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僕が勇者になった理由  作者: そめみ
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第1章 閉じ込められた碧の記憶(1)

 気がつくと、暗い洞窟のような場所にいた。

 視線の先、暗闇の中で唯一光り輝いているものが見える。剣だ。地面に剣が突き刺さっている。剣はそれ自体が発光しているかのごとく、闇の中の唯一つの光としてそこにあった。

 恐る恐る剣に近づいてみた。手を伸ばしかけ、その手を止めた。

 ここにいるのは自分だけではない。

 ようやく闇に慣れてきた目が、剣の向こうにいる人物を捉えた。暗がりの中、剣の輝きにより一層影が濃くなるその場所には、一人の老人がいた。裾の長いローブを身に纏い、頭にはすっぽりとフードを被っているため顔はよく見えないが、フードの下の細い眼が静かに自分を見据えていることはわかった。

 そして更に気付いたことがあった。

 ここにいるのは自分と向かいに立つ老人だけではない。自分たちが立ち、剣が突き立つこの場所はステージのように一段高くなっており、足元では無数の人々が息を潜めてひしめき合っている。

 奥まで目を凝らすが、闇が視界を阻むせいで、この場所がどれだけの広さを持つのか正確には計れない。だが、ずっと奥まで人々が詰めていることだけは気配でわかった。そして、その誰もが自分の一挙手一投足に注視していることも。

 ごくりと唾を飲み込む。

 一体何が起きようとしているのだ。

「剣を抜きなさい」

 はっとして老人を見ると、小さくゆっくりと頷くのが見えた。深くかぶったフードに隠されて、その表情を読み取ることはできない。

 ふと疑問に思った。今、老人が自分に向けて言ったのだと思ったが、言葉を発したにしては妙に内から響いてこなかっただろうか。

 老人を見つめるが、老人もじっと自分を見返すだけでそれ以上の言葉は得られそうになかった。

 改めて、視線を手前の剣に移す。地面に突き刺さった剣は、変わらず光り輝き、自分を挑発しているかのようにも見える。

 この剣を抜いたら何が起きるのだろうか。わかっているのは、この剣を抜かなければならないということだけだ。

 そっと手を伸ばし、剣の柄を握る。力を込め引き抜こうとするが、予想以上に地面に固く突き刺さっているらしい。両手で柄を握り直し、一気に力を込めて引き抜く。抜けた反動で剣先が天を突く。刀身が露わになり、解放されたように剣の輝きが増し、洞内を照らす。

 洞内に光が広がると同時に、群衆の歓声がうねる様に奥へと広がりこだまする。歓声は熱を帯び、洞内の気温まで上がったように感じる。

 割れんばかりの大歓声の中、自分も高揚感に浸る。……はずであった。

 甲高い一定のリズムを刻む音が、洞内に満ちる大歓声に負けじと響き、鼓舞する気持ちの邪魔をしてきたのだ。この音は一体何だ。足元の群衆を見回す。こんなにもうるさく鳴っているというのに、自分以外の誰もこの電子音に気付いていないらしく、熱狂は高まるばかりだ。一方で自分の気持ちは次第に冷めてくる。

 電子音は気持ちが冷めるに従い大きくなっている。寧ろ歓声の方が遠のいていく気がする。

 電子音?……ああ、そうか。この音は……。

 音の正体に気付いた時、電子音も歓声も打ち消す声が自分の意識を一気に洞窟から連れ出した。


「奏多っ!いい加減に起きなさい!学校遅れるよ!」

 白石奏多は重い瞼を押し上げて辺りを見回した。

 カーテン越しに初夏の眩しい朝日が差し込み、薄暗いながらも部屋の様子を浮き出している。勉強机と投げ出されたランドセル、漫画と小説と図鑑の詰まった本棚の上には、がちゃぽんで引き当てたフィギュアが並んでいる。作りつけのクローゼットの戸は半開きになっていて、ハンガーに掛けられた服が並び、その下の引き出しからはシャツがはみ出しているのが見える。

