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プロローグ

 朝の光が眩しくて、目が覚めた。7時にセットしておいた目覚まし時計は、7時まえを指している。いつものように目覚ましを止め、いつものように顔を洗いに行く。そして朝食を食べにリビングに向かう。

 いつものように、いつもと何も変わらず。平坦で、つまらない。


 いつもの日常。


「茜、ちゃんと座って食べなさい。昨日も言っているでしょう。」

「ふぁ〜い」

 カチャ、カチャと音を立てながら洗い物をする母に、トーストを咥えながら答える。

 これも、日常だ。

 ソファーに腰を沈めながら、茜は物足りなさを憶えた。最近は特にそうだ。平和で、好きなことをして過ごすのはたしかに楽しい。でも何かが足りないのだ。同じレールを廻っているかのような、そんな錯覚すらしてくる。

 そんな考えを打破するべくか、茜は普段つけないテレビをつけてみた。

 それが良かったのかもしれない。

「まぁ〜、怖いわね〜。茜も気をつけなさいよ。犯人まだ捕まっていないし、何より……」

洗い物を中断しながら母は言う。でも、その声は茜には届いていなかった。聞き漏れはしないというように、テレビからの声だけを拾っていた。茜には母の姿はみえていない。


 でもそれはきっと、母も同じだっただろう。母にも茜の姿はちゃんと見えていなかったはずだ。そうでなければこんな顔で、興奮を押し殺したような顔をして、このニュースを見ていることに一言二言いっていたはずだから。

 

テレビの画面に映っていたのは茜が通う学校だった。画面左上にはそこの制服を着た女子。そして『いまだ犯人、捕まっておらず』というニュースキャスターの声。殺人事件のニュースだった。

 殺されたのは同じ高校に通う先輩。3年生の川嶋 涼子さん。帰宅途中に殺されたらしく、犯人はおろか容疑者も見つかっていない。警察は通り魔という線で事件を調べているとのこと。


 気づいたらソファーから立ち上がっていた。居てもたってもいられなくなって、茜は「行ってきます」と早口で言うと、家から飛び出した。

 日常が日常でなくなるような、そんな予感がした。足りなかったものを埋められていくような楽しさがあった。リモコンを手にしたことで立った違うレール。

 家を出て見上げた空はさっきのニュースとは似つかわしくない、雲のない青い空。自然と歩調が速くなっている気がした。学校につけば何かが変わる。


 そんな勝手な期待をしていると、前に見知った背中を見つけた。茜は体当たりするかのような勢いで、その人の肩を押す。

「おっはよ~、ワトソン君!」

 おもいきり押されたはずの彼は、まるでびくともせずに振り返る。

「おはよう茜。あのな、俺何回も言っているがワトソンじゃないから。小林 蓮だから。」

「ダメだよ!ホームズの相方っていったらワトソンじゃないと。」

「いや、お前もホームズじゃねーだろ。赤川だろ。はぁ~」

 頭痛のときにこめかみに手をやるようにしながら、呆れた顔をする彼。『保護者』と書いて『カレシ』と読む、といった人だ。つまりは茜の正真正銘、彼氏なのだが。友人や周りの人たちからは茜の保護者としか思われていなかったりもする。

「赤川っていう苗字は確かに嫌いじゃない。でも赤川だと創る側なの。私はそっちじゃないの。」

 

一人勝手に喋る茜をみて、蓮はまた始まったと思った。

「いやまぁ~ね。創る側も大切なんだよ。でも違うじゃん。そうじゃないじゃん。そりゃ、小林っていう苗字をもつ蓮にはわからないかもしれないけどさ」

 こうなった茜を止めることは出来ない。一人でずっと喋り続ける。そして、最後には必ず同じ台詞を言うのだ。

「私だって・・・」

 そう、なんていったって

「私だってさ・・・・・・」

 茜、コイツは


「私だって探偵と同じ苗字がよかった!!」


 コイツは大の推理マニア。要は探偵のヲタクなのだ。

 推理小説が好きすぎて、探偵に憧れを持ち、身近に事件が起きないことを嘆いている。そのせいか、いつもつまらなさそうにしている。だが、今日はそんな風には見えなかった。どこか嬉しそうな、興奮しているような、そんな顔をしていた。

 あまりいい予感はしないと思いながらも蓮は聞く。

「なんか今日は・・・茜元気だな。その、何かあったのかよ。」

 聞く声は無意識に強ばっていた。

 怖いぐらいの笑顔が返ってくる。

「事件だって!殺人事件!!同じ高校の3年生。あのね、不謹慎なのは分かっているんだけど、私なんか興奮しているかもしれない。」

 そう言った顔は確かに、言葉通りの顔をしていた。長い付き合いのなかでも、見たことがないようなワクワクしている顔。

「警察は通り魔の可能性で捜査しているらしいけど、私は違う気がするの。関わったことのない人だけど、なんて言うのかな、縁?が繋がった気がするんだよね」


 もし俺じゃない他の人がこの話を聞いたら、バカだと言って鼻で笑っていただろう。同じように、茜じゃないほかの人がこの話をしたていたら、俺はきっと鼻で笑っていた。

そうならなかったのは、俺が聞き、茜が話していたから。


茜がこういった事に、獣なみの嗅覚をもつことを蓮は知っていた。なにより、彼は茜を信じている。

残酷ともみえる、未知への好奇心を持っていたとしても。

「…お前が言うならそうなのかもな。でも、学校ではあまりそうゆうこと言うなよ」

「わかってるよー!」

拗ねたような声。それでも、どこか嬉しそうな声をしている。

別世界を期待し、二人は高校へと向かう。

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