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侵略者  作者: 京衛武百十
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生物学者

マリアン・ルーザリアは、生物学者である。惑星ファバロフの生物を研究する為にここに降り立ち、フィールドワークを中心に研究を続けていた。


年齢は三二歳だが、それよりはかなり年下、いや、それどころかまだ未成年と見られてよく身分証の提示を求められるのが悩みの種だった。自動車など運転しているとそれこそすぐに止められるし、夜に出歩いていると補導されそうにもなる。つまり、未成年の中でも自動車の運転をしててはおかしい年齢に見られるということだ。


五年前にここに来た当時など、宇宙港で迷子として保護されそうにもなったくらいだった。親とはぐれた初等部の生徒と見られたのだ。


確かに、顔つきは幼いし、初等部の子供にしては大きめでもこのくらいの感じの生徒はそれほど珍しくもない。だからといってこう頻繁では納得がいかない。そう思って化粧などをすると余計に『化粧で年齢を誤魔化そうとしている子供』に見えるらしく、かえって止められることが多くなった。


あまりに頻繁に補導されそうになるので、住んでいる辺りでは既に警官とも顔見知りになってさすがにそういうことも減ったが、たまにしか行かないところや初めてのところでは一日に二回は声を掛けられる有様である。


その為、身分証明書はすぐに提示できるように常に首からぶら下げている状態だった。警官が近付いてくると身分証を掲げて待つ。


今日も既に二回、自動車を運転していて警官に止められた。


彼女が向かっているのは、ブロブハンターギルドの支部である。ここの支部が管轄する地域に女性のブロブハンターがいるということで、警護の依頼をする為に向かっているのだ。


今回はブロブを中心に調査を予定していた。故にサンプルの捕獲も兼ねて依頼したいと思っていたのだった。


だが―――――。


「申し訳ありません。そのハンターは既に退会届が出ておりまして…」


ギルド支部の受付の女性がすまなさそうにそう告げる。


「え!?、でも先週に問い合わせた時には…!?」


思わず声を上げるマリアンに、受付女性は苦笑いをしながら、


「退会届が出たのは昨日ですね」


「ええ~っ!?」


なんと間の悪い話だろうか。お目当てのハンターが昨日退会したばかりとは。


以前、男性のハンターを雇った時にいろいろと不快な思いをしたのでそれ以降は女性のハンターを雇っていたのだが、さすがに女性は数が少なく予め問い合わせるのが必須であった。しかし、女性でブロブハンターになろうというような人物は肝の座った覚悟が完了している人であることが多く、男性のハンターよりもむしろ定着率は高かった。だからまさか退会するとは思っていなかった。ハンターの年齢が高くなってくればそういうことも増えてくるとしても、ブロブハンターという仕事ができてからまだ十年足らず。業界自体も若くハンターの平均年齢も三五歳という若さである。


しかし、怪我などにより廃業する者は確かにいるので、件の女性ハンターもそういう事情があってのことかもしれない。だが、念の為、


「その女性の連絡先とかは分からないですか…?」


現役のハンターならいざ知らず、退会したハンターの連絡先などはさすがに個人情報を理由に断られるだろうと思いつつそう尋ねてみた。が、


「あ、はい、少々お待ちください」


と言って、連絡先を記した書類を出してきた。仕事のフォローなどがまだ残っているので、連絡は取れるようにしているとのことだった。だがそこに、声を掛けてくる者がいた。


「ハンターを探してるのかい?」


思わず振り返った彼女の視線の先にいたのは、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた野卑な印象のある中年男だった。その男は親指で自分を指差しつつ言う。


