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僕が勇者になった理由  作者: そめみ
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第1章 閉じ込められた碧の記憶(6)

 翌朝は理彩に釘を刺されたこともあって、前日よりは早い時間に起きることができた。おかげで登校時は走らないで済んだが、それでも始業時間まで余裕がないことには変わらなかった。

 自席につきランドセルを下ろすと、すぐ隣から小さな声が聞こえた、気がした。

 気のせいかなと思いつつ、ちらりと横に視線を向けると、薄雪若菜が一冊の本を抱えて立っている。奏多は相好を崩して、若菜に向き直って声をかけた。

「おはよ、薄雪。どうしたの?」

「お、おはよう。……あの、これ……」

 相変わらず目線は合わせてくれないし、おどおどした話し方だったが、若菜は手に持っていた本を奏多に差し出してきた。昨日も見たような光景だなと思い、一方でもう読み終わったのかと驚いて、奏多は差し出された本を見た。

 それは、昨日若菜が図書室で借りた本ではなかった。図書室の本のようにラミネートシールで包まれていない。むき出しの状態の萌黄色のハードカバーのその本は、明らかに個人の所有物だ。

「昨日、面白い本があったらって言ってたから」

 奏多は、昨日思いつきで若菜に提案したことを思い出した。

「あ!それで持ってきてくれたの?」

「う、うん。あの、図書室の本はもう読んじゃったかなと思って……その、うちにあるの持ってきたんだけど…………あの、ごめんなさい……迷惑だったら……」

「全然迷惑じゃないよ!」

 奏多の言葉に、若菜は俯きかけていた顔を上げた。目が合った奏多が、にっと笑う。

「俺が勝手に言っただけなのに持ってきてくれて、すげえ嬉しい。ありがとな」

 嬉々として奏多が本を受け取ると、若菜が力を抜いたのが伝わってきた。

 もしかしたら彼女は人と話すことが苦手なのかもしれないと奏多は思った。奏多は誰とでも話せるし、人と話すことを臆するタイプではないが、若菜みたいな子が昨日初めて話したクラスメイトに自分から話しかけることは、すごく勇気のいる行為ではないだろうかと思った。

 そのことに気付くと、本を貸してくれたことだけでなく、若菜がそうした行為をしてくれたこと自体が単純に嬉しかった。シルキにからかわれたようなこととは違うが、仲良くなれたらいいなと思った。

「ヒューヒュー。白石ー。朝から女子といちゃついてんなよー」

 後ろからかけられた声に振り向くと、男子のグループがにやにやと笑いながら奏多と若菜を見ていた。

「朝から熱々じゃーん。お前ら付き合ってんのー?」「白石、薄雪のこと好きなの?」「いや逆だろ。薄雪が白石のこと好きなんじゃねーの?白石、女子にモテるし」

 げらげらと笑う声が交ざったからかう声が次々と飛んでくる。隣に立つ若菜の表情が青ざめているのが見えた。それだけで奏多を怒らせるには十分だった。

「おい、お前ら!ふざけてんじゃねえぞ!」

「おお!怒ったぞ!」

「むきになるってことは、マジなんじゃね!?」

 囃し立てる声は止まない。むしろ奏多が怒りを露わにしたことで、悪ふざけの輪が広がっていく。事態を収拾させようにも、奏多は頭に血が上って、同級生らに噛みつくことしかできない。それが悪ふざけを加速させ、若菜を委縮させ、奏多を怒らせる悪循環が出来上がっていた。

「………………い」

 同級生らのからかい声が高まる中、か細い小さな声が聞こえた。奏多は若菜を振り返った。

「薄雪も言いたいことあるなら、あいつらにはっきり言ってやれよ!」

「……ご……ごめんなさいっ!」

 振り絞るように叫ぶと、若菜はそのまま駆け出した。

「薄雪っ!?ちょっ……待てよ!」

 奏多の制止の声も届かず、若菜は教室から出て行ってしまった。教室内がしんと静まり返る。束の間の後、からかっていた男子達の間から、ぽつりぽつりと戸惑うような言い訳の声が漏れ始めた。

