「くびつり男爵」
「くびつり男爵」はビジネススーツを着た人型の生物です。
一般的男性サラリーマンの姿に酷似していますが二点ほど通常のそれと異なる様子が見られます。
まず常に人間の表情筋では再現不可能な印象に残る笑顔を振りまいていること、もう一つは首回りに圧迫するかのようにネクタイが結ばれていることです。
このネクタイは常に空中から垂れ下がったかのように上方向に伸び続けています。
「くびつり男爵」は以下五つの条件を満たす人間の前に突然現れます。
条件1:対象者が自殺志願者で自ら望んで自室で首吊り自殺を図ろうとしていること。
条件2:部屋の中に対象者以外の人物がいないこと。
条件3:対象者に自殺の経験がないこと。(未遂も含む。)
条件4:対象者に生への未練があること。
条件5:対象者が人を殺したことがないこと。
身長は約180センチメートル、体重については後述する特異性から計測出来ておりません。
「くびつり男爵」は上記の条件を満たした人物が自殺を図る直前に眼下に出現します。
出現した「くびつり男爵」は対象者に笑いかけてきますが今のところ彼の声を聞いたものはいません。
概ね多くの対象者は彼の突然の出現に驚き行動を停止します。
対象者の動きが鈍ると「くびつり男爵」は笑いながら突然苦しみ出します。
彼が苦しみ出すのと同時に彼の首に巻かれたネクタイがきつく縛り出すのを何名かが目撃しています。
彼に出会った何名かは突然苦しみ出す彼を助けようと手を尽くしましたがその試みは全て失敗しています。
苦しむ度合いは対象者の自殺への決意に比例して強まる傾向があります。
「くびつり男爵」は明らかに苦しそうな様子で首を押さえますがそれでも不気味な程に笑顔を貫きます。
ここでくびつり男爵に遭遇した一人の男性のインタビューログを紹介します。
対象男性A
「…あいつは突然現れたんだ。
窓もドアも閉め切って誰も来ないはずの部屋の中にだ。
今でも夢だったんじゃないかって疑ってる。
あいつは突然現れて突然笑いかけてきたんだ。
正直死ぬほど驚いたよ。
でもあいつをみてると自分が馬鹿馬鹿しくなってきたんだよ。
あいつは苦しみながら笑っていた。
今にも首がちぎれそうな程紐みたいな何かで縛られてたのによ、あの野郎は笑ってやがったんだ。
あの時の俺は自殺したいだなんて誰にも相談出来なかったけどよ、あいつは一言もしゃべってくれなかったけどよ、でもあの野郎は俺に笑ってくれたんだ。
あいつの姿はまるで俺の苦しみを全て身代わりになってくれているようだったんだ。」
「くびつり男爵」は対象者がその場から離れる、若しくは彼に対して笑い返すことでその場から消失します。
そのため彼に関する生体データは著しく不足しています。
統計結果からいうと「くびつり男爵」に遭遇した対象者の7割は自殺を断念しその後再度自殺しようとすることはありませんでした。
彼の目的、存在理由は未だ判明してません。
あなたの側に現れたときは一緒に笑ってあげてください。