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偽善者  作者: 灰庭論
第三部 日記
19/20

一冊目

   四月十一日


 最初のページ

 なにを書けばいいのかわかんない

 どうして大事なことはいつも同時に起こるのかな

 高校に入って、寮の生活を始めて、修くんと出会う

 それから先生と出会って、クラスのみんなと出会う

 そして、いろんな教科の授業がいっぺんに始まった

 人生でとても大事なことは、いつも同時に起こる

 それを普通のことのように、みんな平気な顔をしてやっている

 みんなすごいな

 修くんと一緒でよかった

 口にして確認してないけど、ぼくはもう友達だと思ってる

 修くんはまだぼくのことを友達だと思ってないかもしれない

 でもそれは関係ない

 ぼくが修くんを友達だと思うことの方が大事だから

 でも仲良くしすぎると、また迷惑になるのかな

 修くんとはいつまでも一緒にいたい

 話してるだけで楽しい

 話をしてなくても楽しい

 映画の話をして、ドラマの話もした

 マンガの話もしたし、音楽の話もした

 どうしてあんなに詳しいんだろう

 ぼくもいろんなことに興味を持ちたい

 修くんが読んだ本を読みたい

 修くんが関心を持ってることを、ぼくも持ちたい

 そうすれば、もっと修くんと楽しい話ができる

 修くんに迷惑が掛からないようにしなくちゃ

 親友は口にしないんだ

 口にしたら、きっと嘘になってしまう

 確かめ合ったりしないで、思うだけ

 意思だけが、ぼくを作るから

 修くんから、友達という言葉は望まない

 望んではいけない

 ぼくが思う

 ぼくが思うだけじゃないといけない

 思っても、伝えてはいけない

 伝えたら、重荷になるかもしれない

 修くんには、なにも感じさせたくない

 それでいて、修くんがぼくのことを考えてくれたらいいな

 出会ったばかりなのに、修くんのことばかり考える

 修くんも同じだったら嬉しい

 どうして、ぼくはいつも見返りを求めるのかな

 家の手伝いをしても、いいことがないと、わがままになる

 自分の気持ちと、同じ分だけ欲しくなる

 いつもいつも

 見返りを期待しないと、動けない

 そういうのはいやだから、もうやめよう

 やめた方が楽になるかもしれない

 お手伝いをして、いいことがあると、ラッキーだと思える

 考え方を変えるだけで、見返りから幸運に変わる

 すごいな

 一瞬にして、当たり前だと思っていたものが輝き始める

 考え方一つで、目の前の世界が一変する

 怖い

 ポジティブに考えられる時はいいかもしれない

 でも、人生はそんな場合だけじゃないから

 前向きに考えるのが、悪い方向だったらいけない

 それが集団だったら、怖いもん

 やっぱりぼくはポジティブとネガティブを大事にする

 二つともちょうど同じくらい大切にするんだ

 ぼくが目立つ人なら、目立たない人に感謝する

 ぼくが目立たない人なら、目立つ人に拍手する

 なぜだかぼくには、それが同じことのように思える

 きっと感謝や拍手ができないようでは、だめなんだと思う

 それでは目立っても目立たなくても、感謝も拍手もされない

 やっぱりぼくは、感謝と拍手ができる人間になりたい

 感謝できない人は拍手されない

 拍手できない人は感謝されない

 考えると、すごくシンプルにできている

 こうして書きながら、考えるのがすごくおもしろい

 まるで自分じゃないみたい

 違う、これがぼくなのかな

 修くんは絵を描いて、ぼくは考えたことを書く

 同じノートなのに、使い方が全然違う

 きっと、白地の紙に本当の自分が描かれるんだ

 ぼくは自分を知りたい

 だから来週も書く

 そこに描かれる自分が、どんな姿をしていても目をそらさない

 ぼくはぼくを知るのが怖い

 でも、どうして怖いものにひかれるんだろう

 わかんない


   四月十八日


 ぼくは先生が好き

 先生に限らず、ちゃんと夢を語ってくれる大人の人が好き

 だって子供にばかり夢を持てというのは不公平だもん

 ぼくは自分ができないことを、人にさせるのはうしろめたい

 先生には理想があって、それをちゃんと実行している

 だから先生が好き

 でもどうして夢を語ると笑われるんだろう

 どうして真剣なのに、いつも笑われてしまうんだろう

 ぼくが英語の教科書を読むと、いつも笑われる

 中学生の時、国語の先生に笑われた

 理科の先生にも笑われた

 保健体育の時間でも笑われた

 ぼくが真面目にすると、みんな笑う

 クスクス、ヒヒヒ、ハハハ、笑笑笑

 ぼくはとにかく笑われる

 でも、ぼくは笑われても真面目にするんだ

 それしかできないし、そんな自分が好きだから

 ぼくは夢を持つ人を笑わない

 笑われても笑わない

 笑う人と笑われる人、どちらかを選ぶとしたら

 ぼくは迷わず笑われる人を選ぶ

 それが、たとえ自分で笑わせようと思っていなくても

 でもこんなことを言ったら、また笑われるのかな

 修くんはぼくと違って、笑わせてくれる人だと思う

 自分を犠牲にしても、人を傷つけない人

 だから好きなんだ

 背が高くて、スポーツができて、絵がうまい

 詩を書いて、その字がきれいで、やさしい

 一緒にいると、お兄ちゃんみたい

 ぼくが子供っぽいから、修くんはがんばっているのかな

 だとしたら、申し訳ないな

