「泡男」
「泡男」について語る前に上級特定危険生物であるUFA、「ばぶる」について知る必要があります。
「ばぶる」は「ある組織」によって人工的に生み出されたUFAです。
この生物は刺激惹起性多能性獲得細胞……、外部刺激を受けることであらゆる部位の細胞に変異する万能細胞を元に造られました。
かつて世間を騒がせた「STAP幹細胞」というものですね。
「ばぶる」は全長0.5㎜程度のピンク色の単細胞生物の集合体、体の構造自体は群体を形成する緑藻、「ボルボックス」に近しいというべきです。
一つだけ黄色い結晶上の組織を持ち、そこがこの生物の司令塔的な役割をになっているようです。
不定形で自在に伸縮する……、見た目だけで言うならば「スライム」のような生き物です。
この生物の異常性は「捕食した物質と全く同じものに変質することが出来る」ということです。
「ばぶる」は近くにあるあらゆるものをその一つ一つの細胞で包みこみ、捕食します。
一度捕食したら「ばぶる」は捕食したものと全く同じ姿になれるようになります。
それは鳥や草花等の生物、若しくは鉱石やプラスチック等の鉱物等なんでも食べてなんにでもなれます。
自在に姿を変形させることが出来、強い食欲を待っているのです。
「ばぶる」は食べるごとに変形できる姿を増やし、捕食の為に変形を利用します。
この生物を造った研究施設は「ばぶる」の捕食によって壊滅しました。
捕食の度に無尽蔵に成長する「ばぶる」を扱いきれなくなった「ある組織」はこの生物を施設ごと爆破して抹消し、この生物の元となる万能細胞の存在も社会的にもみ消しました。
「ばぶる」はその危険性故に、生まれて直にその存在を消されたUFAなのです。
しかし、近年の調査で「ばぶる」が生きていることが判明しました。
爆破の直前に施設内にいた二十代の男性清掃員を捕食し、人間の姿になることで脱走に成功していたのです。
それが「泡男」です。
「泡男」は捕食した清掃員と全く同じ姿、同じ知性、同じ記憶を持っています。
これにより「泡男」は自身が人間であると信じてやみません。
「ばぶる」であった時の無造作な食欲を抑える自我を手に入れたのです。
何せ捕食された人間と「全く同じ」ものになってしまったのですから……。
今回我々は調査の末に彼の所在を調べ、彼が現在も清掃員として一般的な日常生活を続けていることを突き止めました。
今、彼が何を考えているのかを知るために彼の自宅を訪問し聞き込みを行いました。
以下、彼とUFA調査員、日野とのインタビュー記録になります。
--インタビュー開始--
「……アンタが俺と同じで普通じゃないってことはわかったよ、日野さん。」
「わかっていただけて光栄です、ばぶる。」
「俺はそんな名前じゃない、人間だ!」
「これは失礼しました。その口ぶりからして人間に擬態している訳ではないのですね?」
「……確かに今の俺は普通じゃない、わかってる。……けど、俺は俺のままだ!」
「失礼ですがあなたが以前勤められていた研究施設での記憶はありますか?」
「……爆発事故があって直にクビになったこと以外覚えてねぇや。」
「ではあなたの体がそうなったのはいつ頃だと思っていますか?」
「……確かにこの体になったのはあそこを辞めて、仕事がなくなって途方にくれてた時だったな。」
「どうして気づいたんですか?」
「突然仕事がなくなって、なんか働くのがめんどくさくなって、だらだらしててよ。貯金もなくなって腹を空かして皿を見つめてたら……、俺の腕はそれを食べてたんだ。あの時のことは忘れられないな。」
「体の変化に気づいてからどうしたんですか?」
「ふん、色々考えたさ。最初は死ぬほど恐ろしくなった。」
「今でもそうですか?」
「……今はもう慣れた。よっぽど腹が減れない限りはなんてことないしな。」
「そうですか。」
「……なぁあんた、あんたも人間じゃないっていうなら俺の質問に答えてくれよ。」
「なんでしょうか?」
「俺が俺である条件って何なんだ?」
「それは哲学的ですね……。テセウスの船をご存知ですか?」
「なんだそりゃ?」
「壊れた船を直した時、その船が壊れる前の船と一緒かどうかという思考実験です。」
「……。」
「あなたの求める答えはこの問いの先にあるのでしょう。」
--インタビュー終了--
「泡男」は「ばぶる」としての食欲で暴走することなく社会に溶け込み日常を送っています。
自在に変化出来る体をあまり活用しようとはしません。
彼は今でも自身が何者であるのか、考え続けています。
あなたの前に現れた時、あなたは彼をなんだと思いますか?