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バイバイ、またね。

作者: ツチヤ

面白くなくても、最後まで読んでみてください。


 寂しそうに佇む机の可愛いフックから、優しく三年間使い古したスクールバックを取り外す。私は上履きのままベランダに顔を出す。白色のペンキで何度も塗装された棒だけが、安全装置と化している。なんとも頼りがいがなく、三階の高さだと少し身がすくんでしまう。それでも思い切って身を乗り出せば、心地良い風が、桜の匂いを運んでくる。なんとも清々しい、今日この日だけは、未来へ期待しか感じられなくなってしまう。さらに眼下には、大勢の生徒たちが、各々の感情を露わにしている。抱き合うもの、泣きじゃくるもの、笑いあうもの、写真をこれでもか撮り合うもの、校舎裏へと消えていくもの、制服のボタンをせがむもの。見ていて本当に飽きない、しかしこの場所で感慨に浸れるのも今日で最後だ。少しだけ帰りたくないと思ってしまう。

「レイ?帰らないの?」

不意に声をかけられる。そこには面やら竹刀やらの大荷物を抱えた彼がいた。

「あぁ、ソウタ。もうそろそろ帰るよ」

「そっか、今日一緒に帰りたかったんだけど、あいつらに、最後になんかパーッとやらねぇかって言われてさ」

ソウタは竹刀を景気よく持ち上げてみせる。

「相変わらず人気者だね。大丈夫今日は、マリと帰ろうと思ってたの、話したいことがあって」

少し皮肉っぽく聞こえてしまったかと不安に思う。

「人気者って、どこかの会長さんほどの人気はないと思うけどな、最後だし親友と話すこともあるよな」

「まぁね」

ソウタは急に、顔を強張らせた。

「大学いってからも続くんだよね?」

ソウタのここまで不安そうな顔は初めてかもしれない。

「不安なの?」

ここで回り道をしても仕方がないと思い、直球勝負に出てみる。

「だって、レイはどう考えても美人だし、さすがに不安にもなるよ、大学の男なんて碌な奴いないって聞くし」

「美人だなんて、ありがと」

「いいとこしか聞いてないし…」

ソウタは少しおどけてみせるが、不安の色は消せていない。

「大丈夫だよ」

ここで、好きだよ大好きとでも言えば彼は満足してくれたかもしれないが、それは私にはできなかった。

「不安だけど、でも信じてる。好きだよ」

「私、嘘つく人は嫌いだからね」

「まだ信じてもらえてない?」

「そんなことないよ、本気かどうか確認しただけ」

私もソウタのことを不安に思っているから、こんなことをしてしまうのだろうか。

「俺って何回レイに試されればいいんだろ」

「何回でも」

ソウタはくすっと笑った。ようやくいつもの調子で話せたかもしれない。

「レイが好きとか直接言いづらいのは分かってるつもりだから大丈夫、むしろ簡単に言いすぎても軽くなっちゃうもんね」

ソウタはよく私の事分かってくれている。

「ありがとう」

「でも、告白した時に、好きって言ってくれてうれしかったし、覚えてるからさ、とにかく信じて頑張る」

不思議とソウタの顔に自信が戻る。私は、ソウタのこういうところを好きになったのかもしれない。

「ソウタ!!」

少し遠くから威勢のいい声が、リノリウム張りの廊下に反響する。

「そろそろ行ってくる、じゃぁ!」

「バイバイ」

そういうと、彼は律義に重そうな荷物を抱え、走り出した。また三十人余りの空間にたった一人になる。


 私は、人生の中で嘘をついたことがない、これを言うとそれが嘘だと言われてしまうが、本当のことだ。だから、逆に嘘は嫌いだ。きれいな嘘はないと思う。その場しのぎは出来ても、永遠に何かをしのぎ続けることはできない。でもこの考えはきっと、嘘をつかれるのが怖いから思ってしまうのだろう。だから、人に私は嘘が嫌いと言ってしまう。かわいい私自身を必死に守るために。


 私は背伸びをして、小さな箱を開けると、そこから黒のローファーを取りだす。上履きをしまいそうになるが、慌てて袋にしまい込む。習慣とは怖いものだ。指をかかとに沿え、足を入れ込み、仕上げに軽くつま先を鳴らす。スマホでラインを済ませる。{====河川敷に来て}急いで正門へと走り出す。

「マリ、ごめん遅くなった」

マリは私に気づくと、急いでスマホをカバンにしまった。

「遅いよ、会長」

可愛く顔を膨らませる。まるでハリセンボンのようだ。言ったら怒るから言わないでおこう。

「会長はやめてよ、部長」

「部長もやめてよ、会長」

これもいつもの感じだ。でも少し懐かしく感じてしまう。これも、最後だと思うと不思議に感じる。二人でしばらく、馴染みの道を歩いていく。この帰り道は川沿いのサイクリングロードで、夕方になると、河川敷と夕日のコントラストが何とも言えない、美しさになる。