 ご飯も、ぼくに合わせてゆっくりしてくれているのを知ってるよ

 歩くスピードも合わせてくれている

 修くんは、全部ぼくに合わせてくれている

 たぶん最初に会った日からだと思う

 それがすごく嬉しかった

 だからぼくは修くんが困ったら、自分にできることをしたい

 でもそれは言葉にするだけなら誰でもできる

 どうしたらいんだろう

 自分がされて、いやなことはしない

 自分がしてもらって嬉しいことを、自分もする

 結局、ぼくはこの二つしかできないと思う

 傷つけられたからって、ぼくは傷つけたくない

 助かるために、誰かを傷つけなくてはいけないとしたら

 ぼくが止める

 ぼくで終わらせるんだ

 かなしみに連鎖があるなら、早くぼくのところに来ればいい

 全部受け止めてあげるから

 ぼくは弱いから、言葉にするんだ

 強い意志を持つために

 きっとまた笑われると思う

 笑われるのは恥ずかしい

 でもいいんだ

 慣れっこだもん

 世の中のすべてのかなしみを背負えるなら、背負ってしまいたい


   四月二十五日


 悠木君はいつも笑ってるねって、修くんに言われた

 すごく嬉しい

 笑う門には福来る

 人によっては作り笑いに見えるかもしれない

 だけど笑顔でいたいんだ

 それが幸せの法則

 見つけたんだ

 幸せなものは、みんなマルでできている

 地球が丸いのは幸せのかたち

 太陽が丸いのも幸せ

 お月さまが丸いのも幸せ

 笑顔が丸いのも幸せ

 笑った目が丸いのも幸せ

 テストの正解のマルも幸せ

 日の丸が丸いのも幸せ

 年をとって丸くなるのも幸せ

 おじいちゃんの背中が丸いのも幸せ

 おばあちゃんが丸いのも幸せ

 お腹の大きなお母さんも幸せ

 りんご飴が丸いのも幸せ

 お金の単位が円になっているのも幸せ

 鏡餅が丸いのも幸せ

 猫がコタツで丸くなるのも幸せ

 輪になって踊るのも幸せ

 稲穂がこうべをたれるのも幸せ

 卵が丸いのも幸せ

 福耳が丸いのも幸せ

 ひまわりが丸いのも幸せ

 みんなみんな幸せのかたち

 だからぼくは笑うんだ

 宇宙だって丸いに決まってる

 だってみんな丸いんだもん

 ゴム風船と一緒なんだよ

 ほら、お母さんのおなかの中にいる時みたい

 足を伸ばしたら、ゴムみたいに伸びるんだ

 ぼくたちがいるところが内側で

 宇宙の外につながっている所がある

 ああ、いつか宇宙船に乗って、宇宙の外側に行ってみたいな

 行くなら、誰も行ったことのない場所がいい

 二度と戻ることができなくても、絶対に後悔しない

 宇宙と死のイメージが重なるのはどうしてだろう

 自分でもわかんない

 生きることと同じくらい、死ぬことを考える

 それは特別なことではなく

 夜がそこにあるように、死について考える

 毎日考えて、毎日寂しくなる

 怖い時もあれば、平気な時もある

 でもいつも決まって寂しくなる

 そんな時、猫になりたいって思う

 猫になって、あったかい布団に潜り込むの

 いつもじゃないけど、ときどきそう思うんだ


   五月二日


 連休なのに、ちっともおもしろくない

 早く寮に戻りたいよ

 日曜日まで、修くんとお話ができない

 でも不思議

 一か月ぶりに家に帰ってきたら、家が小さくなってた

 ぼくの身体が大きくなったんじゃないよ

 町も小さくなってたんだ

 まるでガリバーになった気分

 ぼくは気持ちまで大きくなって町を歩くの

 でも町の人は、ぼくが大きくなったことに気がつかない

 小さく見えた家も、部屋でのんびりしてたら、元に戻っちゃった

 大きかった気持ちも、空気の抜けた風船みたいにしぼんじゃった

 鏡に自分の姿を映しても、身体は小さいまま

 早く学校に戻りたい

 その前に、修くんからすすめられた映画を見なきゃ

 修くんが見てきたものは、全部見たいな

 修くんはお兄さんの影響が大きいって言ってた

 そういうのを聞くと、兄弟っていいなって思う

 でもそのまま影響を受けるのではなく、反対になるんだって

 お兄さんがゲームをすると、修くんはしなくなる

 お兄さんがアニメに夢中になると、修くんは興味を失う

 お兄さんが家で遊ぶから、修くんは公園で野球をする

 テレビでも、見たい番組が全然違うって言ってた

 それで映画とか小説を読むようになったって聞いた

 全部反対のことをしたくなるんだって

 そういうのって、おもしろい

 修くんは、それを反対癖って表現してた

 本当に好きかどうか、わからないんだって

 お兄さんに対する自分って考えるみたい

 修くんは修くんだよって言ってあげたい

 でも修くんは全部わかってるから、言わなくてもいいんだ

 ぼくは一人っ子だから、ずっとお兄さんが欲しいって思ってた

 お姉さんでも、弟でも、妹でもなく、お兄さん

 そう思い続けていたら、修くんと出会った

 お兄さんみたいな同級生

 やっぱり思い続けてみるものだ

 ぼくは猫

 足下にすりすりする

 ときどき邪魔したり

 ときどき素っ気なくしたり

 気まぐれのように見えるけど、ときどきだけは変わらない


    五月三日


 寒い朝で、ストーブの前から離れられなかった

 寮はあったかいから、それにすっかり慣れちゃったのかな

 毎年寒い冬を経験してるのに、夏には寒さを忘れちゃう

 それで寒くなってから思い出すの

 耳がちぎれるほど痛く感じるのに、それもすぐに忘れちゃう

