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僕が勇者になった理由  作者: そめみ
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第1章 閉じ込められた碧の記憶(4)

 放課後になり、奏多は同級生らとふざけ合いながら下校した。一人、また一人と別れながら自宅のマンションに着く。マンションの管理人とすれ違い、簡単な挨拶を交わして階段を駆け上がる。今朝家を出るときに閉めた玄関の鍵を開ける。

 自室にランドセルを放り込み、ポケットに財布をしまう。リビングを抜ける際に、カウンターキッチンの中を覗いて奏多は肩を落とした。

 休み時間に交わした若菜との会話とサッカーでの圧勝の余韻に酔いしれて、すっかり忘れていた。今朝使った食器が、そのままの状態で流しに残されている。朝、奏多が鍵をかけて家を出て、次に家の鍵を開けたのも奏多であるから当然である。

 逡巡の後、奏多はスポンジに手を伸ばした。このまま遊びに出かけて帰ってきたときに再び落胆するのは、既に何度か経験して学習済だ。

 食器を一通り洗い終えると、奏多は冷蔵庫を開けて中身を確認した。それから家を出て再び玄関の鍵をかける。階段を駆け下り、自転車置き場に向かう。自転車を引き出して跨ると、ペダルを漕いだ。

 途中でコンビニに立ち寄って、チョコレートとコーラを買う。コンビニの袋を自転車の籠に入れ、再び自転車に跨ると坂道を上って行った。

 坂を上りきると、開けた場所に出る。丘の上に広がる公園からは、丘のなだらかな斜面に広がる街並みと、その先に広がる蒼い海が見渡せる。ここからの眺めは奏多のお気に入りでもあった。

 自転車から降り、しばらく丘の上からの眺めを堪能すると、奏多は自転車を所定の場所に停めて公園の敷地内に入った。

 広い敷地を誇る県立の公園は、中央の広場を囲んでジョギングコースとサイクリングコースが整備されている。それぞれのルートは木立に囲まれ、ほど良く日差しを遮ってくれている。公園の外周から中央広場までは緩やかな下り坂になっており、広場に向かう斜面には芝生が広がり、休日はピクニックをする家族連れで賑わう。

 平日の昼間である今は、ジョギングやサイクリングに勤しむ人はまばらで、広場で駆け回る子供らの歓声だけが響く。敷地が広大なだけに閑散とした印象がある。

 奏多はコンビニの袋を手に、芝生の上を時折、随所に設置されたベンチの下を覗き込みながら歩いた。傍から見ると探し物をしているかのようだ。

 奏多の様子を見ている者がいたのなら、小さな光が彼の後について飛んでいることに気付いたであろう。その光は蛍よりは大きく、飛行した跡にきらきらとした軌跡を残していた。

 光はしばらく奏多の後ろをついて飛んでいたが、奏多は全く気付く様子がなかった。変わらず何かを探すように芝生を踏みしめて歩いている。

 光は耐えかねたように、奏多の首筋へと飛びついた。

「カーナタっ!」

 奏多はその声に相好を崩して、飛びついてきた光を振り返った。

「シルキ!なんだよ、今日はいないのかと思ったじゃん」

 奏多にシルキと呼ばれた光は、よく見ると小さな少女の姿をしていた。しかしただの少女ではない。頭頂部で一本に束ねられた蜂蜜色の長い髪に紫色の瞳、先端の尖った耳に、背中に生える薄い半透明の翅を有する彼女の姿は、絵本に出てくる妖精そのものである。実際、彼女自身も奏多に初めて会ったときに、そう名乗った。

 奏多とシルキが出会ったのは、半年前のことだ。野良猫に追われていたシルキを奏多が助けたことがきっかけである。話してみたら気が合ったこともあり、その時以来、今日のように公園で会うようになった。

 シルキの話しによると、彼女はこの公園に住んでいるわけではないらしい。奏多の住む世界とは別の世界に住んでいて、彼女の言い方によれば「とんで」来ているのだという。ある程度の位置をつかめれば、公園でなくてもとんでこられるが、公園が一番わかりやすい場所なのだとシルキは言った。