「なんだったら俺が引き受けてもいいぜ、お嬢ちゃん」


だがそのアピールは完全に逆効果だった。


「あ、結構です。お断りします」


と取り付く島もなく断られてしまった。マリアンが最も嫌うタイプの男性だったからである。男性のハンターを雇うとしても、これは有り得ない。


元ハンターの女性の連絡先を手に彼女はハンター支部を出て、自動車に戻りつつ電話を掛けてみた。


「はい、ブロブハンターのエリトーナリスです」


その番号は問合せ用の専用の番号として用意したものだったらしく、電話を受けるなりそう名乗った。


「いきなりすいません。私、生物学者のマリアン・ルーザリアと申します。実はブロブハンターとしてのベルカ・エリトーナリスさんにお話がありまして…」


ダメ元で、今回の調査の警護を引き受けてもらえないかということを頼んでみると、


「分かりました。今回限りということでしたら」


と実にあっさりと引き受けてもらえたのだった。わざわざ女性ハンターに依頼してくるというのはそれなりに事情があってのことだというのは分かるので、無下に断れないという想いもあったようだ。こういうこともあると、その元ハンターの女性も事前に覚悟もしていたようである。


さっそく、その元ハンターのベルカ・エリトーナリスがいるというフォーレナなる集落へとマリアンは向かった。彼女が今回の調査で赴く筈だった場所にもほど近い集落だったので、非常に都合がよかったのである。


フォーレナに着き、体は大きいが気の弱そうな門番の男性に要件を話すとすぐに通してくれた。既に事情は伝わっていたようだ。ベルカ・エリトーナリスは村長の家にいるということなので、正面の通りを真っ直ぐ行った突き当りにあるという村長の家を目指した。のどかな感じの村の中を徐行しても三分ほどで村長の家に着いた。


「初めまして、生物学者のマリアン・ルーザリアです」


そう言いながら差し出された彼女の手を、大柄でがっしりとしたベルカ・エリトーナリスが少し戸惑ったように握った。しかしその反応はいつものことなので気にしない。


「さっそく、お仕事の話ですがいいでしょうか?。エリトーナリスさん」


ビジネスライクに話しかけるマリアンに、ベルカは、


「ベルカでいいよ。その代わり、私もマリアンって呼んでいいかな?」


とふっと柔らかい笑顔を浮かべて応えた。


「ええ、いいですよ、ベルカ」


だが、そのすぐ後で、


「ただし、私は今、三二歳です。その辺りはわきまえてくださいね」


と釘を刺しておくことも忘れない。


「あ、ああ、分かった。マリアン」


年齢を聞いて驚きを隠せなかったベルカに、マリオンもニヤッと笑みを浮かべたのだった。




村長宅の客間で詳細について話し合った二人は、報酬などの件でもすぐに折り合いがつき、互いに固い握手を交わしてさっそく調査へと向かうこととなった。


「ベルカは村長さんの家族なの?」


ベルカの愛車に機材を積み替えて現地へと向かう車中で、マリアンが問う。


「血は繋がってないから、養女ってことになるね。先週、養子縁組をしたところなんだ。だから今は本当は、ベルカ・ベリザルトンってことになる。村長夫妻とは私が赤ん坊の頃からの知り合いで、私が元の両親と折り合いが悪くてそれでハンターになったんだけど、そんな私を温かく迎えてくれたんだ。元々、好きでハンターになった訳でもなかったしさ。今は村で畑仕事とかしてる」


ベルカは苦笑いを浮かべながら応えた。そんな彼女に、マリアンは申し訳なさそうな顔になった。


「それじゃ、こんなことお願いして迷惑じゃなかった?」


「ああ、その辺は大丈夫だよ。村でもブロブハンターとしての経験を活かすことになってたし、ちゃんと対ブロブ用の装備の更新は受けてるから。あくまで業としてのブロブハンターからは足を洗ったっていうだけ」


そう。ベルカは確かにギルドからは退会したが、ブロブハンターとして麻酔弾やグレネードの使用の許可はそのままにしていたのである。なので個人としてハンティングは可能なのだ。


さらに続ける。


「あと、村の方も周囲を調べてみたけど当面は襲撃もないと思うし。


実は先月、村が大量発生したブロブの襲撃を受けてさ。それを撃退したことで残った奴らもどこかに行ったらしい」


それは、彼女の最後の仕事となった案件についてだった。そのベルカの話を聞いたマリアンが真剣な表情になる。


「その話、もっと詳しく教えてもらえる?。特に襲撃の時の状況と、ブロブの様子について…」


彼女の気配にベルカも顔を引き締めて、思い出せる限り詳細に襲撃の時の様子を語って聞かせた。


一通り話を聞いたところで、マリアンは顎に手をやって何か思案を始めたように黙ってしまう。そしてしばらくして、独り言のように呟いた。


「やはり、ブロブ達はちゃんと危険というものを理解していますね。ですが、群れで襲ってきたという時には一種の狂乱状態にあったと思われます。これは彼らにある一定以上の知能があるということの証左でしょう。ご存知ですか?。現在ではブロブにはネズミ程度の知能しかないという説が主流ですが、実はもっと高い知能を持っているという説もあるんですよ?」