 きなこ餅の味は頭で思い出せるけど、痛いのは思い出せない

 苦くて酸っぱいコーヒーは思い出せる

 でも手首をねんざした時の痛みは、がんばっても思い出せない

 いつでもチョコレートの味を再現できる

 でも冬の寒さは思い出せないんだ

 すごくすごく、ありがたい

 人間って、すごい

 十時になったらレンタル屋さんに行く

 うちの近くのお店は、旧作は当日百円なんだ

 すぐ見て、すぐ返さないと

 修くんのうちの近くのお店は、五十円だったみたい

 それで中学時代は映画ばかり見てたんだって

 だから受験に失敗したのはレンタル屋さんのせいだって言ってた

 でもそれでぼくは修くんに出会えたんだよ

 だからぼくはレンタル屋さんに感謝しないと

 ぼくは勉強がうまくできない

 だから、もっと勉強しないといけないって思う

 でも人生をやり直せるとしたら、悩んじゃう

 だって、リセットした人生には修くんがいないんだもん

 やっぱり人生は一度きりで良かったと思う

 もしもなんて考えたら、修くんの存在に失礼だもん

 なんてうまくできているんだろう

 人生って、すごい

 悪い面だけ見れば、いいように直したくなる

 でも直したら、今度はいい面が悪くなるかもしれない

 悪いところだけ見てはいけないんだ

 そういうところは目につきやすから仕方ないけど

 探すのが難しくても、いい面を見つけなきゃ

 平たんな道といばらの道

 そんなわかれ道があったら、ぼくは迷わずいばらの道を選ぶ

 それでいて、他人からは気楽にしているなって思われたい

 つらくても笑う

 笑われても恥ずかしがらない

 血を流しても、舌を出して笑うんだ

 どうしてわざわざ、いばらの道を歩くのか

 それはぼくが歩いた後、その道は平たんな道へと変わるから

 そうすれば他の人が歩きやすくなるもんね

 まだまだ、いばらの道はたくさんある

 いばらの道を行く人は、みんなからバカだと思われる

 とげとげの痛みも感じないんじゃないかって

 道の途中で倒れる人もいれば、引き返す人もいる

 報われる保証もないし、名前だって残らない

 それでもいばらの道を行く人は、前に進むんだ

 ぼくも痛いのは忘れやすいから、そういう人に向いている

 ぼくは行くんだ

 もう、心の準備は充分だから


   五月四日


 明日、修くんに会える

 たった三日、顔を合わせないだけでさみしく感じる

 さみしいなんて顔に出さないけど、やっぱりさみしい

 出会って一カ月なのに、もう何年も前から知ってるような

 一方で小学校から九年間も一緒にいて、もう会わない人がいる

 時間も距離も関係ないんだね

 時空は簡単に越えられる

 対象が必要なんだ

 特別な人は、どうしても存在してしまう

 どんなに公平を望んでも

 どんなに平等を訴えても

 ぼく自身が人を平等に思えない

 特別な人を、より大切に思ってしまう

 がんばって公平であろうとするけど、できないんだ

 ぼくができることといったら、なんだろう

 誰かにとっての特別な人を傷つけないことかな

 みんな誰かの特別な人ならいいのに

 世の中の人が、みんな特別な人になるの

 それなら、ぼくが不平等をなげく必要がなくなるもんね

 世の中は平等じゃないとため息をつきたいのはわかるよ

 でもぼくは誰かにとっての特別な人になろうと思うんだ

 ぼくができることはそれだけだもん

 好きになってもらえる人間になりたいな

 好きになることと、好きになってもらうこと

 ぼくにはそれがぴったりおんなじことなんだ

 身勝手に好きになるのは違うし

 好きになってもらうだけで満足するのも違う

 ぼくはどうしても、二つじゃなきゃいけないと思っちゃう

 欲張りなのかな

 欲張りな自分はいやだよ

 でも意欲的な自分は好き

 ああ、やっぱりぼくはどっちの自分も必要としちゃうみたい

 こんな時に、修くんがいてくれたらと思う

 早く修くんに会いたい

 修くんに話したら、なんて答えてくれるだろう

 きっと、悠木君はそのままでいいんだよって言ってくれる

 それでぼくはミルクをもらった子猫みたいに目を細めてしまうの

 修くんが話を聞いてくれるから、ぼくはついつい甘えてしまう

 ミルクを欲しがる子猫みたい

 夢中になって話すぼく

 夢中になって皿をなめる子猫

 ぼくも子猫も子供なのに、ミルクのおねだりだけは一人前

 修くんには、迷惑をかけっぱなし

 そんなことも気にせず、子猫は今日もストーブの前で丸くなる


   五月五日


 夏休みまで、帰って来られない

 そう思うと、少しさみしい

 行きたいのも離れたくないのも、どちらもさみしい

 さみしい気持ちは、人を好きになる気持ちに似ている

 どうしようもない切なさは、通り過ぎる風に似ている

 そこにあるのに、確かめられない

 見えているはずなのに、まるで見えない

 汽車が来た

 流れる景色の中にたくさんの家が見える

 そこには出会うことのない人たちが暮らしている

 普段は身の回りのことしか気が回らない

 でも汽車やバスに乗ると、いつもと違うことを考える

 だからぼくは汽車が好き

 汽車はぼくを移動させるだけじゃない

 時間を短縮させるだけでもない

 便利なだけのものじゃないんだ

 確かに、夢中にさせてくれるもの

 三角屋根のお家

 おじいちゃんおばあちゃんの家

 斜めになった屋根裏が、いとことぼくの隠れ場所

