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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

脇道の僕ら

作者: 黒餡蜜

考えていた本編より二人が気になって、衝動で書きました。








乙女ゲームに転生したからと言って、自分の日常は変わりようがない。前世の名前や処遇まで思い出さなかったので、同級生にフルネームと性格がわかる子がいるだけの感覚だ。

攻略対象者と少しだけ話す仲になったぐらいで、モブである櫻井茉奈は高校2年生の秋を迎えた。







そう言えば、あの乙女ゲームでは文化祭を終えると、校舎の一部が閉鎖されてしまう。旧校舎と呼ばれる場所は普段西館と言って、授業は行わないが資料がたくさん置かれているので、鍵を借りて取りに行くことが多々ある。

文化祭で何か起きたのだろうか。

煙草とか、カツアゲ?見に行きたい気もするが、自分1人で行ったら巻き込まれてしまうし、かと言って文化祭中に先生を誰か呼び出して確認してもらう訳にはいかない。

悩んだ末に、西館の周りを遠目から見て、鍵の施錠だけされているか確認して帰ってしまった。

その判断が、後悔するとは知らずに。














学校から家までは徒歩で20分程度、隣の家は同級生の本間美佳(ホンマヨシカ)。自分と違って、長身の彼は自転車で通っている。

私にも父が自転車を買ってくれると言ったが、遠慮した。そんなところでお金を使わせてしまったら何のために近い高校を選んだのかわからない。学生の内は勉強が仕事だと、バイトをさせてくれない父、代わりに色々節約をして家計を助けなければいけないのだ。


「ただいまー」


鍵を回して、ドアノブをひねる、誰もいないとわかっている家。室内に響く声、虚しさがないわけではないが習慣は変えなかった。

すぐに靴下を脱いで洗濯機に入れてしまう、皆で作ったクラスTシャツを脱いでしまうか、お風呂に入るまでとりあえず着ておくか、悩みながらリビングのソファに身体を預け、腰まであるから結んでいた髪をほどく。

あぁ、なんだか疲れた…。

よくあるメイド喫茶をクラスでやったのだが、まさか自分がメイド側になるとは、絶対裏方だと思ったのに。

少し瞼が重い、このままだと寝てしまいそうだな、と思いながら睡魔の誘惑に負けそうになったその時。






耳奥に微かに聞こえた悲鳴。








違和感から、上半身を起こす、遠くから喧騒が聞こえる、不思議に思い、サンダルを引っ掛けながら、せっかく閉めた玄関の扉を開いた。


「………!!!」


ざわざわと胸の奥が揺れる、足早に物音の元へ向かえば、それは幼馴染の美佳の家だった。庭に自転車がある、帰っているのだろうか。玄関の扉が開きっぱなしのことを良いことに、お邪魔しますと声をかけ、足を踏みいれる。


「あ、茉奈ちゃん!」

「おばさん?どうし…」


悲鳴が込み上げそうになった口元を右手で抑え込む。

玄関先で大の大人が倒れていたからだ。


「おじさん?!なんで」

「今家に帰ってきたら倒れていたの。酔っぱらっているだけなら、良いんだけど…」


戸惑ったおばさんの目線は後頭部に向かっていた、少しだけ血が出ている。足がもつれて倒れていたのだろうか。それとも。


「美佳と連絡がつかないの。茉奈ちゃん、ちょっと連絡してくれる?私は救急車が来たら一緒に病院行っちゃうから」

「わかりました。伝えておきます。他に何か手伝えることありますか?」

「大丈夫。息もしているし、殺したって死なないと思うから」

「じゃあスマホ取りに一回家に帰りますね」


笑えない冗談には反応せず、慌てなくて良いわよ、と後ろの声に返事をして、足早に家を後にする。庭先にはやはり美佳の自転車がある。一回帰ってきたのだろうか、どこにいるのか、疑問が渦を巻く。その答えを知るために、再び自宅のリビングへと戻った。


「…え?」


勢いのまま掴んだスマホの画面にはラインが表示されている。本間美佳、幼馴染の名前、そして内容は。


「ごめん、ってどういうこと…?」


嫌な汗が背を伝う、衝動のまま、家を飛び出しながら、電話をかける。コール音は鳴るが繋がらない。

何処に行ったのか、近所の公園やゲームセンター等思いつく場所を巡っていくうちに、何故か、旧校舎が思い浮かぶ。

あそこは確か、5階立てで、文化祭が終わると閉鎖されてしまう、ゲームの中で理由は判明しなかったが、もしかして。

そんな馬鹿な、理性が告げる。

でも、と。

感情がどうしても言うことを聞かない。









杞憂だったら、それで良い。だから行ってみよう。

珍しく働かせられている足が嫌がるが、無理やり動かした。









昔ながらの校舎は、一応コンクリートであるが、危機管理はあまりなっていない。外階段がそのまま屋上に繋がっているのだ。立ち入り禁止の紐と看板、そして草木がコンクリートの合間から顔をのぞかせている。普段だったら、用務員の宿舎が近いせいで誰も侵入しないが、今日ばかりは用務員も文化祭に駆り出されているだろう。

