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5年間の沈黙

 外では粉雪がパラパラと降り始めていた。


 これは世のカップルたちは「ホワイトクリスマスだね」と盛り上がれること間違いなし。普段であれば、こんな日は急いで家路についてクリスマスの「ク」の字も聞くことなく、静かに時が過ぎ去るのを待ちたいところだが、今の僕にはやらねばならないことがあった。


 12月24日。僕は部室に籠り、5年前に鷹野唯が書いたであろう小説の原稿を読んでいた。


 読むのが専門で、大口叩いて批評するくせに書くのはめっぽう苦手な僕とは違い、彼女の書いた文章はケチのつけどころが無いほど整っていた。これを僕と同い年の女の子が書いたのだと考えると、なんだか自分が情けなく思えてくる。


 しかし、正直に言えば退屈な話だなと感じることも事実だった。いくら文章表現が上手くても、お話が面白くないことには小説としては評価されないだろう。


 彼女が予想以上にノートの紙幅を使ってきた結果、僕の書くスペースはあと一行といった所だった。確信犯だろう。要するに、面白いか、面白くないかはっきり言えというわけだ。良いところを褒めつつ、欠点を指摘するだけの紙面が僕には残されていなかった。


 さて、どうしたものか。


 僕が悩みあぐねていると、珍しく部室のドアが開く音がした。


 「誰かいるかー?」


 部室のドアを開けたのはいつか彼女との話にも上がった顧問の坂木だった。


 「お、泉。ついに長編小説書いたのか?」


 坂木は僕の手元にある原稿を見てニヤニヤしながら問いかける。


 「僕の小説が読めたもんじゃないことくらい、先生ならわかってるでしょ。昔、文芸部に在籍されていた鷹野唯って人の書いた小説です。部室奥のロッカーで発掘したんですよ。そういえば先生って当時から文芸部の顧問してたんですよね。鷹野さんってどんな生徒だったんですか」


 そういえば、僕は彼女のことをあまり人に聞こうとしてこなかった気がする。同じ文芸部の先輩っていうだけで妙な親近感があったし、聞こうと思えばノートに書けば良かったから別に必要としていなかったのかもしれない。


 しかし、今となっては話は別である。何か少しでも良いから彼女のことを知る手がかりが欲しかった。


 「鷹野か……。うん、覚えてるぞ。まじめな子でな、成績は学年でもトップクラスだった。でもやっぱり印象深いのは小説だな。あいつ、高1、高2って連続で県の高校生文芸コンクールで入賞したんだ。高3の時も、もし出してたら絶対……」


 坂木の顔が曇っていく。明らかにやってしまったという表情だった。


 「“もし”ってどういうことですか? 3年の時は県のコンクール出さなかったんですか?」


 一瞬の沈黙のあと、坂木は意を決したようにして口を開いた。


 「あのな泉……。あまり気持ちのよい話ではないんだが、鷹野は3年生の夏頃に……」


― ― ―


 鷹野唯は5年前の今ごろ、○○社主催の小説コンクールに投稿した。結果は3次選考落選。しかし、高校生とは思えない技量と魅力的な文体が編集者の目に止まり、高3の8月に東京の出版社にて面談の場を設ける運びになったらしい。その時、不幸にも鷹野が乗車していた東京行きの高速バスが事故をおこした。享年18歳。手には小説の原稿が大切に握られていたそうだ。


 坂木が帰った後、僕は部室で彼女との不思議な3か月半を思い出していた。目の前の現実から目を背けようとしていたのだ。しかし、思い出を振り返れば振り返るほど、彼女を襲った悲劇のことが頭をよぎってしまう。


 一人の才能ある少女の夢が、あと一歩のところで潰えていった。その不条理な現実が許せなかった。そして、もうこの世でどんな奇跡が起ころうとも彼女と僕が出会うことはない。その事実が僕の心を締め付けた。


 僕は今ごろになってようやく気がついたのである。喋ったこともなく、顔すら見たことのない彼女に淡い恋心を抱いていたことに。


 僕は文芸部ノートの最後の一行にこう書き残した。


 20×△年12月24日:泉浩介

 話が面白くない。僕ならあと5年は練るね。


 後日、ロッカーの中をのぞくと文芸部ノートはなくなっていた。


― ― ―


 今日は高校生活最後の文化祭。そう聞くと響きはよいけれど、実情は寂しいものである。


 僕は一人、文芸部の部室にて先ほど出店で買った焼きそばをほおばっているところだ。といっても、別に文芸部として文化祭に参加していないわけではない。すでに用意した100部の文集が全て捌けてしまい、部活としてやることがなくなってしまったというだけである。文芸部としてはこのようなケースは特例中の特例だ。いつも、精々30部くらい捌ければ充分なのだから。


 こんなことになったのには理由がある。


 先日、大手出版社である○○社主催の小説コンクールにて、わが校の出身者が大賞を受賞したというのである。それも文芸部に在籍していたときた。それで、普段は文芸部なんて見向きもしないような奴らが「ちょっと見てみようか」と文集を買っていったという寸法だ。


 大賞受賞作家の後輩たちが書いた独創的な作品群を見て、そのあまりのレベルの低さに購入者がどのように感じるかは分からないが……。


 焼きそばを食べ終え、ひと眠りでもしようかと考えていたら、ドアをノックする音が聞こえた。どうぞ、と声をかけるとドアがゆっくりと開く。


 そこには、20代そこそこの綺麗な女性が立っていた。彼女は今話題の本、そして一冊の古びたノートを抱えていた。


 一目で誰なのか察しがついた。


「あなたの言う通り5年練ったんだ。感想、聞かせてもらえるかな?」


ここまで読んで下さりありがとうございました。

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