 ちょっと大人のマンガを読んで、どきどきした

 一年に一度しか会わないいとこ

 会う前は緊張するのに、会ったらすぐに仲良しになる

 きっと親せきは一年に一度がちょうどいい

 おめでたい日のお正月なら、なおのこといい

 そうすれば、けんかしないですむもんね

 親せき同士のけんかは、もういやだよ

 バスターミナルにいると、いつも不安になる

 このバスであってるのかな

 酔って気持ち悪くならないかな

 揺れて転んだりしないかな

 でも今日は、修くんに会えるから嬉しい


    五月九日


 自殺はいけないって、分かってる

 かなしい気持ちも分かる

 絶対にしちゃいけないって思う

 それなのに、どうしようもなく死に憧れる

 もう、どうしてそんな気持ちになるんだろう

 いやだな

 でも考えちゃうんだ

 自分が死ぬ瞬間を、この目で見てみたいの

 ドアを開けるみたいに

 目の前には知らない世界が広がる

 その時、なぜだか、すべての謎が解ける気がするんだ

 でも、こんなこと人に言えない

 修くんにも話せない

 幼稚園のころ、排水溝に落ちたことがある

 溺れたけど、助けてもらった

 その時、うそついちゃった

 自分でふたを開けたのに、最初から開いてたって言ったの

 うそついて、ごめんなさい

 ぼくはふたがあったら、開けたくなる

 何度も迷子になった

 それで何度もパトカーに乗ったんだ

 修くんもよく迷子になったって言ってた

 ぼくたちはいつまでも迷子のままだねって、笑ったんだ

 死に、好奇心を持ってしまう

 それは自分でも抑えられないんだもん

 怖くても、のぞきたくなるんだ

 どうしようもないんだもん

 でもね、死にたいのと同じくらい、生きたいとも思うんだ

 生きて、おじいちゃんおばあちゃんみたいになるの

 どうして、まるで違う二つのものを欲しくなるんだろう

 生きることと死ぬこと

 ちょうどぴったりおんなじくらい憧れる

 今なら、きれいなまま死ねる

 それに死ぬことは悪いことじゃないんだもん

 悪いことをしたから、ばちが当たって死んだなんてでたらめだよ

 子供のうちに死ぬのは、悪いことをしたからじゃないもん

 病気だって、事故だって、悪いことをしたからなるものじゃない

 長生きした人がえらいなんて、生きられない人に言えない

 それがえらい人の言葉でも、ぼくはそう思わない

 死ぬことはバツじゃない

 生きたい

 死にたくない

 修くんには死んでほしくない

 修くんと話せなくなるのはいやだよ

 どうしてまるで違うことを望むの

 もう、ぼくはどうしてなんだろう

 死に興味があるのに、命を大切にしたいと思う

 自分でも分からないのに、誰がこんなぼくを理解できるだろう

 ぼくが自殺したら、やっぱり命を粗末にしてって言われるのかな

 ぼくが生きていれば、死ぬ人の気持ちが分からないって言われる

 どちらにしても、ぼくはいつだって軽いって笑われるんだ

 ぼくは助けてもらった命

 ぼくも誰かを助けてあげたい

 だから大切な命

 それなのに好奇心に勝てない

 ああ、何時間も同じことを考えちゃう


   五月十六日


 吉田さんのことを思い出した

 修くんに好きな人のことを話しちゃった

 この世で一番かわいい女の子

 めんこいって言葉がすごく似合うんだ

 中学生のころ、ノートに何度も吉田さんの名前を書いた

 ショートカットで、背はぼくと同じくらい

 でもぼくと違ってふっくらしてて、丸いの

 吉田さんのことを考えると、胸が痛くなる

 それで、なぜか涙が出そう

 もう、きっと会えない

 でも、今でも好き

 ずっとずっと、好きだと思う

 ぼくは一生、吉田さんのことを好きでいるって誓ったんだ

 それなのに、最近はときどきしか思い出さない

 ぼくは死ぬまで好きって誓ったのに

 忘れてしまう自分がいやになる

 思いだけは誰にも負けないって思ってたのに

 今度は浅いって笑われるのかな

 でも経験しないと分からないとは思わないよ

 そんなのは貧しい心の言い訳だもん

 想像力がないことを、自慢したくないんだ

 どんなに小さな恋でも、バカにしたくない

 自分だけが大変だと思いたくないんだ

 他人を軽く考えると、自分まで軽くなってしまう

 自分が軽くなると、もう他人の重さを感じなくなる

 そうすると、もう人から軽くしか思われない

 自分から始めなきゃ

 ときどき、いやな言葉に出会う

 でも、それに振り回されない

 ぼくは、世の中なんて、なんて思わないんだ

 そこで思ったら、やっぱり世間から軽く思われるもん

 人をバカにしない

 自分から始めるんだ

 いやな人もいる

 でも修くんみたいな人もいるんだもん

 修くんに出会うために、ぼくは生きてきたんだ


   五月二十三日


 明後日から中間テスト

 修くんは昨日から、やっとテスト勉強を始めた

 三日前にならないとやらないんだよ

 それまではずっと本を読んでいるの

 家にいたころは、テストの前日しか勉強しないんだって

 それを自慢するみたいに言うの

 全然やってないって言って、実はやっている人はいる

 でも修くんは、全然やってないって言って、本当にやってないの

 もう、修くんが笑うから、ぼくも笑っちゃった

 でもぼくは人のこと言えないんだ

 ぼくはテストが本当に苦手なんだもん

 一生懸命やっても、全然憶えられないの

