気持ちを殺せばいい
何もかも忘れて、思い出にする
思いを絶ち切ればいい
吉田さんの時とおんなじ
まるで何もなかったかのように
ぼくの頭の中だけに物語がある
人の心に影響を与えない
ひっそり消えていく、ぼくの思い
名前のない物語と、顔のない人生
ぼくが死んだら、そこで終わり
誰も知ることができない
あるかないか分からない
いたのかいないのか、分からない
存在したのかどうかも分からない
本当か本当じゃないのか
心の中にしか存在しない
周りから笑われるような片想い
消して結ばれることのない思い
愛を確かめられない人間
浅い恋だと笑われる人間
気持ち悪がられるような恋をするぼく
人を不快にさせる恋をするぼく
身を引くのは相手のため
あきらめるのも修くんのため
だけど気持ちが軽いと笑われる
あきらめが早いと、軽い人に思われる
こんなに思っているのに
こんなに苦しんでいるのに
人から気持ちが軽いと思われる
何も悩みがない人だと思われる
ぼくはそれでも笑うんだ
悲しみを、人にうつしたくない
ぼくが一人きりで抱えるんだ
苦労知らずだと思われたっていい
絶対に人に見せないんだ
ぼくが抱えて死んでいく
そうすれば苦しむ人が減るかもしれない
そんな風にぼくは考えたいんだ
死ぬときは喜びではなく
悲しみを抱いたまま死ぬ
残された人に喜びを残しておくんだ
なるべく多くの悲しみを背負う
抱えるだけ抱えて死ぬ
ぼくのように死んだ人が
残されたぼくたちを幸せにしている
名前も顔も年も知らない人たち
善人であることを心に誓う人
それを口にせず死んだ人
ぼくも同じように死んでみせる
なにも言わずに黙って死ぬんだ
例え偽善者と呼ばれても
例え弱虫と思われても
ぼくは絶対に反論したりしない
全ての誘惑に打ちかってみせる
八月十四日
もうすぐ学校
怖い
気持ちを強く持とうとするのに
すぐに怖くなる
行きたくない
もう、何回も同じことを書いてる
行かないといけない
行きたくないなんて、言ったらいけない
口にしたらだめ
思ってもいけない
ぼくは学校に行く
弱いまま死なない
逃げたらいけないんだ
ぼくは行く
怖がったらいけない
でも怖いんだ
怖くてたまらない
考えただけで、涙が出る
行きたくない
もう終わってほしい
でも人に涙は見せない
見せてはいけない
お母さんの前では笑う
お父さんの前では、立派な姿を見せる
胸を張って、家を出るんだ
背筋を伸ばして
駅まで歩く
晴れやかな顔をして
汽車に乗る
誰もいなくなるまで、暗い顔をしてはいけない
汽車に乗ってしまえば大丈夫
きっと怖くない
怖いのは、きっと今だけ
涙が出るのは、きっと今だけ
気持ちが悪いのは、今だけ
息ができないのは、今だけ
眠れるだけ眠りたい
早く意識をなくしたい
八月十五日
終戦記念日
八月十六日
二冊目のノートも、あともう少しで終り
夏休みも、あと少しで終わり
明後日の今頃は、学校へ向かう汽車の中
新しいノートを買おうか、今は迷っている
これからは、うんと寒くなるもんね
もう森の中で何時間も過ごすことはできない
一人になれる場所を探そうかな
三冊目のノートは、どんなぼくになっているだろうか
一冊目より、二冊目の方が大人になった気がする
それでもやっぱり幼稚だって、笑われてしまうのかな
心から平和を望んで、笑われてしまうバカなぼく
正直者はバカを見ると知ってて、それでも正直を貫くバカなぼく
お人好しだと笑われて、それでもお人好しになるバカなぼく
笑う側よりも、笑われる側を選んでしまうバカなぼく
それでいて、笑わせてやっているなんて思わない
それすら、笑う人に感じさせたくないんだ
ぼくは笑われる人間
笑わせるなんて、そんな特別な意識は持たない
修くんのピエロの話は、ぼくにとっての偽善者の話
人から偽善者だと思われ続ける
人から大声で笑われ続ける
ぼくは偽善者なんかじゃないよと、アピールしない
それはピエロが素顔をさらさないことと同じように
善人への道を歩く人
信じられる存在
誰かがならなければ
信じられない人ばかりが溢れる
そして信じたい人の行き場がなくなる
やがて神様を名乗る人に救いを求める
正しいと大声を上げる人のあとについて行く
多数決の多い方へと身を寄せる
そうなると他の者が敵に見える
自分を攻撃する敵だと思い込む
敵を倒すことが正義だと教わる
敵を倒すとほめられる
ますます自分は正しいと信じ込む
それで他人を自分の方へ取り込む
それで人を救った気になる
いやな経験をした人は甘い声について行く
救った方もいい気持ちになる
救われた方もいい気持ちになる
一人また一人
やがて集団になる
そこで集団心理が生まれる
その集団にとっての意思が個人の意思になる
集団が正しいと言えば、それは正しい
集団が間違っていると言えば、それは間違い
いつしか集団が正義となる
そこにはすでに個人の正義はない
集団に反抗するのは敵
集団の正義をおびやかすのは悪
個人では間違ってると思っても、もう個人では反対できない
集団が自ら善であることをアピールする
時間経過
集団に属さないのは、勝手に悪にされる
集団がなければ同じ人間なのに
集団になれば敵同士になる
こちらに戦意がなくても、敵とみなされる
集団は悪を倒すのにやっきになる
自分たちを守るためだと言う
敵がおそってくるからだと言う
ついでに相手の持ち物を、危険だから奪えと言う
いなくなったら自分たちは安全だと言う
完全に支配してしまえば、もう心配いらないと言う
いやなら自分たちに味方しろと言う
ふりだしに戻る
始めは神様に救いを求める人たちだった
途中までは、とてもやさしい人たちだった
どこからおかしくなっただろうか
集団の意思に個人の意思が見えなくなってからだ
だからぼくは一人じゃなきゃいけないんだ
誰にも話してはいけない
ぼくが人を利用してはいけない
ぼくが人に利用されてはいけない
善人への道は一人きり
ぼくは一人で歩く
人間に救いを求めない
誰かと一緒に道を歩かない
死ぬ時は一人きり
その時になって、やっと人は仏になる
生きているうちは、みんな人間
ぼくは死ぬまで人間でいるんだ
ぼくのような人間がいるんだと
誰かにとっての、信じられる人でありたい
八月十七日
明日、修くんに会える
会ったら、どうしても言いたいことがある
それを言っていいのか、分からない
口にすることで、かえって気にさせてしまうかもしれない
それでも言いたい
ぼくは謝りたいんだ
好きになって、ごめんなさいって
ぼくが好きにならなければ
修くんを苦しめることはなかった
好きになってはいけなかったんだ
修くんはちゃんとそれを教えてくれたのに
ぼくは守れなかった
ごめんなさい
好きになって、ごめんなさい
修くん
お願いだから、苦しまないでください
修くんは悪くない
ぼくも悪くない
だけど謝らないといけない
好きになって、ごめんなさい
八月十八日
お父さん
お母さん
行ってきます
さようなら