誰にも見つからないよう、屈みながら階段を上っていく、勘違いなら徒労に終わるだけだ。むしろそうであってほしい。




それなのに。




「美佳…なんで、」


柵も何もない、屋上に、佇んでいるのは。探していた後ろ姿。

後一歩踏み出せば、落ちてしまう場所に、制服のまま平然と立っていた。


「茉奈、どうしよう…親父なんて死ねば良いって思っていたけど、いざそうなると怖くて堪らない」

「だ、大丈夫だよ。すぐに救急車も呼んだし、きっと助かるよ。そんなところいないでこっちに来て」

「そっか。そう聞くと、とどめを刺しておけばよかった」


はは、と乾いた笑いが夕焼け空に響く。

美佳の父親は、アルコール中毒でよくお酒を飲んでいた。競馬やパチンコでお金を使っては、おばさんが稼いだお金を奪って、美佳がかばうと殴ったりして、世間で言う最低の親だ。だから美佳は高校生とは思えないほど、たくさんのバイトを掛け持ちしていた。頑張っているのを見ているだけに、その言葉は、重たい。


「…美佳」

「ごめんっ…茉奈、巻き込むつもりなんてなかったのに」

「良いよ!美佳、大丈夫だから。お願い」


幼馴染の懇願に、美佳はようやく振り返る。その瞳は、諦観が浮かんでいた。


「駄目だよ、俺、もう生きたくない」

「美佳…!」

「ごめん。あんな奴のせいで人生棒に振るなんて馬鹿みたいだなって思っていたし、母さんに迷惑かけられないからって我慢していたのに、こんなことになるなんて」


長い溜息。

いつだって頼りになる幼馴染が、酷く疲れた顔をしていた。長い睫が、憂い帯びた瞳を縁取る。そして皮肉げに口元を歪める。


「こんなことなら最初から殺してしまえば良かった。そうしたら母さんだって何の後腐れもなく離婚できたし、俺がいるせいで…」

「やめて!!美佳!!!」


聞きたくない、そう表現するように、大きな声を張り上げて。



あぁ、そうだ。私がいるせいで、父は再婚しないんじゃないか、幸せになれないんじゃないか、夜遅くまで働かなければいけない、苦労ばかりかけて。

そこまでされてまで、私は生きる価値があるのだろうか。

いつの間にか、罪悪感が纏まりついて、歩けなくなる。




「…ごめん」





しぼりだされる謝罪。残していく者への。






「置いていかないで」






溢れだす、涙。


あぁ、なんてあさましいのだろう。

自分の気持ちばかりで。

わかっていても、涙は止まらない。







「美佳がいないと…。私はどうしたら良いの?」


もし、いなくなったら、ぽっかり空いてしまう胸を。


「言ったじゃない。私のこと、ずっと忘れないでくれるって。ねぇ、その一言で私がどれだけ救われたかわかる…?」


縋るような眼差しを向けると、動揺した美佳は駆け寄ろうとした。

でも、たった一歩で足を止めてしまった。


「母親にも忘れられて、愛されなくて、生きる価値がないって思ってた私に、美佳は生きる希望をくれたんだよ?それなのに、美佳が死ぬの?」


私の母は、病気だった。精神的な。

色々嫌だったんだろう、絶望したんだろう、何が原因かはわからない、其れでも事実として母は、忘れた。育ててくれた両親も、愛した男も、お腹を痛めた子すら、全て忘れて。

だから、自分の家に、“見知らぬ人たち”がいて、一人で混乱して、刃物を出してきた。


あぁ、気が付けば独りぼっちで、心細かったんだろう。


孤独な世界で、どうにか自分を守ろうとしていたんだろう。


でも。


その刃を突きつけられた私は、そんな母を許すことは出来ない。


どうして忘れたの?


私を愛していないの?


気を抜けば責め立てようとして、『病気だから仕方ない』と思えない自分が、何よりも許せない。









「茉奈」

「美佳がそこから飛び降りるなら、私も一緒にいくから」


そんな私より、生きててほしい人が死ぬなんて。

死にたい訳じゃない、でも、生きたくない。その気持ちはわかる。



「駄目だ!!」

「駄目じゃないよ。辞めさせたいなら、美佳が諦めて」




差し出した、この手を握って。


これは脅迫だ、命を使った。





「帰ろう?心配したおばさんが待っているよ」

「…っ!」


母の存在を出せば、嗚咽を噛み殺しながら、頷く美佳に、今度こそ駆け寄り、力いっぱい抱き着いた。生きている温かさを感じる為に。









これは愛とか恋じゃない。


それでも私には美佳が必要なのだ。


繋ぎ止めるためなら、命もあげる。















分かり合える存在。

生き辛い私とあなたで。




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