 紛れもない自分の部屋だ。ぼんやりした頭でも、はっきりと分かる。

 奏多は寝返りを打つと、枕元に置いた目覚まし時計に手を伸ばし、鳴り続けるアラームを止めた。そのまま時計を持ち上げ、時刻を確認する。 「……何だよまだ七……じゃない!もう八時になるじゃん!」

 一気に眠気が覚める。奏多は掛けていた布団をはねのけて起き上がると、乱暴に部屋のドアを開け、急いで洗面所に向かった。

 ちょうど身支度を整えた母の理彩が、洗面所から出てくるところであった。理彩は奏多に気付くと、腰に手を当て化粧を施した顔にいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「おはよう。やーっと起きたわね」

「おはよっ!やっとじゃないよ!何でもっと早く起こしてくれなかったんだよ!」

 怒りながら文句を言いつつも身支度に焦る奏多を見下ろし、理彩はのんびりと構えている。

「起こしたのに起きなかったんでしょ。昨日また遅くまでゲームやってるから」

「あーもー!わかったから、そこどいてよ!」

 焦れた奏多に、はいはいと言いながら、理彩は身をずらして洗面所の入り口を開けるとリビングへ向かった。奏多は理彩がいなくなるとすぐに洗面所に駆け込み、急いで顔を洗い、自分の部屋へと戻った。

 水垂れてるよ、と理彩の注意する声が聞こえた気がしたが、構わず部屋の戸を閉めた。寝巻にしているTシャツとジャージを脱ぎ捨て、目に付いた服をクローゼットから引っ張り出して着替える。

 ランドセルを手にリビングへ行くと、理彩はもう家を出ようとするところらしく、鞄を肩にかけている。奏多を見つけると、笑って言った。

「おっ早いじゃん。母さんもう出るけど、朝ごはんちゃんと食べるのよ」

「わかってるよ」

「じゃ、電気消すのと戸締りよろしくね。いってきます」

 言いながら、手をひらひらさせ理彩はリビングを後にした。その後ろ姿に、奏多は「いってらっしゃい」と声をかけ、点けっぱなしになっているテレビに目をやった。

 画面に表示される時刻に視線を走らせる。あと十分で朝食を食べて、学校へ向かい、なおかつ教室の自分の席に着かなければならない。

 食卓を見ると一人分の朝食が残されている。奏多は乱暴に食卓の椅子を引き出して腰かけると、いただきますと言ってトーストに手を伸ばした。視線はテレビ画面に表示される時間を睨んだままだ。

 最後の一口を飲み込むと急いで手を合わせ、ごちそうさまを言うと、食器を重ねて流しに放り込んだ。今悠長に洗っていたら遅刻するし、学校から帰ってきて洗うのは奏多であるのに変わらないから構わない。

 奏多は窓の鍵をかけて、火元の確認をし、テレビの電源とリビングの照明を消すとランドセルを背負って家の外に出た。玄関の鍵をかけようとするが、焦っているせいか上手く回らない。

 鍵をかけ終えたところで、隣に住むおばさんが出てきて、寝坊したのかとからかわれた。窓を開けていたから、理彩が起こす声が聞こえたのかもしれない。どうして大人というのは、子供が困っているのを見ると楽しそうなのだろう。

 挨拶もそこそこに奏多はマンションの共用廊下を走り抜け、そのまま階段を一階まで駆け下りた。十二階建てのマンションの二階に住むことに最初はもったいないと思ったが、こういう時はすぐに地上へ降りられるのが利点であることに引っ越して早々に気づかされた。

 昨年、理彩が宝くじを当てたおかげで、それまでの古い木造二階建てのアパートから引っ越してきた。今住んでいるマンションは、新築ではないが築年数はまだ浅くて綺麗で、何よりも小学校までの距離が近くなったことが奏多は気に入っていた。

 毎日のように遊んでいた幼馴染みとは家が離れてしまったが、学校でも会えるし既に今のマンションにも何度か遊びに来てもらっていて問題なかった。理彩の職場からも遠くなく、彼女はバスでの通勤をやめて今は自転車で通勤している。最寄りの駅までが少し離れているが、普段は電車に乗って出かけることもほとんどないから支障はない。

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