(二)潮見と永野
時刻は深夜十一時。この時間まで残って練習しているのは二年生の私たち三人だけだ。入部当初、同学年は十人いたのだが、一年経って自然淘汰され、残ったのがこのメンバーだった。だいたい大学生というものは、勉強にアルバイトに恋愛に忙しいのだ。
「梅原さん、少し休んだら?」
集中力が尽きて溜息をついたら、永野が心配そうな顔をした。
目の前では我関せずと言った調子で、潮見が黙々と練習に集中している。明かりの消えた道場で、誘蛾灯の青い光が小さな稲妻のように弾けて虫を焼いた。私は魔法のように中て続けている潮見の姿を見つめた。
「ねえ、二人とも。不調な時期ってあったことないでしょ?」
「そんなことないよね」と永野が言い、潮見は「ああ」とにこりともせずに言った。永野がビデオカメラを繋いで自分のフォームを撮り始めた。射形の修正をはじめるつもりらしい。潮見が黒羽の矢を取りかけて戻し、私の隣に立った。その瞳は、薄暗い道場の中で野生的な強い光を放っていた。
「梅原は、弓道は的に矢を中てることが一番大事だと思ってるだろ」
「違うの?」
「誤解されがちだけど、弓道の最終目的は正しい射……すなわち『正射』をすることなんだ。正しい射形で精神を充実させれば、自然に矢が的に中る。これを『正射必中』と言う」
普段無口な潮見が、弓道のことになると少し饒舌になった。
「潮見くんの射は正射じゃないの?」
「違うね。悔しいが俺よりも永野の方がずっと正射に近い。俺の場合はたまたま力の配分がうまくいって中ってるだけだ」
なんだか難しいことを一度に言われて、私はだんだん気が滅入ってきた。潮見の射形のどこが悪いのか私には分からない。では、一体どんな射形を完璧と呼ぶのだろうか。
「じゃあ私みたいに射形も汚くて中らない人間はどうしたらいいの」
「何ひがんでるんだよ。梅原は左手をもう少し押すことと……後は、もっと『弓道教本』をしっかり読んで勉強することだな」
一応私の射を見ていてくれたらしい。心に小さな灯りがともった。その時、潮見が吐き捨てるように呟いた。
「俺だって本当は嫌なんだよ。小手先だけで中てている自分が」
どういう意味、と聞き返そうとした時、ビデオのチェックを終えたらしい永野が立ち上がって弓を取った。
「さ。無駄口叩いてないで、俺たちも練習練習」
永野に負けていられないと思ったのか、潮見がぶっきらぼうに言って背中を向けた。