第4話 「鍛冶魔法」
目を覚ますと薬品と植物の香りが漂う清潔感のある部屋のベッドにいた。既に日も傾き、太陽がオレンジ色に視界全てをを染め上げている。ふと周りに目をやると、グラシェダがベッドの側の椅子に腰掛け、何かの本を読んでいた。
「おや、目が覚めましたか。あの後、ハイロさんは魔力切れで倒れたんです。どうです、ご気分の方は」
彼は本をパタンと閉じると、それをサイドテーブルに置いてこちらへ声をかけてきた。
「はい、大丈夫です。あの……どれくらい寝ていましたか?」
「2時間弱といったところですね。他の皆さんは授業が終わって寮へ案内されている頃でしょう」
「すみません、ご迷惑をおかけしてしまって」
「これも仕事ですから」
彼は笑顔でそういった。イケメンが眩しい。
「にしてもハイロさん、あなたはすごいですね」
「そ、そうですか?初歩的な魔法で魔力切れ起こしてるくらいですしどうなんでしょうか……」
「違いますよ、ハイロさん。あれは業火の弾丸という魔法で、普通は間違っても魔法を始めて間もない方が使えるような魔法ではないです。おそらくあなたは火を操る魔法に対して非常に高い適性があるのでしょう。そうでもなければ何度か発動して魔法に習熟することで成し得る魔法の習得に1度の発動で成功したり、性質変化による別魔法への変質に至ることは出来ないと思います。」
なるほど、シリエルさんのおかげか……だとすると他の魔法にも高い適正を持っている可能性があるってことか。いろんな魔法を覚えたい、どんどん新しいものに触れてみよう。
「そうそう、これはあなたの部屋の鍵です。右手にこれを握って東棟の転移陣へ入ると寮へ飛べますよ。動けるようになったら寮へ戻ってみて下さい。私はこれで失礼します、お大事になさってくださいね」
そう言い残すとグラシェダは部屋を静かに後にした。起こしていた体を再びベッドへ預け、しばらく眠った。窓から射す夕日が月の光に変わった頃、先程までの起き抜けのだるさが少し和らいだので東棟の転移陣へ向かうことにした。
部屋を出ると、ランプの光が弱々しく灯る薄暗い廊下に出た。ちょっと何か出そうな雰囲気だ。部屋を出てすぐ隣に階段があり、その近くに紫色に輝く魔法陣のようなものがあった。おそらくこれだろう。鍵を握りしめ魔法陣に足を踏み入れると、泡を立ててカタカタ揺れるフラスコや瓶に詰まった謎の植物や生き物がそこらじゅうに広がっている部屋の中に飛んだ。大きな実験台を挟んだ向こう側から女性の鼻歌が聞こえる。窓際の机の前に立つその女性、いや少女は必死に作業している。身長が足りないのか足元に置いた木の台へ登ってあたふた動くその姿はおとぎ話に出てくる小人のような。少女はこちらに気づいたのか不思議そうな顔で話しかけてきた。
「おやおや~?誰です~?むむっ、見ない顔ですねぇ……はっ!君が話に聞いていた助手……じゃなかった研究生の子だね!?いやぁ~待ってたよぉ!今はケットシーの手も、いやスケルトンでもゴブリンの手でも何でもいいから借りたい!ってくらいに忙しかったんだよぉ~もう大変大変!ささ、こっちへ来て手伝って!」
「へ!?いえ」
人違いです、と言い終える前に入り口で立ち尽くしていた私の服の裾を引っ掴んで、窓際の机の前まで連れてこられた。
「君!名前は?」
「は、ハイロです。」
「ハイロ君!私はポポリタ・プタウア!君はこの鉄鉱石の山を力の限りインゴッドにしておくれ!呪文はわかるかい?」
「いえ、わからないです……」
「ええっとね、呪文はこうだよ。力を焚べよ 炉に焚べよ 火入れし其れに調和を齎せ、だよ!やってみて!」
言われるがまま拳骨より二回りほど大きな鉄鉱石を両手で持ち、呪文を詠唱した。
「力を焚べよ 炉に焚べよ 火入れし其れに調和を齎せ」
鉱石が熱を持ち、真っ赤に輝く。持っていられずとっさに手を離すと床には綺麗な鉄のインゴッドが落ちていた。
「よしよし!成功だね!この調子で全部頼むよ!」
「が、がんばります……」
10分で20個ほど同じ要領でインゴッドを作った。5分の1くらいは減っただろうか。正直魔力の限界が近い。だがおかしい、魔法を習得出来てもおかしくないのに今回は1度では習得できなかった。それどころか未だに習得に至っていない。あの時と何かが違うんだろうか。そういえば魔法の名前を知らないがそれがよくないのか……?
