譲歩
ベリザルトン夫妻なら、ブロブになってしまったイレーナでも、自分達の娘として受け入れてしまう可能性は高い気がする。けれどそれはあくまで自分が勝手にそういう印象を持っているだけだと、ベルカは頭を振って冷静になろうとした。
自分自身の感情としては、やはり不安の方が大きいからだ。娘を亡くして、苦しみ、悲しんでいた夫妻をさらに傷付けることにもなりかねないとも、どうしても思ってしまう。
だからベルカは言った。
「まず、夫妻の意向を確認してからということなら……」
それが、この時点でのベルカにできる最大限の譲歩だった。マリアンはそんなベルカの気持ちも決して蔑ろにはしなかった。
「もちろんよ。軽々しくできることじゃないのは、私も分かってるつもり。だけど、今は僅かな可能性にも賭けたいの」
その言葉にベルカが頷くのを確かめて、マリアンは改めて言った。
「マリーベル。お願い。イレーナを呼び出して」
「まったく……どうなっても知らないぞ」
そう念を押した上で、マリーベルによるイレーナの呼び出しが始まった。ブロブの体がフルフルと震えだす。今は人間の研究室に囚われているイレーナと同期しているのだ。
そして、息を呑んで見詰めるマリアンとマリーベルの目の前で、まるで氷の彫刻でも作っているかのように、透明な塊の一部が徐々に形を変えていく。それは、やはり三十秒ほどの間の出来事だった。
「…お父さんとお母さんに会えるの……?」
静かにそう言葉を発したのは、以前にも見た、透明なイレーナの姿であった。鹿に似た動物を消化中の本体と足の一部で繋がってはいるが確かにイレーナの姿をしているそれは、マリーベルから事情を聞かされ、マリアンが自分を両親に会わせようとしてるのは既に承知していた。
「ええ、会わせてあげる。いえ、是非会ってほしいの…!」
マリアンの言葉には、力が籠っていた。いよいよこれで人間とブロブの関係が大きく動く可能性がある。それを考えると興奮が抑えられなかった。
一方、ベルカはやはり不安そうな顔をしていた。自分の目の前にいるのが本当に間違いなくイレーナなのか、たとえイレーナの遺伝子や記憶を持っていても果たしてそれがイレーナ本人と呼べるのか、ベリザルトン夫妻が彼女を見て取り乱したりしないか、不安で仕方なかった。それでも、もし、夫妻が喜んでくれるならという淡い期待も確かにあった。
やがて、体内に捕えていた動物の消化も終え、身軽になったイレーナをワゴンの荷台に乗せて、ベルカは来た道を戻り始めた。ベリザルトン夫妻の家へと。
マリアンに操作してもらって携帯から夫妻に電話を掛け、
「ごめん。急な話だけど、また会わせたい人がいるんだ」
と切り出すと、夫妻は、
「分かった。大事なことなんだね。いつでも来てくれていいよ」
と穏やかに応えてくれたのだった。




