プロローグ
「"何の為に戦っているのか"って考えた事、あるか?」
月が頭上で輝きを放っている。首都から西に少し離れた位置に建てられた見張り台の中、誰かがふと呟いた。音を辿ってみると火の番をしていた男にたどり着いた。男は揺れる焔をどこか虚ろな目で見つめながら再び口を開く。
「この前の襲撃、見ただろう。俺が知る限りでは一番の大群だった。兵士も騎士も死んだ」
男の声が段々と大きくなっていく。錯覚だろうか、炎も彼の声に比例して大きくなっているように見えた。
「なんの関係もない一般人も、戦う術も知らない子供も死んだ。 それでいてお偉方のあの台詞だ!」
「おい、その辺にしておけ」
別の男が止めに入った。確かに"お偉方"の耳に入るような事があれば彼だけでなく、ここにいる全員がよろしくない扱いを受けるだろう。自分も言葉を止めるように言おうと足を動かしたその時、すぐ横から悲鳴じみた叫びが上がった。
「なっ、南西……南南西に"歪み"、でました! 」
場が凍りついた。だというのに炎は燃え盛っている。少し、暑苦しい。
「お話は中止だ。お前は騎士団に通信を送れ。本部は俺がやる。他は監視と警戒だ。いいな」
止めに入った男が有無を言わさない声音で言う。異論は無い。返事をした。
それと同時に背中に激痛が走った。誰のものかもわからない叫びが上がる。まさか、歪みが出てまだ一分も経っていないのに、そんなバカな!
虚ろな目をしていた男が育てていた炎が燃え広がる。あつい。
苦しい。右足が熱い、そう思った直後身体のバランスが崩れ、地べたに転がる。背、足の痛みの原因は予想通りドラゴンだった。小型の、下級とされる竜だ。視界に入ったのは4匹、全て同じタイプだろう。騎士を目指す少年らの間ではやられ役として、扱われている竜。それが俺の足を喰っている。嫌でも理解してしまった、理解するしかなかった。ここで俺は死ぬのだと。きっと他の奴らも死ぬのだろう。ここに対ドラゴンを想定した武器や大精霊の加護を得た魔術具は置かれていない。
そういえば"何の為に戦っているのか"、考えた事もなかった。だがもう終わりだ。
☆
心臓の音がする。雨の音がする。
とても嫌な夢を見た。心臓が耳元まで移動したんじゃないかと錯覚してしまうくらい鼓動の音がうるさい。全身が汗に濡れて気持ちが悪い。寝起きだというのにやけに頭が冴えていて、激しい運動した後のように疲れている。
横になったまま、鼓動が落ち着くまでじっとしていた。
「あー……」
一日が始まるというのに最悪な目覚めだ。雨でジメジメしているのが追い打ちをかけてくる。いっその事二度寝でもしてやりたいが目を閉じてもまったく眠くならない。勉強時間だったら瞬きするだけでも眠くなるのにうまくいかないものだ。
どれくらいそうしていただろうか。心臓がやっと普通の位置に戻った頃、ドタドタと騒がしい足音と「にーちゃん」を繰り返す幼さの残る声が耳に入ってきた。この声は、なんて考える間もなく部屋の扉が派手に開き、声の主、扉を開けた人物が腹に勢いよく突っ込んでくる。
衝撃にカエルの潰れたようなというかなんというか、なんとも情けない呻き声を上げてしまったが寝転がってる所に不意打ちで腹ダイブされたんだから仕方ないだろう。腹の上のソレを退かせ、文句の一つでも言ってやろうかと身体を起こし
「にーちゃんにーちゃん! お客さんきてる!」