「あの、すみません。先程教えてもらった魔法なんて名前ですか?」
「インゴッドにするやつー?えっとねぇ、ふぉーじ?って名前だったと思うよ~」
「ありがとうございます」
名前がわかったし再度やってみよう。残り魔力が少ない、気力を振り絞って魔法を唱える。
「力を焚べよ 炉に焚べよ 火入れし其れに調和を齎せ」
また一つ鉱石がインゴッドへ変わったが習得のアナウンスは起きなかった。ん、そういえばフォージと言えば鍛冶場や炉、鍛造するなどという言った意味があったはず。もっと集中して炉で鉄を溶かしてインゴッドにする、その過程をイメージしてやってみよう。これがラストチャンスか。
「力を焚べよ 炉に焚べよ 火入れし其れに調和を齎せ」
インゴッドが熱せられ赤く融解する。不純物を取り除いたそれを冷却した後に整形。そしてインゴッドが出来上がる。
「鍛造を習得しました」
習得出来た!なるほど、イメージが足りなかったのか。火の矢は良く攻撃魔法として聞く名で魔法の効果がある程度想像できていたし、変質させた業火の弾丸はイメージを念入りにして発動させた。これは収穫だ、習得にはイメージが必要なのだ。しかし、この知識は広まっていないのか?講師のグラシェダは試行回数が重要だと言っていた、常識として広まっていて改められる事なく根付いた知識なのかもしれない。だとしたら近い内に共有したほうがいいだろう。
「只今戻りました~。あれ、そちらの子は……?」
入り口の魔法陣が輝くと、穏やかな顔をした狼の獣人が入ってきた。
「シュタルカくーん!おかえりぃ!この子は前シュタルカ君が言っていた助手……研究生のほら!ハイロ君です!」
「えぇ!ポポリタ先生僕言ったじゃないですか!あの話はないことになったって!変人研の繁忙期はやばいって言われてって逃げられたんですよ!」
「ほぇ?じゃあこの子は?」
「彼の首元見て下さい!黒ケープ着けてるじゃないですか!学生ですよ学生!研究生じゃないんですよ!」
「ぎえー!うそ、どうしよう!インゴッドたくさん作ってもらっちゃった!」
「まったくもう、うちの先生は……ごめんね、魔力結構使ったろうに。お詫びと言っては何だけどこれ、マジポイドリンク。魔力回復にいいよ、飲みすぎると寿命縮むから1日1本までね。残りは僕が引き継ぐよ、ありがとうね」
「結構限界だったので助かります。ありがとうございました。にしても研究生というのはなんですか?」
「あぁそれはね……おっと、それはまた今度にしよう。長くなってしまうし君も疲れているだろう。はい、この研究室の鍵だ。この鍵を右手に持って転移陣に入ればここへ飛べる。……あれ?そもそも君どうやってここに来たんだい?」
「自分の寮の部屋へ飛ぼうと寮の鍵を握って転移陣に入ったらここへ飛んでしまって……」
「あはは、そうか。研究室巡りの機能でここに来たのか、それなら納得だ。たまにいるんだ、君みたいに寮の鍵で『西』の転移陣に入る子が」
大声で笑われてしまった、ちょっと恥ずかしい。狼に似たその顔は穏やかな顔だったが大きく口を開けて笑うと迫力がすごい、食べられてしまいそうだ。ひとしきり笑い終えると、明日以降は暇になるからいつでも遊びにおいでと笑顔で鍵をくれた。二人に別れの挨拶をして転移陣から研究室を後にした。
転移陣から西棟の転移陣まで飛び廊下を歩いて反対側へ行く。何だかどっと疲れた気分だ。お腹も空いてしまった。寮で何か食べられるだろうか。ぐったりしながら今度は間違えないように寮の鍵で東棟の転移陣へ足を踏み入れた。すると目の前に大きな食堂が現れた。食堂は小さなショッピングモールのフードコートほどはあるだろうか。2階席もあるようだ。食堂は黒ケープを着た学生達でごった返している。食事を取る列をしばらく眺めて特に何か支払っている様子はなかったため、それとなく列に並んでみた。食事はあっけなくゲット出来、本日待望の食事にありつけた。献立は手のひらより大きい十字に切れ込みの入った硬めのパンとたっぷりのシチュー、コーンサラダだ。見慣れた料理が出てきて少しホッとしている。パンをシチューにつけて一口、温かい食事が体中に染み渡るようだ。特別体が冷えていたわけではないが、とても体が温まったように感じた。その温かさを噛みしめるように食べ終えた。
夕食を食べ終え、明日に備え眠るために自分の部屋へ向かった。部屋は402号室、階段を上がって行くにつれて、なぜか鼻を劈くような異臭が強くなっていく。そして402号室の前で来ると、その異臭はピークに達した。もはや卒倒しそうなほど激しい匂いだ。意を決して扉をあけるとそこには、緑の髪の少年が怪しい色の液体が入った鍋を煮立たせ怪しい実験のようなことをしていた。
1014です。暑は夏いですね。
残暑に負けず、妄想垂れ流していきます。
登場人物が増えて賑やかになってきました。