一章1-6 古き騎士(1)
来た道を戻りアンジェリカは目が覚めた家にたどり着いた。中から良い香りが漂っている。
中に入ると中央にある大きな机に所狭しと料理が並べられていた。机を挟んで向こう側に初老の男が立って待っていた。
「お帰りなさいませ。皆には会えましたか?」
「はい。とても優しい方々でした」
顔を朱に染めて恥ずかしそうな姿に男は顔を綻ばせる。
椅子の一つを勧められてそこに座る。
「お二人も一緒に食べましょう」
もちろんですと言って、フェザーと男も席についた。
「いただきます」
手を合わせて言う。
特によく煮込まれたビーフシチューがアンジェリカは気に入った。彼女にとっては懐かしい味に感じたことだろう。野菜たっぷりのサラダやふかした芋にチーズを乗せたものがある。
「美味しいですか?」
「はい。とっても……このビーフシチューも懐かしい感じがします」
「それはよかった。昔の味を再現するのに苦労しまして、姫にそう思えたなら幸いです」
「あの……、姫と呼ばないでくださいませんか? えっと……」
「畏まりました。ではアンジェリカ様とお呼びします。私のことはウルとお呼びください、皆そう呼びます」
ウルは口を拭いて、居住まいを正す。その姿は王宮にいた騎士のようだった。真っ直ぐな芯が背中に入っているようだ。言われれば何時間でもそうしていることだろう。
アンジェリカもまた食事の手を止めて居住まいを正す。
「ウルは、騎士だったのですか?」
「はい。近衛騎士です」
はっきりとウルは言った。隠すこともなく。
「近衛騎士は王族に嘘は言えません。たとえ滅びようともアンジェリカ様は王族なのです」
「……はい」
静かな空気のまま、三人は食事を進める。
家のドアが開く。入ってきたのはルナだ。肩から革を下げて両腕は空気に触れていた。アンジェリカが出会ったときと変わらず、何も付いていない綺麗な刀身だった。
「おかえりなさい」
フェザーが気が付いて声をかける。ルナは一度だけ食卓の方に目を向けアンジェリカを見た後、そのまま家を出ようとする。
「あ、あの! 一緒に食べませんか? みんなで食べるときっと美味しいですよ」
「僕は後で食べる」
でもと食い下がろうとするが、ウルが割り込む。
「あの子にも恥はあるのです。あの手では食事が難しい」
あの手、三日月のような腕では確かに食事することは難しい。その食事姿はいくつか想像できることだ。ルナがどの方法を取るのかアンジェリカには分からない。一緒に食べられないということは醜い食べ方なのだろう。
ルナはそのまま何も返さずに出て行った。
「いつかきっと、アンジェリカ様と一緒に食べられるようになれますよ」
「そう、ですね。いつかきっと、一緒に食べたいです」
食事が終わるとフェザーは食器を片付け、アンジェリカとウルは二人で向き合う形になった。いろいろと質問したいことがアンジェリカにはあるが、それをどう伝えればいいのか分からず何度も言い出そうとして止めている。ウルは何も言わずに待っている。
洗われた食器が独特の音をたててしまわれていく。食器棚にはすごい数の食器がしまわれている。
何度かの躊躇いの後、アンジェリカは意を決した。力強く前を、ウルの蒼い目をまっすぐに見つめた。
「ここは何ですか? 何故私を主と呼ぶのですか?」
ここにいる人達、体のどこかに異常な変態をした人達はこの国では忌み嫌われた存在だ。『非人類』人権のない生きた人形。初代フェルディナント王が定めた最底辺の国民。その筈なのにアンジェリカがここにきてから敬意の目を浴びることはあっても、恨みのようなものはなかった。彼女自身に責任があるわけではないので当然だが、皆フェルディナント王家に対しても負の感情を抱いているようには見えなかった。それが何故なのかと、アンジェリカは気になっていた。
ウルは背を伸ばした姿勢のまま言葉をつむぐ。
「全ては今は亡き先王の御心に従うものであります」
ゆっくりと言い聞かせるように彼の昔話が始まった。