 右を左で覚えたり、左を右で覚えたり

 右と左がいまだに覚えられない

 目で見たものと、頭の中が反対になっている感じだよ

 アルファベットの向きも左右ぐちゃぐちゃ

 呪文みたいに記憶しても、いざっていう時に出てこない

 そのくせ関係ない時に思い出したりするんだもんね

 もう、自分でもいやになっちゃう

 たぶん幼稚園のころ、自転車で転んで頭を打ったからだよ

 なんて、言い訳しちゃった

 勉強ができる人はすごいと思う

 加瀬くんのうわさは本当かな

 消灯時間が過ぎても勉強しているって聞いた

 一人部屋の特待生だもんね、本当かもしれない

 ぼくもがんばんないと

 寮に戻って、テスト勉強しなきゃ


   五月三十日


 明日は遠足

 修くんと前に約束したんだ

 テストが終わったら遠足に行くって

 明日は晴れそう

 今が一番楽しい

 だって、明日になると終わってしまうんだもん

 だから明日がある今日がいいの

 でも明日になったら、昨日がいいとは思わないよ

 明日になったら、今日がいいって思うんだ

 いいな、修くんといろんなとこ行きたい

 樽前山に登りたい

 支笏湖にも行きたい

 チップの解禁がそろそろだよ

 その前に金太郎池にも行かなきゃね

 あとは札幌にも行くの

 一緒に映画を見たいねって、話しているんだ

 修くんは、ちゃんと憶えてくれているかな

 ちょっと心配

 だって、なんでもうんうん言うんだもん

 本当に聞いているのか、不安になっちゃうんだ

 本を読んでいる時もね、ページをめくらない時があるし

 その時、何を考えているんだろうって、気になるの

 ぼくのことを考えてくれていたら、嬉しいな

 ぼくは修くんのことを考えているよ

 駅に着いた時でも、修くんいないかな、なんて探したり

 街中で偶然会えたら嬉しいなって思ったり

 昔はそれが吉田さんだったのに、今は修くんに変わってる

 吉田さんのことは今でも好きだよ

 でも前ほど、心が痛くない

 強くしめつけられる感じがしない

 もっと痛くなりたいのに

 吉田さんのことしか考えたくなかったのに

 なんで忘れるの

 自分がいやになるよ

 あんなにいっぱい、かなしくて泣いたのに

 もう会えないと思って、泣き続けたのに

 あんなに痛かったのに

 どうして、ぼくは忘れるの

 うそだったの

 本気じゃなかったの

 ぼくの全部だったんだよ

 吉田さんがいれば、何もいらないって思ったんだよ

 それなのに、どうしてもう忘れるの

 ぼくはなんて薄情なんだろう

 好きな人を、好きでいられないなんて

 そんなの、いやだよ

 ぼくは好きな人をいつまでも大切に思う人間になりたいんだ

 吉田さんのことを忘れるくらいなら、ぼくは痛いままでいい

 それなのに、もう胸がしめつけられることがない

 それどころか、今は修くんのことを考えて、うきうきしている

 切り替えたくないのに、切り替わってる

 もう吉田さんの唇は、普通の女の子の唇と変わらない

 いま初めて、吉田さんとキスができるって思った

 もう恋は終わったんだ


   六月二日


 修くんが風邪をひいた

 ぼくがいけないんだ

 川の中で転ばせちゃって

 びちょぬれにさせちゃった

 だって、修くんが川の水を顔にかけようとするんだもん

 だから思わず、突き飛ばしちゃったんだ

 修くん、ごめんなさい

 でも楽しかったよ

 だけど、もうしない

 やっぱり水が怖い

 お湯は大丈夫なのに、水はだめ

 ぼくが子どものころ、溺れたからだと思う

 幼稚園の時もだし、小学校の時のプールでも溺れたから

 子供のころから、水で顔が洗えない

 お風呂はお湯だから大丈夫

 プールも、浅いのは大丈夫だけど、深くなるともうだめ

 水面が顔に近付くと息ができなくなる

 お湯のシャワーは大丈夫だけど、最初の冷たいのはだめ

 冷たいからじゃなくて、水が怖いの

 だから雨もだめ

 雨の日に外に出て、顔に雨粒が当たると、息ができなくなる

 海も入ったことないよ

 でも北海道の人は、珍しくないよね

 水の中は死のイメージ

 排水溝のふたの下

 怖いのに、開けたくなるんだ

 怖いって分かっているのに、中を見たくなるの

 開けずにはいられないんだ

 寮に帰るのが怖い

 だって、部屋に修くんがいないんだもん

 昨日から修くんは療養室

 土曜日まで、一人きりで眠らなきゃいけない

 さみしい

 早くよくなるといいな


   六月三日


 ぼくはやせっぽっちの身体だから

 大きな背中に憧れてしまう

 広い肩幅に、筋肉がついた腕

 腰回りががっしりしているの

 ぼくにとって、肉体は大切なものなんだ

 親からもらった大切な身体

 神さまからの借り物

 言い方は違うけど、両方とも分かるよ

 何をもって健全かは分からない

 でも身体が大事だっていうことは分かるの

 身体が大きければ、もっと男らしくなれたのかな、なんて考える

 なよっとしないで

 弱々しくなくて

 身体のせいにしたくないのに、でも考えてしまうんだ

 毎日、考えるんだよ

 気にして、気にしすぎて、気持ちがふさいじゃう

 太ってたら、やせればいい

 やせてたら、きたえればいい

 分かってるよ

 でも、絶対に直せなかったらどうしたらいいの

 それでも、絶対はないって言うのかな

 全部受け入れてほしいとは思わない

 でも、どうしようもないことだってあるんだよ

