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(五)花火

 翌週、部恒例の花火大会が近くの河川敷で行なわれた。私はこの日のために買った桜色の浴衣をおろして出かけた。

「その浴衣、中々似合ってるじゃない」

 水色のポロシャツ姿の永野が褒めてくれ、嬉しくなった私は思わず一回転してみせた。

 しかしながら部のマドンナである一年生の佐藤さんには到底及ばなかった。髪をすっきりと結い上げ、白地に金魚柄の浴衣を着た佐藤さんの周囲にはあまたの男子部員が群がっていたが、私に寄って来るのは蚊ぐらいのものだ。皆、佐藤さんとの会話の糸口を必死で探っている様子だったが、佐藤さんは誰に対しても受け身に接している風で、傍らにいるもう一人の一年生女子と決して離れようとしなかった。汗臭い努力をしているわけでもないのに弓が上手くて人気もある佐藤さんを私は羨ましく思った。

 次第に自虐的になってきた私は手の甲に止まった蚊を叩き潰すと、芝生にじか置きされたクーラーボックスからあんずサワーを取り出して口をつけた。喉の奥で炭酸が弾けた後、口の中にぬるい甘さが残り、どれだけ飲んでも喉の渇きは癒えそうにない。隣では潮見が無表情でビールを飲んでいる。全然美味しくなさそう、と私は思わず笑いそうになった。

 永野が花火に火をつけた。流れ星が落ちるような音を立てて、エメラルド色の光が永野の顔を照らし出した。やがて炎はオレンジ、白と色を変え、アスファルトに輝く星を落として消えた。

「もうじき夏合宿だな」

「そうだね。合宿最終日の肝試しも、そろそろ企画練らなくちゃね」

 私と潮見が話していると、「そんなくだらない伝統なんて絶やしてしまえー」と、洗いざらしのジーンズに雪駄をはいた主将がろれつの回らない調子で言った。「僕も同感です」と永野が花火の燃えかすをバケツに突っ込んだ。

「主将、寂しそうだな。相沢さんはまだ体調悪いのか?」

「親父さんの法事で福井に帰省中。今晩実家から戻って来るらしいよ」

 潮見の問いに永野が答えた。

 みんながロケット花火に興じている間、潮見は輪から外れ、土手に座ったまま一人でビールを飲んでいた。いつもより元気がなさそうに見えるのは気のせいだろうか。永野も私と同じように感じたらしく、目を合わせると無言で頷いた。私たちは飲み物を手に潮見の隣に座った。土手は夏草の匂いがした。

「潮見、どうしたんだよ。練習のとき主将に何か言われてたみたいだけど」

 永野が尋ねると、潮見が川面を見つめながらビールの缶を地面に置いた。川に映った月が、流れる水に砕けて輝いた。

「『チームワークを考えろ』ってさ。俺と主将の目指す方向って少し違うんだよ。俺はもっと射形を整えて、正射を目指したい。でも主将が、『試合で勝つには、今の中る射形を変えるな』と言う」

 私と永野が黙ると、「部活、俺には向いてないのかも知れない」と潮見がつぶやいた。

 浅瀬の近くで歓声が上がった。二十連発の打ち上げ花火に火がついたらしい。私は慌てて話題を変えた。

「ねえ。前から聞きたかったんだけど、永野くんも潮見くんもどうして弓道部に入ったの?」

「僕は兄貴の影響」と答えた永野に対し、潮見が「勧誘でつかまったから」とだけ言った。

「おい。嘘つくなよ。それだけじゃないだろ」

「俺の出身県の学区、進学校が男子高しか無くてさ。部活に入ったら他校と試合があるだろ。そしたら女子との出会いもちょっとはあるんじゃないかって思っただけだよ」

 永野が問い詰めると潮見が渋々白状し、私と永野は顔を見合わせて爆笑した。

「で、出会いはあったの?」

「世の中そんなに甘いわけないだろ」

 潮見がぼそりと呟き、またも私たちは笑い転げた。弓道以外の事にも興味があったのが意外だった。

「今はどうなんだよ」

「なんか部活してるうちにどうでも良くなってきた」

「枯れてきたなぁお前も」

 永野が苦笑いした。

「それで永野くんは気になる人いるの?」

 私が訊くと、永野が恥ずかしそうに黙った。

「永野の奴、中々口を割らなくてさ」

 潮見がふざけて永野の肩に自分の腕を回した。相手が誰なのか物凄く気になる。

「うまく行ったら必ず話すから」

 永野が秘めた想いを大切に温めている事だけは分かった。想われている相手は幸せ者だ。

 永野が「記念写真撮ろう」と言って、私と潮見の肩を引き寄せ、携帯のカメラをこちら側に向けた。電子音のシャッターが鳴り、私たち三人の笑顔の瞬間が切り取られた。

 くだらないことで笑いあえるこのありふれた毎日がどうかいつまでも続きますように、と私は輝く月に祈った。


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