さよなら日常
現実はあまくはなかった。予想し、期待した光景はそこにはない。少し野次馬がいる程度だ。マスコミや警察が、校門前にいることもなかった。それどころか、入った教室はいつもと変わらない。楽しそうで騒がしい話し声。
目の前の光景が、茜は不思議でならない。ニュースを見たあの瞬間、確かに日常は姿を隠した。そして、待ってましたというかのように、非日常は顔を出す。少なくても、茜にはそう感じていた。
一時間目、二時間目と過ぎていく時間のなかでも、何も変わらなかった。
ニュースの話題はでている。しかし、それは『その他のニュース』と同じでしかないのだ。特別ではない。
昼休みになり茜は諦めかけていた。徐々に日常にひきもどされていく。食堂からの戻るため、3年生の教室が多い廊下を通る。
その時、あることに気づく。
「ん?急に立ち止まってどうしたんだ?」
茜が『何か』に気づいたことに、蓮は気づかない。
「様子がおかしい」
何のことか分からなくて、蓮は茜の視線の先を見る。そこにいたのは数人でかたまって話をする、女生徒たち。3年生だろうか。
「別になにもおかしくなんか・・・」
振り返って茜を見ると、また違う生徒を見つめている。そっちを見てみるが、やはり普通に話しているだけに見えた。何もおかしくなどない。
蓮は気づかない。
「やっぱりおかしい。3年だけが・・・なぜ?」
1、2年生と三年生の違い。わずかな、些細な違いを茜は気づいていた。三年のほとんどの、特に女子生徒が何かを畏れ。そわそわして、様子がおかしいことに。
「同じ3年だから?いや、そういったことじゃない。もっと・・・別の・・・」
一人、思考の渦に沈む。
「・・・」
「???」
「・・・・・・」
「~~~!茜、俺にも分かるように教えてくれよ」
蓮の声で、沈んでいた思考が浮かび上がる。
考えすぎていたせいか、一瞬自分が今いる場所が分からなくなる。それほどの間、考え込んでいたのだろうか。周りを見る。が、どうやらそうでもなかったようだ。少し、安心する。
「えっと、それで蓮は何か言った?」
呆れた視線がかえってくる。
「あのなー。だから、俺でも分かるように、説明しろよ」
「え、あ、ごめん」
今になってやっと気づいた。蓮が気づいていないことに。分かっていないと、思っていなかったのだ。なにも蓮を馬鹿にしているわけではない。蓮もこうみえて、こういったことには鼻がきくのだ。だから、相棒として一緒にいられるし、気づいていると思っていた。今回は分からなかったようだが。
茜は話した。自分が気づいたこと、3年だけが1、2年と違うこと。全て。
「確かにそうかもな。でも何でだ?やっぱり同じ学年だからか?」
「それだけじゃないと思う。」
それだけのはずがない。もう1度、注意しながら周りを見る。そこであることを思い出した。
本当に3年生だけなのか。1、2年生にはみられなかっただろうか。いや、そうじゃない。休み時間になる度に、その人たちは増えていた。
「分かったんだな」
茜の顔を見ながら蓮が言う。その顔にはニンマリと形容した方がいいような笑顔があった。この顔は何かがわかった時の顔。
「【分かった】というよりも【気づいた】の方が正しいけどね。でも、確信はない。」
だからまた明日。そう言って、上がるべき階段を下っていく。慌てて、下がっていく背中にどこに行くのかと叫ぶと、返ってきたのは、早退するという一言だけ。
呆れながらも、蓮は階段を上る。教室にある二つ分の鞄をとりに。