 公園でシルキと会っていることを、奏多は誰にも話していなかった。シルキが人目につくことを避けたこともあるが、奏多自身も話したところで誰も信じないだろうと思っていたからである。それにうっかり誰かに話したがために、心ない人間にシルキの存在が知られ、彼女が危険に晒されるようなことは奏多も望んでいない。

 奏多が芝生の斜面に座り、買ってきたチョコレートの包みを開けるのを眺めていたシルキは、からかうような口調で奏多の機嫌がいいことを指摘した。

「何でわかるんだよ」

 奏多はぎくりとして、問い返した。確かに今日は機嫌がいい。

 シルキは得意げな笑みを浮かべると指を左右に振りながら理由を告げた。

「カナタがチョコレートを買ってくる時は機嫌がいい時だよ」

 シルキの分のチョコレートの包みを解いてやりながら、奏多はこれまでの自分の行為を振り返った。少し考えて、確かにシルキの指摘通りだと気づく。

「チョコ好きなんだよな。いい気分の時、好きなもの食べたいじゃん」

「あと落ち込んでる時ね。それともっと機嫌がいい時はプリンだよね」

 にこにこして言うシルキの指摘は間違いではない。プリンもチョコレートも奏多の好物だ。だが、自分で意識していなかった習慣を指摘されるのはさすがに恥ずかしい。

「それでそれで?今日は何があったの?」

 シルキは奏多の心情など構うことなく、あっさりと話しを戻した。

 奏多は学校であった出来事を思い返した。思い出すだけで、気持ちが高揚してくる。

「休み時間にサッカーやって二戦とも俺のチームが勝った!あ、あとクラスの奴でさ、初めて話したんだけど趣味が合いそうな奴がいたんだ」

「それってもしかして女の子?」

「うん、女子だけど……ってなんだよ、シルキ。その顔は」  満面ににやにや笑いを浮かべるシルキに、奏多は顔をしかめて見せた。

 対してシルキは楽しそうに「やるじゃん」とか「隅に置けないなぁ」とか言いながら、奏多の周りをくるくると飛んだ。その飛行した軌跡には光が舞い、初夏の陽光を受けてきらきらと輝く。テレビで見たダイヤモンドダストみたいで綺麗だと奏多は思ったが、自分をからかいながら飛んでいる友人の作りだしたものであることに思い至り、何とも言えない複雑な気持ちになった。

「ね、その子ってどんな子?」  シルキは興味津々といった様子で訊ねてきた。

 シルキに問われ、奏多は同じクラスになってからの若菜の様子を思い出そうとしたが、あまり印象に残っていることがないことに気付く。今日初めて話したのだから当然だ。

「うーん……どんなって言われてもなぁ。いつも本読んでて、たぶん本読むの好きで、大人しそうな感じ」

「かわいい?」

 奏多が好きだと言った本に同調してくれた時の、若菜の笑顔が脳裏に浮かぶ。不意打ちだったことを差し引いても、あれはかわいかったと思う。普段からもっと笑えばいいのにと思う気持ちと、他の奴らに見せるのは勿体ないと思ってしまう気持ちが渦巻く。

 丘の上を吹く風が、少し火照った頬を冷ます。

 傍らのシルキが、にやけた顔で見上げていることに気付き、奏多は溜め息を吐いた。いい加減、この小さな友人の誤解を解いておきたい。

「言っとくけど、シルキが思ってるようなのじゃないからな」

「そうなの?うーん、カナタに恋はまだ早いかぁ」

 その言い方は小馬鹿にされているようで奏多はむっとしたが、この話題はもう終わりにしたかったから、シルキの挑発には乗らなかった。

 コーラのペットボトルを開け、一口飲んでからシルキに言った。

「それよりさ、またシルキが住んでるとこの話ししてよ」

 シルキは明るく笑って承諾した。若菜の話題から離れてくれたことに、奏多はほっとする。

「何の話しがいいかなぁ。そうだ。あのね、あたしの友達がね……」

 シルキの話しを奏多は目を輝かせて聞いた。奏多がシルキと会うことを楽しみしているのは、単に気が合う友人だからというだけではなく、シルキの住む世界の話しを聞けるからということもあった。自分の住む世界とは別の世界の話しを聞くことは、どんな話しであっても奏多をわくわくさせた。

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