5年前の願い
5年前の文芸部員、鷹野唯との不思議なやり取りが始まってから、既に三か月以上が経過していた。
最初の頃は、この超常現象について二人で色々と試していた。
そのおかげで、ずいぶん色んなことが分かったと思う。例えば、ノートがロッカーの定位置にないとこの現象は起こらない、とか。ノートの位置に他の物があったとしてもそれは未来と過去を行き来しない、とかである。
何か良く分からないけど、このノートを部室奥のロッカーの定位置に置いておくと、5年の時を経て僕らはメッセージを送り合える。結局、分かったのはそれだけだった。
そこから僕らはこの超常現象を純粋に楽しもうと決め、色んな話をした。
例えば、こんな話。
20××年10月27日:鷹野唯
今日、顧問の坂木先生が部室に来たよ。先生、国語科なのに全然小説の話とか付き合ってくれないんだよね。文芸部の顧問としてどうなんだって感じ……。まだ25歳で生徒と年も近いし、イケメンだから女子からめっちゃ人気あるみたいだけど、私はあまり好かないなー。泉くんのいる5年後はどんな人が顧問なの?
20×△年10月28日:泉浩介
びっくりした。まだ坂木が顧問やってるよ。あの人、専門が古典らしいしね。小説とかあまり興味ないんだろうな。でも、坂木が女子に人気ってのはびっくり。だって、今じゃぶくぶくに太っちゃって、女子からは豚に似てるって陰口叩かれてるんだもの。5年で人って変わるのな。
僕は面白がって彼女に5年後の世界で起きていることを教えるようになっていた。
でも……。
20××年11月10日:鷹野唯
私の文集読んでくれたんだね。何か照れちゃうな。私も泉くんが昨日お薦めしてくれた本読んだよ。凄い引き込まれちゃって、最後には主人公の犯罪者に完全に感情移入しちゃってたよ。でも、驚きだな。5年後の世界では、この話が実話だってことが分かって作者が逮捕、でも大きな話題を呼んで結果として小説はバカ売れしてるなんて。5年前に知れて、ちょっと得した気分。
でもね思った。これからはあまり未来のことは教えないで欲しいの。特に大きなことは。未来って知り過ぎると、つまらなくなっちゃう気がするし、本当は知っちゃいけないことなんだって考えると、何か怖くなっちゃうから……。
これ以降、彼女のいう通り未来のことはあまりノートに書き込まないようにした。
正直なところ、ここ5年で上がった株だとか、競馬の当たり馬券とか、そんなのを彼女に教えて、二人で大儲けをしようなんてことも考えてはみたのだが、彼女がそれに乗ってくるとは到底思えなかった。そして、何よりそんな提案をして彼女に幻滅されることの方が僕にとっては怖かったのだ。
そんなこんなで、楽しくやり取りを続けていた僕らであったが、日が経つにつれて、ある問題が浮上した。ノートの紙面が残りわずかとなってきたのである。
この「文芸部ノート」以外のものは、過去と未来を行き来できないことは分かっていた。そのため、新たにノートを作るなどというわけにもいかない。何とか状況を打破しようと、僕は彼女にこんな提案をしてみた。
20×△年12月2日:泉浩介
ノートの紙面の件だけど一つ案があるんだ。確かに、5年前の鷹野とは連絡はとれなくなるかもしれないけど、今の鷹野。つまり、20×△年の鷹野とは連絡とれるんじゃないかな。だから、もし鷹野が嫌でなければ電話番号とか何か連絡とれる手段を教えてもらえないかな?
20××年12月3日:鷹野唯
確かに。それもそうだね。ただ私ケータイとか持ってないんだよね。家の電話はあるけど、五年後に私が実家にいるとは思えないしな……。一番可能性が高いのがPCのメールだと思うから、それを教えるね。アドレスは……
僕は現在の彼女にメールを送った。しかし、そのメールは届かなかった。5年後、彼女のPCのアドレスは使用されていないらしい。
彼女にそれを伝えると、もう諦めて残りのノートを埋めようと提案された。まだ手段はあったのかもしれないが、僕はそれを受け入れることにした。そもそも、5年前の人とつながっている今の状況がおかしいのである。しかし、彼女とのやり取りが無くなることに対して僕は寂しさを感じずにいられなかった。
そして、本日は12月21日。いよいよノートもラストのページ。18日の金曜日に僕が書き込んだ時の残り紙面を考えたら、あと彼女と僕が一言ずつ書いたら、丁度埋まるくらいのスペースだった。
彼女は一体、最後にどんな言葉を書き込んでいるのだろうか。
僕が恐る恐るノートを開くと、そこには鷹野からの感謝の言葉、そしてあるお願いが書き込まれていた。
20××年12月20日:鷹野唯
これで最後だね。今までありがとう! 泉くんとお話できて本当に楽しかった。最後に一つだけお願い。私、今度○○社のコンクールに小説を投稿しようと思ってるの。ロッカー上段の左奥に原稿を隠しておきました。泉くんの感想を聞かせて。