 優しいアドバイスが、言葉の暴力に変わる

 目が覚める人もいれば

 死んじゃう人もいる

 同じ言葉で

 生きようとする人もいれば、死んでしまう人もいるんだ

 言葉って、難しい

 がんばれ

 がんばらなくてもいいよ

 どちらの言葉も大事だもん

 両方ともぴったりおんなじ

 片方だけを信じるなんて、ぼくにはできない

 ぼくはどっちも大切にするんだ

 二つの異なる言葉を持って、人と向き合うの

 説得しようとは思わないよ

 改心させるなんて、思っていないんだ

 右にはお父さん

 左にはお母さん

 お父さんがいなかったら、お兄ちゃん

 お母さんがいなかったら、ともだち

 お兄ちゃんがいなかったら、恋人

 ともだちがいなかったら、先生

 恋人がいなかったら、片想いの相手

 先生がいなかったら、本でもいい

 とにかく右と左をつなぐんだ

 片方だけじゃなく

 両方をつなげば輪になれる

 片方に本を持って、もう片方にえんぴつを持つ

 それだけでもいいよ

 ぼくは、一人じゃないんだもん


   六月四日


 遠足の記録

 たのしかった

 空気がおいしかった

 お弁当もおいしかった

 また行きたい

 川の水がきれいだった

 ぼくは考えるんだ

 川の水は流れて、海に出る

 海に出た水は、やがて雲になる

 雲は流れて、雨になる

 雨は地に降り、川になる

 何度も生まれ変わるんだ

 きれいな円運動

 ぼくの身体にも水は流れている

 海の水は、ぼくの身体だった水かもしれないんだ

 降る雨も、ぼくの身体だったかもしれない

 手にすくった水は、死んでいった人たちの身体だった水

 口に含む水は、むかし生きていた人の身体なんだ

 人間の身体をめぐった水を飲む

 流れる川を見て、そんなことを考えた

 すくった手の中の水を見て、死んだ人のことを思い出した

 水は怖いけど、それは死者とのつながり

 命の水は、死者の明日

 ぼくもいつか、世界をめぐる


   六月五日


 明日、修くんが帰ってくる

 教室で会ってるけど、一緒の部屋にいる時の修くんがいいんだ

 他の友達と話している修くんより、ぼくと話す修くんが一番

 修くんはどう思ってるのかな

 他の人と話す修くんは、本当の修くんっていう感じがしないもん

 ぼくも修くん以外の人といると、なんか違う感じがするんだよ

 修くんと二人きりの自分が、本当の自分っていう気がするんだ

 他の人とは、うまく話せなくなっちゃう

 それはでも、本当の自分は修くんだけに知ってもらいたい

 そんな意地悪な気持ちもあるの

 だから、この日記は人に見せない

 見られたら、魔法がとけちゃうもん

 修くんには、ぼくの気持ちを知ってほしい

 でもやっぱりだめ

 理由はわかんない

 魔法がとけるんだよ

 つるの恩返しみたいにさ

 本当の姿を見せてはいけないの

 だって、自分の羽根を抜いてるのを知ったら、心を痛めるでしょ

 恩を受けた人には、心配させたくないもん

 だから絶対に見せたらいけないんだよ

 本当の姿を知ってほしいなんて思ったらいけないんだ

 修くんにだけは、知ってほしい

 だけど見せない

 人間が猫に話しかけます

 猫は人間の言葉に、にゃあにゃあと答えました

 人間は猫が何を言っているのか分かりません

 それでも頭をなでてくれます

 にゃあにゃあ

 修くんが笑って

 猫も笑います

 にゃあ、にゃあ


   六月六日


 偽善者って呼ばれた

 ぼくが偽善者

 なんだよ、もう

 偽善者

 そんなの、自分が善人じゃないことぐらい、分かってる

 それでも善人でありたいのに

 それをなんだよ

 分かってるよ

 自分が善人じゃないことくらい、分かってる

 でもつらくても、苦しくても、ぼくは善人でありたい

 善人になりたいんだ

 ぼくは絶対に負けない

 一度きりの人生だもん

 善人であることを望み

 善人になるように生きて

 善人で死にたい

 それがぼくの理想

 夢

 それを現実にするの

 ぼくは善人じゃない

 だから善人になりたいんだ

 それはすごく大変だと思ってる

 でも、なぜか自信があるんだ

 負けてしまわない自信

 ぼくは善人になる

 笑われてもいいの

 そこで反論しちゃだめ

 偽善者と呼ばれても、言い返さない

 だって言い返すのは、自分をよく見せようとする行為だもん

 それにも勝たないといけないんだ

 ぼくは善人じゃない

 だから自分のやましい気持ちが全部分かる

 分かった上で、善人を目指す

 ぼくは死ぬまで偽善者と呼ばれると思う

 ぼくが負けそうな時、やっぱりって言われるんだ

 最期まで、偽善者と呼ばれる

 でも、ぼくが死んで

 その時、周りの人は言うんだ

 あいつ本当に偽善者だったのかな、って

 ひょっとしたら善人だったんじゃないのか、って

 ぼくはその時になって、初めて心から笑うことができる

 だから死ぬまで、反論しないの

 偽善者って、呼ばれ続けないといけない

 善性は死ぬまで隠し続けないといけない

 つるの羽根

 それでもね

 ぼく、嬉しかったんだよ

 嬉しくて、泣きそうになっちゃった

 加瀬くんの目が、すごく真剣だった

 ぼくを偽善者と呼んだ時の目

 まっすぐぼくの目を見てくれた

 それが嬉しくて、泣きそうになっちゃった

 加瀬くんは、すごく勇気のある人

 だって、人の目を見て偽善者って呼ぶことができるんだもん