 奏多はそれらの声を全て無視して、教室を横切り出入り口へ向かった。教室を出る直前に呼び止められて振り返る。奏多の怒りが頂点に達していることは、誰が見ても明らかだった。

 奏多の怒りの形相に怯みながらも、声をかけた男子はおずおずと口を開いた。

「白石、ごめん。でも俺らも冗談だし、お前と薄雪とか合わねーし……」

 奏多の逆鱗に触れた。聞きたいのはそんな言葉なんかじゃない。

「お前ら全員後で薄雪に謝れっ!!」

 怒鳴りつけると、奏多は教室を飛び出した。

 始業の鐘がもうすぐ鳴るはずだが、廊下はまだ登校してくる生徒と既に登校してきた後にふざけ合っている生徒らでざわついていた。その中に若菜の姿はない。

 奏多は廊下を突っ切って駆け、階段を下りた。階段を下りてすぐに「第一図書室」の表示が目に飛び込んできた。若菜が逃げ込むなら、ここではないだろうか。

「薄雪?」

 ドアを開けて名前を呼ぶが、返事はない。朝の図書室は、しんと静まり返っている。司書の教諭すらいない。当てが外れたことに拍子抜けしながらも、奏多は念のためと図書室内をぐるりと見て回った。

 一人で書棚と机の間を歩いている内に、段々と頭に上った血が冷めてくるのを感じた。ようやく冷静に考えられるようになってきた。

 からかってきた男子達に一喝したことは間違っていないと、冷静になった今もそう思う。だが、奏多自身も若菜に謝らなければならないと反省の念が生じてきた。奏多が怒りに任せて挑発に乗らなければ、事態は悪化しなかったし、もっと早くに収拾していたはずだ。短気なのは幼少時からの奏多の悪い癖だ。

 図書室内には誰もいなかった。次はどこを探すべきかと考えを巡らせる。若菜が行きそうな所に心当たりがあるほど、彼女とはまだ親しくない。溜め息を吐きながら廊下に出ると、視線の先に「第二図書室」という表示が見えた。

 奏多の記憶だと、図書室とは名ばかりで使用していない教材や机、椅子を置いておく倉庫として使われている部屋だ。普段は誰も見向きもしない場所だ。

 奏多は第二図書室の引き戸の取手に手をかけた。鍵のかかっていない引き戸は、しかし普段使っていないだけあって滑らかには開かず、奏多は力を込めて横に押し開いた。

 カーテンの閉められた部屋は薄暗く、雑多に積み上げられた教材や机が不気味なオブジェのように影を作る。空気が淀んで埃臭い。中に入り、乱雑に置かれた机や椅子の間を縫うように歩く。

 古いロッカーの後ろを覗き込んで、奏多はほっと息を吐いた。

「薄雪」

 声をかけると、若菜は肩を震わせて怯えたように振り返った。

 薄暗い部屋の中で表情ははっきりとは見えないが、様子からして泣いていたのではないだろうかと奏多は思った。ちくりと心が痛むのを感じながらも、そもそも自分が悪かったと思い直し、謝罪の言葉を言おうとした。 「ごめんなさい」

 それは奏多の声ではなかった。

 自分が言おうとした言葉をそのまま言われて、奏多は咄嗟に返す言葉を見つけられなかった。

 若菜は教室を飛び出す前も同じ言葉を言っていた。だが、奏多には若菜に謝られる心当たりが何もなかった。

「何で薄雪が謝るんだよ。俺が言うことだろ、それ」

 若菜がまた小さく「ごめんなさい」と言うのが聞こえた。

 奏多は納得がいかなかった。若菜が何故、何度も謝るのかわからない。若菜が理由を言ってくれるまで待った。しばらくして、若菜が口を開いた。 「……私が声かけたりしたから……白石くんに迷惑かけちゃった……」

 そう呟くように言うと、若菜は下を向いてしまった。

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