「大学別々になったね」

「そりゃ、マリは理数系でしょ」

「そうだけどさ、でも一緒のところ行きたかったし、大学でもまた二人で剣道やりたかった」

マリは寂しそうな顔になる。

「そうだね、やりたかった」

「やだな、卒業式終わって帰り道でまた泣くとか、泣き虫かって」

「いいんじゃない?マリは泣き虫でしょ、実際」

「ひどいな、相変わらずストレート」

「ストレートじゃなくてう」

「嘘をつかないんでしょ?」

マリの顔がいたずらっぽくなる

「そうそう、その通り」

「でもそんな、レイだから一緒にいられたのかも、どうも陰でこそこそが嫌いでさ」

「マリはそうだね」

マリは急に振り向くと爛々とした顔つきで上段の構えを見せる。

「しっかしさ、結構高校生活楽しみまくったと思わない?」

「そうだね、結構色々やったね」

「私はとにかく剣道やりまくって、後は総務委員で文化祭とかも一番楽しんだ気がする、彼氏は出来なかったけど」

「私も部活と生徒会かなぁ、彼氏は出来たけど」

「はぁむかつく、でもそりゃ彼氏くらいできるわな、美人だし」

しみじみとマリはため息をつく。

「私も部活で部長はやったけど、生徒会長の忙しさにはかなわないわ、ましてや剣道部の副部長までやってもらってたし」

「どうして忙しさで勝負するの」

「いいの、負けず嫌いなの」

またマリは頬を膨らませる。私は間違いなく、マリが面白さと可愛さを兼ね備えた女の子だと確信する。こういう時間は本当に幸せだ、でも私には話さなければいけないことがある。

