スタート
また、やってしまった。少しだけ罪悪感が残る。真実を知りたくて先走っていた。自分が散々、蓮に言ってきた言葉。それを、蓮に言われて思い出す。よくあること。そう言ってしまえばそれまでだ。でも、だからこそ気をつけていた。丁寧にやろうと。
目の前で大口開けながらパンを食べる男は、気にしている様子は一切なかった。勝手に先走った自分への怒りも、毎度のように繰り返すことへの呆れもない。平然と、放課後の話をする。
「・・・って、いくつか証言を・・・・・・そしたら次は・・・」
不満はない。それでも不安は確かに存在していた。
蓮は自分にちかい。
「放課後になったらすぐに・・・・・・どうした?」
ずっと黙ったままの茜を心配して蓮が話しかける。いつもなら、茜が指示を出して動く。いまは逆。茜は何も喋らない。聞いているかも、分からないぐらいに。
声をかけられた茜は驚いたのか、僅かに体が跳ね上がっていた。本人はもちろん、蓮もそれに気づく。
二人の間に、気まずい空気が流れ出す。
なにか喋らなくてはいけない。そう思った茜が口を開く。しかし、そこから音がでることはない。気まずい空気だけが重さを増す。
そんな空気を破ったのは、茜ではなく蓮だった。茜が出せなかった音をだす。一言だけの音。
「気にするな。」
優しい声。それでいて、なにかを許すような感じもなく。ただ、本当に、言葉だけの意味しかない。良くも悪くも。しかし、それだけで茜は引き戻される。
蓮の言葉に茜はなにも言わなかった。それで蓮は良かった。何も言わない。頷きもしない。茜は笑顔を返した。言葉よりも、蓮は安心が出来た。
その後は二人で話を再開させた。もちろん茜はいつも通り指示を出した。
放課後、茜は昼休みに行けなかった目撃情報を捜しに、蓮をつれて出た。何人かに声をかけてみたが、なかなか知っている者はいない。時間が経つにつれ、学校にいる生徒も少なくなっていく。残るは部活をしている生徒ばかり。
「終わるまで待つ?」
「どっちでもいいさ。お前が決めろ。」
"何を"とも言わずに、蓮は読み取ってくれた。そのうえで決めていいと言ってくれる。
部活が終わるのを待つとなると、かなり遅くまで残る必要があった。一人なら構わない。だが、それに蓮を巻き込むべきか考える。まだ確かなものはない。可能性も分からない。茜は空を見た。遠くの空が赤く染まりつつある。
「もう少しだけ・・・・・・・・・」
「キャァァァァァァーーー」
もう少しだけ残っている人に話を聞こう。
その言葉は叫び声にかき消された。何が起きたのか。考えるより、疑問に思うよりも、気がついたら体が動いていた。声がした方へ、二人は走る。階段を降りたところで、動きを止めた。階と階の間の空間。そこに取り付けられた鏡の前で、一人の女生徒がしゃがみ込んでいた。耳を塞ぎ、目を瞑って。
他に何もなければ誰も居ない。
ひどく怯えるその人に近づいて上履きを見る。三年生だった。
「あの、大丈夫ですか?何があったんですか?」
恐る恐る、震える肩に茜は手を伸ばす。しかし、その手は肩に置かれる前に彼女に掴まれてしまった。
茜は驚いた。
「えっと・・あのっ・・・」
「黙ってろ茜。」
「え?なんで・・・・」
蓮の顔は真剣だった。真剣に、彼女を見ている。
なにかと思い見たところで気がついた。ボソボソとだが、なにかを言っていた。彼女の口元に自分の耳を近づける。一瞬、蓮が驚いていたが気にしない。
「・・・・・・・・・・・・かわしま・・・・・りょうこ・・・」
小さく、だがハッキリと。その名前は呼ばれた。
聞きたかった名前は、思いもよらない形で耳にした。知りたくてたまらなかった話し。それを目の前の人が持っている。それだけのことが、茜には奇跡に思えた。
早く聞きたい!!鼓動が脈を打って訴えかけてくる。そのなかで、頭は冷静だった。優先順位、その言葉がしっかりと存在を主張していた。
彼女はまだ、怯えている。小さくした体を震わせながら。握られてくる手からは、助けを求めている。
だから茜は、
自分のエゴを捨てた。
あいた片手で彼女の肩を抱く。
「大丈夫です。私たちしか居ません」
出来るだけ優しく
「他には誰も、何も居ません。大丈夫です。私たちが助けます。」
笑顔で。彼女の不安を消していく。
震えは止まっていた。彼女の瞳に、とうとう茜の姿が映る。
「わた・・・・・あの・・」
「ゆっくりでいいです。話したくなければ、話さなくてもいいんですから。」
茜の言葉に、彼女は大きく首を横に振った。瞳は決心をつけたように力強い。
ゆっくりとだが、彼女は語り出す。きっと、彼女から聞くために今まで聞けなかったのだとこのとき茜は思っていた。