スタートライン
目を覚ました蓮は時計を見る。針は六時を指していた。窓に視線を向けると、カーテンの隙間から光が漏れていた。ソファーから腰をあげる。いつのまに寝ていたのだろう。あまり寝ていた気はしない。
あの後、鞄を届けた茜に、どうするのか質問した。返ってきたのは「明日になればはっきりする」と言う答えだけ。気になって自分でも考えてみたが、結局何も思い浮かぶことはなかった。それどころか、そのまま寝てしまっていたようだ。
疲れがとれていない身体で、制服に袖を通す。ネクタイを結びながら鏡を見ると、そこに映っていたのは遠足前日の子供の表情。
「明日になればはっきりする」
確かめるかのように、茜の言葉を繰り返した。
机の上には新聞とメモ用紙が、乱雑に置かれている。何枚もある新聞は全て、川嶋 涼子の事件の記事だった。メモ用紙には彼女の特徴や性格、人間関係等のまとめが書かれている。写真がないのが茜は残念にも思えたが、なんとかなるという自信があった。
「これで下調べは終わった。今日で方向性が決まるといいな。」
一つの冊子をとる。入学したての頃にもらった部活紹介のものだ。十数個ある部活の全ての紹介がまとめられていた。一枚ずつめくっていく。六枚ぐらいめくったところでその手を止めた。【来たれ新入部員!!科学の力で楽しい学校生活にしよう!!】太字でそう書かれている。右下には赤ペンで放課後第二理科室、と小さくだが目立つように書かれていた。
放課後に理科室へ行く前に、同じ学年の人に聞いてからにしようか。そんなことを考えながら、色々なもに下敷きにされたノートを抜き取る。全部活の部員を記したノートだ。
黄色い付箋が貼られたページを開く。科学部のページだ。そこから、二年の知り合いの名前を探していく。
「あかね~!何しているの、早くでないと遅刻するわよ!」
母の声。慌てて時計を見ると、いつも家を出る時間よりも十分が過ぎていた。
投げ捨てるようにノートを鞄に放り込む。階段を駆け下りていき、ドアノブを掴んでからいったん止まって振り向いた。
「今日はちょっと遅くなるから!あ、夕飯は家で食べるからね!!」
言い終わるやいなや、ドアを開け放って走り出す。すでに十五分、いつもの時間よりも過ぎていた。
学校には予定よりも早く着いた。走ったのがよかったのだろう。朝の会が始まるまで、まだ少し時間がある。茜は席に着くと、さっきのノートを取り出す。そしてそれを一枚の紙に写していった。全部は写さず、二年の場所だけ。
六人ぐらい書いたところで手元に影が出来る。顔を上げると、蓮が楽しそうに見ていた。それは奇しくも、最近鏡で見るそれと同じ顔だった。彼もまた、自分と同じ。何もない日常に嫌気がさしていたのだろう。
「なっ。何書いているんだよ。それもアレに関係しているやつか?」
装った声。興味がないふりだと、すぐに分かるものだった。茜から取り上げた紙をみる瞳は真剣で、ふりで出来るものではない。
紙を机に戻すと、いくつか質問をした。茜もそれに簡潔に答えていく。昼休みになってからやることをまとめたところで先生が教室に入ってくる。二人は視線だけで頷くと席に着いた。
昼休みになり、昼食をとるよりも早く、ある教室に向かった。二年H組、二人の教室の四つ隣にある場所。茜の右手には朝に書いていた紙が握られている。その紙に載っている一人の女の子を呼ぶと、その子は笑顔で二人のもとに来てくれた。一年のときに同じクラスだった子だ。
「久しぶりね。ちょうどよかったよ、私も茜に会いたかったんだ。」
「会いたかった・・・?」
同じクラスではあったけれども正直、そんなことを言われるほど特別仲が良かったわけではない。席が近ければ話すし、そうでなければ話さない。そんな仲だった。
だからすぐに理解できた。
この子は「会いたかった」のではなく、正確に言えば「話したかった」のだと。
「いいよ、話して。多分それは私が知りたいことと同じだろうから。」
「私もそう思う。来ると思ってたし。」
話されたものは茜の期待以上の内容だった。三年の間で広まりつつあるとある噂。それは川嶋涼子が霊となって犯人を捜しているということだった。それだけではなく、実は死んでいないで今も生きているという噂まであるとのこと。
「なんでそんな噂がでたんだよ。しかも生きてるとか霊とか。真逆じゃねーか。」
バカバカしいと言わんばかりに蓮は腕を組む。
確かに、蓮の言う通りではあった。霊とはつまり死んでいるということ、それなのに生きているという噂まである。これだけ聞くと真逆の噂だ。みんなが好き勝手に話をしているだけにもみえる。
では、見方を変えてみたらどうだろうか。この二つの噂は逆どころか同じになる。始まりは結局一つしかない。
出所は
「一つだ」