(六)怪異
みんなが線香花火で静かに盛り上がっている最中、私はふいに大事なことを思い出してしまった。
「どうしよう。図書館で借りた集中講義の資料、道場に置いてきちゃった」
「やめといた方がいいよ。もう十二時回ってる」と永野が眉をひそめた。
「でも、明日の一限までにレポート仕上げて出さないと、単位取れないんだもん」
「……梅原って本っ当にドジだよな。自己責任と言いたいところだが、永野。お前飲んでないだろ。運転手頼んだ」
潮見が永野の背中を叩いた。瞳が子どもみたいに輝いている。さっきよりも少し元気になったみたいだ。永野が「君子危うきに近寄らずだよ」と言って抵抗した。
「幽霊なんていないよな、梅原」
酔いが回って少しテンションが高くなっていた私は、つい潮見に調子を合わせてしまった。
「そうね。幽霊の正体見たり枯尾花」
潮見が抵抗する永野を後ろから羽交い絞めにして「よし。みんなにバレないように抜けるぞ」と言った。
弓道場は大学キャンパスから少し離れた山の上にあり、そこへ続く道はヘッドライトの光を飲み込んでしまうほどの深い闇に包まれていた。風に流される群雲が、みるみる月を覆い隠していく。ライトが当たった木々は昼間とは違った不気味な様相を呈し、時々足元のタイヤが砂利を踏んで軋んだ。さっき飲んだはずのアルコールが飛んでしまい、いつの間にか酔いが醒めていた。さっきから誰も何も話そうとしない。私は自分の行動を後悔しはじめていた。点滅する黄信号の向こうに教養部のキャンパスが見えてきた頃、私は沈黙を打破しようとこの間の写真の話題を二人に振った。
「ねえ。そう言えばこの間、道場で見つけた古い写真があったでしょ。私ね、あの後家に帰って卒業生の名簿を調べてみたんだ。でも、H・Sという人はいなかったの」
「じゃああの写真に写っていたのは一体誰だったんだろう。まさか、先輩たちが言ってた幽霊……」と永野が言いかけて黙った。
馬術部の厩舎を過ぎ、弓道場が見えた。
私は異常を感じ、身を固くした。道場の雰囲気がいつもと違う。
車内に入ってきた生温かい風が上半身を舐めるように撫で、思わず全身に鳥肌が立った。「ねえ。見てよ、あれ……」
永野が指さした。師範席の窓がぼんやりと青暗く光っていた。私の体が凍りついた。
誰か、いる。