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最も胡散くさい話  作者: つっちーfrom千葉
4/7

★第4話★



 その夜は気が高ぶってしまい、なかなか寝付けなかった。思えば、幼い頃から、自分はいつも家柄や才能において、他人より明らかに劣っていると思い込んで生きてきた。そういう引け目が心中の深いところに根を張っていた。学校で勉強をするにも、会社で仕事をするにも、他人からの冷酷な視線を気にせずにはいられなかった。今夜かかってきた一つの電話で、人生のすべてがひっくり返ったのだ。ようやく運も巡ってきた。風が吹いてきた。他人が自分の存在に価値を見出す時がきたのだ。自分の存在が初めて、おおやけに認められたような気がした。一週間後に莫大な遺産を受け取ることが決定してしまうと、なぜか、嬉しいだけでなく、どこか不安なような、待ちきれないような、そして気恥かしいような気分になった。


 翌朝はいつもより三十分早く目が覚めた。私は機敏な動きでスーツを着ると、アイスコーヒーを一口飲み、朝食もろくに食べずに家を出た。髭を剃ることも歯を磨くことも、すっかり忘れていた。通勤電車の中でも上の空だった。大変な混雑の中で、他人に身体をぶつけられても屁とも思わなかった。頭の中は、早く王族になって大金を受け取り、目一杯の贅沢をしたいと、そのことでいっぱいだった。


 会社にたどり着くと、誰に挨拶をすることもなく、自分の机の上にカバンを放り投げて、すぐに今入ってきたばかりの通用口に向かって走りだした。後ろから、上司の、「おい、どうしたんだ」という呼び声が聞こえたような気がしたが、そんなことに返事などしている暇はなかった。だいたい、一週間も経つ頃には、私は王族になるのだ。こんな小さな会社の管理職などに頭を下げなくてもよくなる。私に上から目線で命令できる人間など、この地球上に存在しないはずなのだ。


 一度会社を出ると、赤信号の国道を乱暴に横切って渡り、向かい側にある本社ビルに駆け込んだ。五階にある総務部に息せき切って駆け込むと、受付に座っていた、うら若い女性社員は、私の剣幕にひどく驚いた様子だった。


「すいません、総務の部長にお話があるんですが!」

私はなるべくはっきりとした口調でそう告げた。その場にいた全員が私の声に驚いて振り向いた。


「なんだ、おまえか。まだ始業時間になっていないぞ。なんの用だ?」

部屋の奥から不機嫌そうな声が返ってきた。


「朝から申し訳ありません。実は退職金の前借りをしたいと思いまして!」


 私がそう言うと、総務部長は眉間にしわを寄せ、『やれやれ、またか』という顔をして、私を同階にある会議室に連れ込んだ。


「また、厄介事か? 今度はなぜ、大金が必要になったんだ?」

私と向き合う席につくと、部長はそう尋ねてきた。

「ぶ、部長、今回はろ、600万ほど必要になりまして!」

「だから、なんでそんなに必要なんだと聞いている。家でも買うのか?」


 お金を借りるためには、昨晩の電話のことを詳しく説明しなければいけないだろうが、それは少し恥ずかしい気もした。なぜなら、これはあの電話の主の必死な語り口と、その熱意に対して、共感した私だからこそ理解できる話で、他人が容易に理解できる話ではないような気がしたからだ。予想通り、総務部長は不審そうな顔をしている。どんなに長い説諭を用いても、彼を納得させるのは容易ではあるまい。


「じ、実は部長、お、王になることになりまして……」

「オウ? オウとはなんだ? オウ、マイ、ゴッドのオウのことか?」


 部長は大きな厄介事に片足を突っ込んでしまったような気分になったらしく、タバコに火をつけて、しばし目をつぶり、一つ大きくため息をついた。私はことの詳細を話すことにした。昨晩、私にアブダビ国の王に近い人間から突然電話がかかってきたこと。今現在、アブダビ国の王が重体で、その寿命はもう数日ももたないこと。私の家系を遡っていくと、その王族と血統が繋がっているということ。電話の主が語るには、アブダビにいる王の親族は、全員が遺産を受け継げない状態に陥ったこと。その上で調査の結果、私が真の後継者であり、王の死後は数兆円という莫大な遺産がこの手元に転がり込んでくるという話をしたことなどを丁寧に部長に告げた。部長は「うんうん」と時折相槌を打ちながら聞いてくれたが、最後に、私が600万円を先に払わないと、遺産を受け取る資格を失ってしまうことを打ち明けると、実につまらなそうにタバコを灰皿に押し付け、少しかったるそうに私の顔を見つめた。


「おい、KT、おまえさんはいくつになる?」

 部長は平常心を保っているのか、それとも激怒しているのか、わからないような微妙な表情で私の顔を見てそのように尋ねてきた。


「おかげさまで三十七歳になります」

「覚えてる範囲で構わないんだが、これまで何回こういう商法に引っかかってきた?」


「十六回ほどです。しかし、部長、今度こそは真実らしいです! 私についに幸運が舞い降りてきたんです。王の側近はしっかりと約束してくれました。必ず、私に莫大な遺産を受け継がせると!」


 私は総務部長を説得するため、声に出来る限りの力を込めてそう言った。しかし、私の話を聞けば聞くほどに部長は呆れかえっていくばかりだった。もちろん、その理由が私にはわからないのであるが。


