怪談
喜びを感じた自分に蓮は驚いた。横の壁に取り付けられた鏡に映るのは笑顔の男子生徒の姿。いいわけは許されなかった。茜へのではない、自分へのいいわけだ。
隣にいる茜は真剣で、蓮の様子には気づかない。見つけた資料だけを読んでいた。読み終わったころには蓮もいつもと変わらない態度をとってみせることが出来た。
気づかれてはいいけない、そう蓮はおもったから。
七不思議についての話しは続いた。見つけた資料に載っていたのは三つだけ。その中の一つが少女と鏡の怪談だった。あとの二つは体育館と職員室にまつわる怪談。これらは人に聞き込みしていたときに、何度も耳にした話だ。
しかしこの二つの話しは少女の話に比べて、余りたいした怪談とはいえない。体育館は文字が浮かび上がり、職員室は夜中に儀式が行われるという。聞いているだけではあまり怖くない。
そもそも、体育館の文字が浮かぶってなんだよ、と心の中で蓮は毒づく。
「体育館だけなんか手抜きな感じだね。」
茜も同じ気持ちだったらしくそう呟いていた。
一時間ほど経ってから二人は資料室を出た。もう少し、本当に七不思議と事件が関係しているのか調べるためだ。そのために川嶋涼子がよく顔を出していたという、科学部に話を聞きに行くことにした。
その声に最初に気づいたのは茜だった。第二理科室に近づくにつれて、ハッキリとしていくそれに蓮も気がつく。距離がまだ遠かったときは討論しているように聞こえていたが、近づいていくうちにそうではないように思えた。
討論というよりも、動揺している女性を男の人が宥めている、そんな会話。
予想通りと言うべきか、二つの人影が第二理科室の前にあった。茜と蓮からは重なって見えにくかったが、奥側にいる男の人が白衣を着ていることに気がつく。おそらく理科の新任教師だろう。
先生と話していたのは女生徒だった。声からして、こちらも大人だと思っていたから少し蓮は驚く。女生徒の背中が小さく見えた。茜の並んだその人は茜よりも大きいはずなのに。とても、小さく見えた。
つい昨日も、同じように感じた気がする。あれは確か、西階段の踊り場での出来事。
「新井先生どうかしたんですか?」
彼女には聞かず新井の方に茜は尋ねる。彼女が、話せる状態ではないと判断したのだ。困惑に染まる瞳が上がって茜と目が合う。ぎこちない笑顔をつくっていた。
「え~と、君たちは一年生かな。理科室になにか用事?それとも分からないところを聞きにきたのかい?悪いんだが少し待っていてくれるかな。」
質問の答えは返ってきていない。話す気がないのか、もしくは話しにくいことなのだろうか。
「どうかしたんですか?彼女、なにかあったんですか?」
もう一度、今度は付け足して茜は聞き返す。彼女の表情は長い髪で隠れて見えない。それでもわずかに肩が動いたのを茜と蓮はみていた。
先生の反応は微妙だった。話すかどうか、話していいのか計りかねているといった様子だった。
「なにもなかった、というわけでもないんだけど多分、この子の勘違いだろうから。君たちは心配しなくて大丈夫だよ。」
しばらく考えてから新井はそう言った。
どうやら話す必要がないものだと、判断されてしまったらしい。教えてくれない。でも二人にはその言葉で、内容を察することが出来る。
彼女の様子。勘違いという言葉。先生の態度。いまの時期。これだけのカードが出揃えば予想がついた。
「あなたはなにを見たんですか?」
言葉を選ぶことなく茜は直球で聞く。彼女もまた、西階段で会った先輩と同じ。七不思議に出遭った人。
「あなたは聴いてくれるの?信じてくれる?」
「それを明確にするために私たちは調べています。嘘か真実かを知るために。」
迷いなく茜は応える。その言葉に少し安心したのか、彼女はぽつぽつとだが喋ってくれた。それは西階段の鏡の話しではなく、夜中の職員室の話し。
男二人はもうなにも言わず、話だけを聴いていた。