 それは心の中に善を持っていないとできないこと

 加瀬くんは、ぼくと違うところで闘ってる

 ぼくより高いところで、一人で闘ってる

 ぼくには、それが分かるよ

 ぼくは自分の人生で精いっぱい

 でも加瀬くんは世の中を見ている

 思い出すと、涙が出る

 最初は悔しかった

 でも加瀬くんの目は真剣だった

 教えてくれた

 批判してもらって、よかった

 自分だけでは気がつかないことがたくさんある

 すごく、気持ちがいい

 加瀬くんに、ありがとうって言いたいな

 でも言ったらだめ

 それは自分だけが満足したいだけだもんね

 修くんは、でも本当にやさしい

 修くんがやさしいから、ぼくは甘えたくなっちゃうよ

 修くんだって、加瀬くんの気持ちは伝わっていると思う

 でも、ぼくにやさしくしてくれたんだ

 嬉しい

 すごく嬉しい

 でも、素直に甘えられなくて、ごめんね

 全部話してしまいたいのに

 何も話せない

 どうして、善人であろうとすることは、こんなに大変なの

 だからきっと、尊いんだね

 天国に行きたいからじゃない

 地獄に落ちたくないからじゃない

 いまのぼくが、善人でありたいと思う

 ただそれだけなんだよ

 それが大事なんだ

 天国に行きたいのは欲

 地獄に落ちたくないのは恐怖

 ぼくはその間で闘うの

 だって、森はこんなにきれいなんだもん

 鳥は歌っている

 水は絶え間なく流れている

 地球は回っている

 ぼくは土にかえるだけ

 水になって、空を飛ぶ

 ぼくは死んでも、いつも見てるから

 天国から見下ろさない

 地獄から見上げない

 地をはう川になるの

 顔を上げてごらん

 雲になった、ぼくがいるよ

 いつもそばにいる

 ずっと見ててあげるから

 いまのことだけを考えればいい

 恥ずかしくないように

 善人であることを、ひたすら考えていればいいんだ


   六月十三日


 先生からお金をもらった

 学校の売店でしか使えないから、普通のお金じゃないけど

 それでも嬉しい

 これでお金がない時、パンが買える

 もしもの時まで、使わずに大事にするんだ

 それまで日記のしおりにする

 お金があると安心できる

 たった一枚の紙きれが、ぼくの心を支えてくれる

 街灯の明かりだ

 暗やみでぼくの心をあたためてくれるの

 あの明かりは当たり前じゃないよ

 ぼくは誰に感謝すればいいの

 それは働いているすべての人

 お金を稼いでくれる人

 みんなに、ありがとうって叫びたい

 仕事をしている人に、感謝するんだ

 何度も何度も

 毎日毎日

 ありがとうございます

 ありがとうございました

 バスの窓から見える人だけじゃない

 顔を見たこともない人にも、感謝したいの

 みんな好き

 ぼくはどうしても人を好きになってしまう

 お金も同じなんだ

 汚いお金なんて、ないんだもん

 心持ちと同じ

 ぼくは善人じゃない

 だから死ぬまで、善を貫いてみせる

 ぼくはお金を持っている人を責めたりしない

 だってお金を持っている人にしかできないことがあるんだもん

 お金で人の目が変わるのは知っているよ

 そんなこと、ぼくにだって分かるよ

 だからって、人生まで絶望したくないんだ

 ただ、絶望がその人にとっての安らぎや救いになるなら

 ぼくはその安らぎや救いを奪ったりしない

 右と左で希望と絶望をにぎりしめ

 ぼくがみんなを抱きしめる

 だってみんな好きなんだもん

 ぼくは両方好きになってしまうんだ

 ちょうどぴったりおんなじだけ好きになる

 村山くんにも言い返さない

 ぼくは何を言われても、言い返したりしない

 誤解を解こうと、自分を押し付けない

 気持ちが悪いって言われても、笑顔でいる

 でもぼくの笑った顔は、そんなに気持ちが悪いのかな

 人を不愉快にさせてしまっているのかな

 作り笑い

 偽善者

 ぼくはどんなにつらくても、善人でいたいだけなのに

 誤解されるのも

 理解してもらえないのも

 全部が試練だというの

 ぼくは善人になりたいだけなのに

 ぼくがかぶった善人の皮をはごうとする

 仲間になれって言ってるみたい

 ぼくは、いやだ

 皮だけの善に、肉をつけるんだ

 そうすれば、はいだ皮の下も善になっている

 肉がつくまで、がまんするんだ

 まるで踏み絵みたいだね

 ぼくの家には神棚と仏だんがあるけど、クリスマスも好き

 やっぱりぼくはみんな好きになってしまうんだ

 こんなにはっきりしてるのに、なぜだかあいまいに思われる

 ああ、それも善への道なんだ


   六月二十日


 愚直

 加瀬くんが教えてくれた言葉

 愚直も愚かも、どちらもだめだって言った

 大人になると直が取れちゃうんだって

 ぼくは加瀬くんに愚かだと思われているっていうことかな

 ぼくは愚かにはならない

 でも加瀬くんには愚かだと思われる

 加瀬くんはいろんなことを話したけど、難しくて憶えられない

 加瀬くんが何を話しているのか分からなかった

 ぼくはどうしたらいいんだろう

 悩んでも、ぼくはどうすることもできない

 直の方を取らずに、愚の方を取ればいいんだ

 そうしたら正直になれる

 ああ、やっぱりぼくは前向きにしか考えられないんだ

 前向きというのは

 どん底から顔を上げる、首の力

 あっ、違う

 上を向くのは、上を向くということ