「いいか、こんな古臭い、しかも子供じみた手口に引っかかるのは高校を卒業したてで上京してきた田舎者の大学生か、あるいは70歳以上の完全にぼけた老人だ。おまえは東京に住んで長くなるし、そろそろこういうばかげた話に乗るのはやめてくれないか……」


「しかし、部長、この600万円を明日までに、きちっと払ったあかつきには、数兆円もの遺産が私の通帳に転がり込んでくるんです」


 私は前のめりになって、部長の身体にすがりつくようにそう訴えた。


「私は何の根拠もなく君の話を否定しているわけではないよ。これまで散々同じような商法に引っかかってきたじゃないか。その事実のあれこれを見せられているから、やめておけと言っているんだ」


 部長はそこで一度大きくタバコの煙を吐き出すと、少しかったるそうに天井を見上げた。


「しかし、おまえも何回引っかかっても懲りないよな……。今まで何度詐欺の被害にあって、給料の前借りを申請しにきたっけ? 霊感商法、絵画商法、ネズミ講、アンケート商法、催眠商法、スパムメール、それと送り付け商法だったけか……。本当に懲りないやつだな……。詐欺に遭った体験をすべて記していくだけで、悪徳商法の紹介本が一冊書けるんじゃないか? 遺産を受け継ぐより、そっちの方が現実的に儲かるかもしれんぞ……」


 総務部長はすっかり呆れかえってそこまで言うと、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

「今日は九時から大事な会議があるんだ……。これで失礼させてもらうよ」


 まったく相手にされないままで、この会談が終わっては、私は困るのだ。輝かしい未来を引き寄せるためには、どうしても、会社が融通してくれる現金が必要なのだ。隣のフロアまで響き渡るような大声で私は叫んだ。


「部長! 600万円お貸しください。もし、私が王になれたあかつきには、あなたのことを終生忘れない友と呼ぶことにします。あなたが人生に踏み間違えたら、いつでも、お金をお貸しします! 自分が権力の座をどこまでのぼり詰めても、いつまでもあなたと盟友でいることにします。ですから、ぜひ! ぜひ!」


「私のことなんて早く忘れてくれていいよ。君との縁なんて、こちらから断ち切りたいくらいだ……。もし、本当にその商法に引っかかるつもりなら、会社に迷惑をかけずに、自分の力だけでやってくれ。頼むから、銀行から金を借りてやってくれ……」


 このような経過があり、会社側からは退職金の前借りを完全に断られたため、私は次に銀行に立ち寄って、受付の女性に事の詳細を話してみたのだが、こちらでも、けんもほろろの扱いを受けた。


「お客様、大変失礼ですが、もしかしたら、振り込め詐欺などに引っかかっておられませんか? ご存知のとおり、近年、老人や障害のある人を対象にしたオレオレ詐偽や還府金詐欺などが横行しております。お客様が昨日受けられた電話につきましても、これらの詐欺と似たような手口と見受けられます。もう一度、熟慮してからおいでになってはいかがでしょうか……」


 その後二十分ほど、この話の信ぴょう性を高めるための説明を試みたのだが、銀行員の女性はまったく信じてくれず、挙句の果てには、こちらを奇人呼ばわりし始めた。そういう展開になってしまうと、私も頭にきて熱くなってしまうので、次第次第に強い口調になってしまった。


「しかしねえ、あなたは他人の言葉を信じたことはないんですか? 確かに、世間では詐欺に引っかかっている人もいますが、自分に向けてかかってきた電話のすべてを詐欺だと疑っていては、人生つまらなくなるばかりだし、人間関係も発展しないし、成功だって自分の目の前をすり抜けていくばかりではないですか? 私は今回のこの一件を神様からの贈り物の一つとして信じてみたいんです!」


 大声でわめき立てていると、奥からこの銀行の主任が出てきた。彼は強盗でも乗り込んで来たのかというような当惑した表情だった。しかし、いくらこちらの正当性を説明しても、あっさりとはねつけられるばかりなので、私は銀行から借りることを諦めて、新宿の裏通りにある某有名消費者金融の支店を訪ねてみた。しかし、ここではもうすでに数百万円の借り入れをしているので、最初から望みは薄いと思われた。


 私の身元を照会して、席に戻ってきた担当者はかなり苦々しそうな顔をして、「お客様にはすでに満額のお借り入れがありますので、この借入金を先にお返し願えませんと、次の融資は難しいと思われます……」と繰り返すばかりだった。ここでも、私が一週間後に国王になるという話を試しにしてみたが、それは私と精神病院がいかに近しい存在であるか、ということを相手に理解させるだけで、それ以上の効果はあげられなかった。


「そんなに大金がお必要でしたら、正面にある金融会社に頼んでみてはいかがですか? 我が社とは別のグループですが、あそこなら貸してくれると思います……」


 そう言って女性は通りを挟んで向かい側にある黒づくめのビルを指さした。私もあのビルについてはよく知っている。あれは暴力団関連のトイチ(十日で一割の金利)の闇金融だ……。だが、もうすでに後戻りはできない。私は消費者金融から出ると、吸い込まれるようにそのビルに足を踏み入れた。




 ここまで読んでくださってありがとうございます。朝までには完結させるつもりです。よろしくお願いします。

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