140字小説集 第2巻
死者の日でさよなら
11月2日。僕はメキシコにやってきた。
空は快晴で、透きとおるように青かった。
マリーゴールドの香りが鼻を過ぎり、街の人々は顔にドクロのフェイスペイントを施している。
どこにいても楽しそうな声が響いていた。
ここなら、ここでなら君に笑ってさよならを言えるはずなんだ。
君の為の嘘
私は大嘘つきだ。沢山の嘘を吐き、みんなを欺き、騙してしまうのだ。
なぜなら、その方がみんな幸せだもの。
本当の私は、知らない方がいい。
嘘は誇大化を続け、ついに君にも嘘を付いたのだ。
「貴方の事が大嫌いです」
この嘘は、君の為の嘘だ。
本当は好きでしょうがないのにね。
失っていく
近所にあったラーメン屋が潰れていた。
そこの塩ラーメンは私の大好物だった。小さな個人店だが、自宅から徒歩で行け、店の店主も気前が良かった。
そんな良い店が今日、抜け殻の様になっていたのだ。
後日、通勤電車の中でふと考えた。
私は、あと何度好きな物を失うのだろうと。
僕の役目
彼女の口癖は「まかせて」だった。いつも笑顔を崩さず仕事をバリバリこなす。部下達の信頼も厚い。そんな頼れる彼女だが、時々壊れた蛇口の様に大泣きしてしまう日がある。彼女はストレスの消化が下手で、限界まで鬱憤をため込んでしまうのだ。
そんな時、彼女を慰める事が僕の役目である。
愛しの文学青年
朝の電車。今日も愛しの文学青年がいた。
静かな瞳は一点を見つめている。
今日は何を読んでいるのだろう? こっそりタイトルを覗く。
・・・・・・嘘。まさか先回り出来るなんて。
もし彼が読みそうな本を私が先に読んだなら。
その本面白いですよねと、話しかけようと決めていたのだ。
冬の女子高生
冷たい風が顔に突き刺さる。今日は一段と寒い。
こんな日は会社には行かず、一日中コタツの中にうずくまりたい。
そんな時、目の前を一人の女子高生がよぎった。こんなに寒いのに短いスカートを履いている。その姿は、冬を楽しんでいた。
よし、彼女を見習おう。今日の夕食は鍋に決めた。
ずっとそばにいて
「ずっとそばにいて」と君は言った。
僕は頷き、君を守ろうと決めた。
そのためには、何だってやってきたつもりだ。
努力の甲斐あって僕は以前よりずっと強くなった。
だけど気づいてしまった。君は本当は強い子で僕はずっと守られてたのだ。ずっとそばにいて欲しかったのは僕の方だった。
現実逃避ガール
私は現実逃避をする。
夢と妄想の世界に逃げ込むのだ。
そんな私を偉い人達は軽蔑の眼差しで見つめ、
「逃げてばかりでは駄目だ」と口を揃えて言う。
ハズレだ。
私はとっくに戦っている。
現実という名の恐ろしい怪物と。
夢と妄想は怪物と戦うための盾であり、剣なのだ。
サーカスの思い出
少し恥ずかしい思い出だ。子供の頃、祖母に連れられサーカスを見に行ったことがある。だけど当時の僕は怒っていた。
ピエロが失敗するのだ。
失敗をおどけて誤魔化すそいつは、練習不足の恥ずかしい奴だと軽蔑した。
後で祖母からあれはわざとだと教えられたとき、顔が燃えそうに熱かった。
柴犬
小学校の頃、通学路に沿った家では犬を飼っていた。
非常に大人しい柴犬で、同級性は触っていたが、僕は怖くて触れなかった。
大人になって、もう一度そこに行くと、柴犬はすでにいなくて、古びた犬小屋だけがぽつんと佇んでいた。
一度くらい、あの柴犬に触れておけば良かった。