 前向きというのは、前を向くことだ

 無理して上を見ず、前を向く

 地上と平行に

 それが前向き

 下でもない、上でもない

 まっすぐ歩くコツは

 遠くを見つめることなんだよ

 今日はたくさん考えたから、疲れちゃった


   六月二十七日


 修くん、ごめんね

 ぼくがいけないんだよ


   七月四日


 あと三週間

 猫は廊下を、音を立てずに歩くの

 教室にいてもね、じっとしてるんだよ

 机に伏せて、目を閉じるんだ

 丸くなって、猫みたい

 猫は部屋でも、気配を消すんだよ

 でも様子を見てる

 いつも考えているんだ

 本のページをめくる音

 もう、背中を向けてさ

 かっちゃきたくなる

 だって猫だもん

 つめをといだって言えば、ゆるしてくれるかな

 いきなり、にゃあって鳴いたら、驚くかな

 それとも頭をなでてくれるかな


   七月十一日


 あと二週間

 猫は自分以外に弱いところを見せないんだよ

 すごく強い生きもの

 だって、ライオンはネコ科なんだもん

 猫が一番強い動物なんだよ

 力の強いクマやゴリラじゃない

 身体の大きなゾウでもない

 ネコ科のライオンが百獣の王なんだ

 王は、王にふさわしくないといけない

 王は、王じゃないといけないんだ

 男と女

 大人と子供

 老人と赤ちゃん

 みんなのことを考えるんだ

 みんなだよ、みんな

 ぼくはみんな好き

 ぼくは王になれるかな

 なれなくても、王のような心を持ちたい

 また笑われるようなことを書いた

 最近、自分が笑われる理由が分かってきた

 みんなが手をあげる時に、一緒にあげなかったり

 みんなが手をあげない時に、手をあげちゃったり

 自分で考えて行動すると、いつも笑われる

 人と違うと、笑われるんだ

 ぼくはみんなのお手本になれる人間じゃない

 だからたぶん、笑われる

 だめな見本だから、みんな笑うのかな

 走り方がおかしいって、笑われる

 英語の教科書を読んでも笑われる

 外見だけで笑われちゃう

 ぼくはいつだって真剣だった

 どうして真面目じゃいけないんだろう

 どうして一生懸命は笑われるんだろう

 ぼくはやっぱり分からない

 ぼくは礼儀正しくありたいだけ

 笑わせてない

 笑わせているつもりはないんだ

 ぼくはもう笑わない

 人を傷つけてまで、笑わない

 でも笑われる分には、もういいや

 ピエロになるんだ

 人に涙は見せない

 痛いって、言わない

 痛くても、笑う

 そうすれば、みんな笑う

 前に修くんは、自分がピエロだって言ったけど

 修くんはピエロじゃないよ

 本当のピエロは、ぼくだもん

 王じゃなくて、ピエロだったんだ

 ぼくは今日からピエロ


   七月十八日


 あと一週間

 犬が好きな人

 猫が好きな人

 犬が嫌いな人

 猫が嫌いな人

 この中に、悪い人なんかいない

 誰も悪くない

 犬が悪いわけじゃない

 猫が悪いわけじゃない

 人間が悪いわけじゃない

 ぼくは思う

 猫が嫌いな人は、それでもいい

 無理やり好きになってもらおうと思わないんだ

 好きも嫌いも同じだもん

 好きという感情だけ、大事になんかできない

 ぼくは両方とも大切

 猫が嫌いな人に、猫を近づけたりしない

 猫が嫌いな人のことを、悪く思わない

 押し付けるのは、好きから離れていく行為

 迷惑はかけたくない

 嫌いな人に、無理に猫を抱かせるのはいけない

 無理やり好きにさせちゃだめなの

 そんなの、嫌いな人は喜ばない

 猫だって、嬉しくない

 嬉しくないよ

 無理やり抱かれて、嬉しいはずない

 悪く思われても、仕方ないこともある

 どうすることもできないことが、あるんだ

 それを知った


 このノートも、あと少しで終わり

 来週いっぱいで一学期も終わり

 今日で全部終わらせる

 二学期のことは分からない

 もう、日記は書かないと思う

 こんなの日記じゃないもん

 すき間だらけで、余白がいっぱい

 ぼくの頭の中みたい

 余白の白は、寒い日の吐きだした息のよう

 ため息は白

 からっぽ









































 最後のページ

 この一枚で終わり

 何か大事なことを書きたいのに、言葉がでてこない

 最後に書き残しておきたいこと

 言い忘れていること

 考えても考えても

 思っても思っても

 何も出てこない

 そうこうしているうちに、紙が埋まっていく

 中身のない言葉で、終わりに近づく

 何か書こうと、立ち止まる

 そこで考えるけど、何も書くことがない

 書いて

 一歩

 終わりに向かう

 また書いて

 また一歩

 また終わりに向かう

 そろそろ残り半分

 夏の終わり

 お祭りのあと

 夕暮れ

 さみしい

 家に帰る

 部屋の中

 電気を消す

 布団に入る

 目を閉じる

 今まであったことを、少しだけ思い出す

 それが途切れ途切れ

 記憶が散り散り

 眠りに落ちる瞬間

 ぼくがいなくなる

 暗いのか明るいのか分からない

 さみしくない

 なぜだか、とても気持ちがいい

 このまま、ここにいたい

 気持ちがいい

 なんとなく、そんな気がする


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