ストッパー
聞き取れない声で茜がなにかを呟いた。聞き返そうとしたときにはもう、隣にいた体は少し離れたところに見えていた。蓮は呆れながらも、その開いた距離をゼロにする。腕を掴む。驚いた顔はどこか不機嫌で、止められた理由が分かっていないのだと蓮は思った。
呟いた言葉は聞こえなかったが、さっきの会話の内容を考えれば茜がどこに向かって走り出したのか、蓮にも分かる。三年の、科学部員の教室。噂について直接話を聞きに行こうとしているのだ。それを分かっていて茜を止める。
「手、はなして。確かめたいことがあるから。」
理由は簡単だ。
「腹減った。昼飯食べいくぞ。」
「は、は~?そんなの後ででもいいでしょ。それよりも私は---った!!」
頭をはたいてやる。そして自信満々に言ってやった。
「"今やるべきことは今やる"だろ?"焦らず順番に"だ!」
一瞬唖然としていたが、すぐに吹き出して笑っていた。この言葉は蓮が茜によく言われているものだった。ようは優先順位をつけて行動しろという意味だ。
いま優先しなくてはいけないことは、三年生に話を聞きに行くことではない。そんなもの放課後で十分だ。行ったところで時間もない。今は昼休み。昼休みにやることなんて決まっている。お昼を食べることだ。食べながら、話をまとめていくこと。
茜の顔を見ると、伝わったのが分かった。
「そうだね、私もお腹空いた。教室に戻ろうか。」
「おう。」
教室に戻る途中、茜の顔をぬすみ見る。普段通りの顔に戻っていた。
良かった、と蓮は思った。茜は冷静に状況を分析し、真実を導き出す力がある。でもその一方で、自分の知らないことには貪欲に探求する癖があった。それは時に茜を助け強くするが。それと同時に、危険へと誘う弱点でもあった。そして、後者の方が明らかに多い。
ほうっておくと、一人暴走する茜。それを止めるのが自分の役目。本人が言った言葉すら忘れて、先走ってく。ならば自分は必ず、その言葉を伝えてやろう。思い出させて引き戻そう。
自分が茜の理性でいよう。