「マリさ、話があって」

「どうしたの?」

マリは少し、小首をかしげる。

「実は、縁をきりたいと思ってて」

「えっ、どうして?めちゃくちゃ仲よさげだったじゃん」

マリは素直に驚いて、口が開いたままだ。

「それで、これはわがままなんだけど、今からする話はとにかく聞くだけにしてほしいの、あまり詳しくは詮索されたくないんだ」

「でも、聞くには聞いて欲しい」

「そう、ちょっと苦しくてさ」

「分かった、ドンとこい」

心配してくれているのか、マリは胸をわざとらしく反らしておどける。

「なんで関係をやめたいかっていうと、嫌いになったの」

「率直―」

「何が嫌いかっていうと、結構子供っぽいところがあって、人のものを取ったりするんだよね」

「まじで?意外」

「そういうところも、可愛いとは感じれなくて、あと凄く人気者でさ、近くにいるとついていけなくなりそうで」

「人気者って、まぁそれはいいけど、その人がまぶしくてーみたいなやつか」

「そうそんな感じ、でも一番はやっぱり嘘をつかれたかな」

「やっぱりそれか、何とは聞かないけど、その嘘が大きな隠し事だったりしたら、嫌いになるかもね」

さっきまでとは一変して、真剣なまなざしで聞いてくれる。やはり、マリを選んでよかった。

「そう、やっぱり嘘に耐えられなかった」

ここで私が一呼吸置く。話したいことと言っても、たくさんあるわけではなかった。

「そっかぁ、でも昔から嘘は嫌いって言ってたわけだし、向こうはそれを分かって付き合い始めたのに、結果嘘をついたわけでしょ、嫌われても仕方ないと思う」

正直に言って、私も同じ意見だった。

「そうだよね、これから伝えるしっかりと。マリがいて良かった」

「恥ずかしいな、ただ話聞いただけだから」

本当に恥ずかしそうに耳を赤くする。私はもう一つマリに話す、いや確認したいことがある。

「マリはさ、私のこと好き?」

「え、好きだよ」

マリは何をいまさらという顔をする。

「今マリは勘違いしてると思うな」

マリは本当に困ったような顔になる。

「どういうこと?」

「私はマリのことが、恋愛関係として好きなの、ずっと好きだった」

「えっ?何っえ!?」

マリはその場で、壊れた人形のように、同じ場所を行ったり来たりする。

「レイが好き?私を、そりゃレイは美人だし、時々あほみたいなことして可愛いなとも思うけど」

思わず耐えられずに吹き出してしまう。

「嘘だよ、私はちゃんと友達として好きだよ」

悲しいくらいに、友達には好きと言えるものだ。

「嘘?えどういうこと、っていうか嘘ついてるし!」

「いいじゃん、最後に一回だけ、やってみたかったの、でもすぐにばらしたでしょ」

「そういうとこなんか、よくわかんなよね、急に子供みたいなことするからさ、レイのはうそに思えないよ、やっぱりレイは嘘つかないほうがいいね」

一気にまくし立てて、マリは混乱を落ち着けようとする。

「本当にごめんね、でもやっぱりマリは、後輩君がいるから、他の人とは付き合えないもんね」

今日の正門でのことを思い出す。マリは慌ててスマホをしまっていた。きっと後輩君とラインでもしていたに違いない。

「違うから、全然違う!」

ここまで分かりやすい人もいない、本当に面白い。

「そうだね、違ったね、ごめんごめん、でも生徒会の副会長の子可愛いなって言ってたのは誰なんだろうなぁ」

「もう、なんなの本当に」

耳の熱が伝染していくかのように、顔中が赤らんでいく。こんなことをしていると、いつもの別れ道のところまで来てしまった。車両を確認するためのミラーが私たちを映しだす。

「本当に今までありがとう、最後に話聴いてもらえて良かった。あと初めて嘘つかせてくれてありがとう」

「また急に、いつもなら私がレイのこと振り回してたにになぁ、こちらこそありがとね、副部長でいつも助けてくれて、素で話してくれて、間違いなく一番の友達だった」

マリは声が震える

「今日は散々、急に彼氏と別れる話聞かせれて、嘘つかれて、驚きっぱなしだったよ、でももう、同じ帰り道にこうやって話せないのは嫌だなって…」

涙が頬を伝っていく。私にこれで最後ということを感じさせる。

「泣かないように、バカ話して終わりにしようと思ったのにさ」

「最後は私が振り回そうと思って」

「十分振り回されたよ」

マリは泣きながら、でも寂しそうに笑った。

「でも別に死ぬわけじゃないから、大学行ってもまた会ってよね」

「うん、そうだね」

「それ嘘だったら、本当に怒るから!」

「分かってるって」

今この瞬間、彼女が流している涙が私に向けられたものだと思うと、うれしさのようなものを感じる。

「これ以上泣いたら、メイクが終わるから、もう帰るから」

「そっか、わかった」

「全然引き留めてくれないじゃん!」

「引き留めたら、余計に別れたくなくなるよ」

「そうだけど!!」

やっぱりマリは最高の友だちだ。マリはブレザーの袖から覗くセーターで、頬を拭う。

「またね!いつでも連絡待ってるから」

「ありがとう、バイバイ、またね」



 今日私は人生で初めて嘘をついた。嘘をつくことがこんなにも人を高揚させるとは知らなかった。嘘をついている時はとにかく鼓動が早まって、顔がにやけるのを抑え込むことに必死だった。しかし不思議と一度嘘をつけばセリフがあるかのように嘘が飛び出してきた。

 私は赤く照らされた芝に腰を下ろす。スマホでラインを開く、友達の中から、送りたい相手を探すが、見つからない。私はソウタをブロックしていたことに気づき、設定を開き、解除する。ゆっくりと、慎重に間違えないよう、文字をタイプしていく。

{今まで、ありがとうマリとお幸せに}

送信する。マリは帰り道、勘違いしたままだった。人間自分のことは一番見えにくいものらしい。勿論、ソウタのことは話した。でも人からものを奪ったのは、ソウタではない。

「そろそろ、来る頃かな」

学校を出る前に、すでに連絡は済ませておいた。

「会長!」

息を切らして、走ってくる。

「すみません、体育館の片付けに時間を取られてしまって」

「いいよ、別に」

副会長にもなれば、仕事もたくさんある。生徒会の事は会長の私がよく知っている。私はいまどんな顔をしているのだろうか、自分自身の顔が卑しくなっていたら嫌だなと思ってしまう。

「会長お話というのは?」

その瞬間、私は有無を言わさず後輩の唇を奪った。彼は硬直したかと思うと、すぐに力が抜けてしまった。私は、この上ない喜びを感じていた。嘘をつくことといい、不道徳的なことは人に潤いを与える。傷つく乙女には一番の特効薬だ。彼は言葉を失ったまま、腰を抜かしている。私は、彼の耳元に近づいて言った。

「私嘘ついちゃったの」

「嘘?」

やっとのことで、彼は声を絞り出す。」

「バイバイ、またねって」

「どういう…」

私は彼の疑念を遮るかのように、静かな憎悪と軽蔑を込めて言った。

「二度と会うことなんて、あるはずもないのに」

そして私はまた、彼のことなど考えず、口づけをした。


随分前に書いたものです。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

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