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(十二)告白

 車に戻った。虫の声が響く。昼間に比べてかなり気温が下がってきていた。私は言った。

「永野くん、もう一度道場へ行こうよ。今から少し時間を潰して行けばちょうど深夜十二時だよ」

「あのさ。あれだけ怖い思いしてまだ懲りてないの?」と永野が呆れた様子で言った。

「大丈夫だよ、幽霊なんかいないって事を証明するから。ね、お願い」と私は両手を合わせた。

 市街地を覆う空が深緑色のグラデーションに染まっていた。地平線上に点在する明かりが宝石のように煌めき、白く光る街灯が沿道の緑をつめたく輝かせていた。

「まあ、いいや。どうせ僕も誰かが一緒にいてくれた方が寂しさが紛れるし」

「どうしたのよ。急に」

「昨日、ふられたんだ。佐藤さんに」

 永野がフロントガラス越しに夜空を見上げ、届かない星を想うようにため息をついた。

「永野くんの好きな人って佐藤さんだったんだ」

 永野なら可愛さよりも性格の良さを前面に押し出した子を選ぶと思っていたので、意外といえば意外だった。

「うん。もう学部に彼氏がいるんだって。『彼氏がいなかったとしても、そういう風に見られない』って」

 永野がうなだれた。私は、金魚柄の浴衣を着て微笑んでいる佐藤さんの一見清楚なたたずまいを思い出すと同時に、心無い言葉で永野を袖にしたことに苛立ちを覚えた。

「失礼ね、そんなのこっちから願い下げだよ。大丈夫、永野くんには他にもっといい子が現れるよ」

「どうしてそんな事が言えるのさ」

「何となく。でも私には分かる」

 永野には気の毒だが、自分から何もしなくても常に男子が寄ってくる佐藤さんのようなタイプには、彼の魅力は分からないだろうと私は思った。男子だらけの工学部に在籍しているだけで、環境を変えれば、頭の回転が速く誠実な永野に言い寄ってくる女子はそれなりに多いと思う。大体、眼鏡を外した時の顔が結構整っていることに永野自身が気づいていない。

「たぶん今回は狙うべき的が違ったんだよ」と私が言うと、「何それ」と永野が力なく笑った。

 みんな、同じなんだ。私だけじゃなくて潮見や永野もそれぞれに葛藤している。的を通して自分と向き合っている時はいつも深海にいるときのように無音で、その心地よさに身を浸しつつも、世界にたった一人しかいないような孤独を思い知る。

 これからも一人で的に向かい続けるしかないのだろうか。いや、的に向かう者同士が何かの形で繋がれば、未来への漠然とした不安なんて笑い飛ばせるのかも知れない。私はぼんやりと考えた。でもそんな事を言ったら、また潮見に笑われるだろうか。


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