やけに丁寧な口調になってたことに気付き、マリアンは少し頬を染めながらコホンと咳ばらいをする。その姿を可愛いと思ってしまってベルカは微笑んだ。


でもまあそれはさておいて、学者としてマリアンが語った内容は、ベルカも風聞としては聞いたこともあった。しかし、実際にブロブと戦ったことのある身としては、ネズミ程度の知能しかないという話の方がしっくりとくる。


「専門家の言うことだからそれなりに根拠はあるんだと思うけど、私個人としてはネズミ程度って方が実感かなあ」


と、やんわりとブロブハンターとしての意見を述べる。その気遣いはマリアンにも伝わった。


「ベルカもブロブについては私以上に専門家だと思う。だけど、私は生物学者として可能性の話をしているの。彼らの持つ知能や思考は私達人間には理解しにくい種類のもので、あまりに異質過ぎて私達がそれに気付けてないだけっていう可能性があるのよ。今はその説はまだ主流ではないけれど、私は十分にあり得る話だと感じてる。だから今回の調査で、裏付けを取りたいの」


静かで、しかし熱のこもったマリアンの言葉に、ベルカも彼女の真剣さが伝わってくるのを感じていた。彼女の言うようにブロブの知能が高いのかどうかは分からないが、研究に協力するのはやぶさかではないと改めて思った。


フォーレナから山道をゆっくりと一時間ほど走って、目的の場所に来る。そこは、山間の僅かに開けた平地だった。そのほぼ真ん中を川が流れている。


「今日はここでキャンプをしましょう」


ついついベルカ相手に時々丁寧語になるマリアンがそう提案し、準備を始める。と言っても、外に立てるテントは機材を下す為の仮置き場であり、宿泊そのものは車中泊となるが。ベルカのワゴンは、対ブロブ用のシェルターにもなる特別製のもので、安全の為に寝るのはその中になるのだ。マリアンが乗っていた自動車も同様のものだったが、ベルカのそれの方が大きくて中も広いのでそちらに乗ってきたのだった。


取り敢えず準備が終わり、周辺の状況の確認を目的に、二人は一緒に歩いた。そしてマリアンが語る。


「知ってる?。ブロブによる被害は年々急激に減ってるの。特に、ブロブの方から人間の住んでいるところに現れて襲われる事例については、第一陣の入植が行われた時に比べ十分の一よ?」


そう切り出したマリアンに対して、ベルカはやや納得がいかないといった風情で応えた。


「ん~、それは私も聞いたことあるけど、それは単純に対策が進んだからじゃないのかなあ。それに、フォーレナの村長の娘さんは村の中で襲われたし……」


ベルカの言ったことも事実だった。フォーレナの村長の娘イレーナは、村の中で他の子供達と一緒に遊んでいるところを、塀を乗り越えてきたブロブに襲われ命を落とした。そういう事実がある以上、単に数字だけのことで『そうか』とは思えない。


「そうね。そういう事例がいまだにあるのは確かに事実だわ。だけどそれも、周囲の環境そのものも含めて考えると、ある傾向が見えてくるのよ」


「傾向?」


「ええ。ここ三年ほどの事例に絞ってみると、決まってブロブが異常繁殖して彼らの生息域で餌が不足していたっていうものに限られてるの。村長の娘さんが襲われた後で、大規模なブロブの群れによる襲撃があったって言ってたわよね?」


「確かに、そうだったけど……」


そこまで言われて、ベルカは、最近はハンターギルドに入るブロブ捕獲の依頼も減ってきているという話を聞いたことを思い出していた。しかしそれは、駆除業者などの競合する業者が増えたことによるものだと彼女は考えていたのだった。



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