一章1-5 名も無き村(4)
「今の時間ならみんな奥にいるでしょう」
ディグマンは大きな体をのっそりと動かして穴の一つに入っていった。よく見ると穴の大きさは彼が一人で通るのに丁度いい大きさだ、だからアンジェリカには少し大きく感じたのだった。
導かれるようにして穴の奥に進んでいく。その穴も上側が光り先を照らしている。アンジェリカが指先で光る部分を触ると、光は彼女の指先に移った。驚いて反対の手で払うと光は指先から零れ落ちて床に落ちた。彼女が初めて見た不思議な物質だった。
道の先が見えた。そこは入り口の空間より大きく、繋がる穴も多い空間になっていた。
まずアンジェリカの目に入ったものは大きな旗、大きな金色の翼を持つ鳥が黒の下地に縫い付けられている。亡国の王族が国旗として使っていたものだ。亡国の名をフェルディナント王国、先日滅びたアンジェリカの祖国。すべて焼き払われていたと彼女が思っていたものだ。
自然とアンジェリカの目の端に涙が浮かぶ。零れるぎりぎりまでたまりしかし流れない。必死に堪えているようだった。
旗の前には何人も立っていた。誰もが体のどこかに人間ではない部分があった。全身が狼や熊のように変態した人、手や足だけが変態した人、何も変態していない人を探す方が難しいくらいだ。服装には同じものが少なかったが、全員が左肩に旗の紋と同じ鳥が描かれた防具を付けている。
「皆聞け。我等が主が参られたぞ!」
数対の目がアンジェリカへ向けられる。彼女は後退るが、その背をフェザーが受け止めた。彼女は柔和な笑みを向ける。
「大丈夫ですよ、ここにいるみんなはあなたの味方です」
一人が膝をついた。一人また一人とその後に続いて膝をついていく。その場の全員が頭を下げ、道案内をしていたディグマンもアンジェリカの前に膝をついた。
「アンジェリカ王女殿下。今だけは格式ばった物言いをお許しください」
次に足元に平伏する。
「おかえりなさいませ。この名も無き村へ」
ディグマンが言って次々と同じ言葉が紡がれる。誰一人としてそこに負の感情はない。
溜まった涙が零れ落ちる。今までも気張っていたのだろうか、この瞬間確かにアンジェリカは心から安心することになったのだ。力無く膝から崩れ落ちて両手で顔を覆い隠す、誰にも見せるなと言われた涙を見せたくなかったのだ。
アンジェリカの声を押し殺した呻き声が洞窟内に響き続けた。
呻き声がなくなり静寂となった部屋。平伏したまま声を発することはない。
「あの、ありがとう、ございます。皆様、ただいま戻りました」
「このような形でお迎えすることになりましたが、みんなアンジェのことを待っていましたよ」
「おう、ゆっくりしていくといい」
頭をあげたヂィグマンが言う。
「まだ紹介した人がいるのですが、そろそろ料理もできていることでしょう」
手を引かれ、出口に向かって振り返った。
そこにディグマンが声をかける。
「ウルに伝えてくれ。後で俺たちも行くって」
「確かに承りました」
二人が穴の道に消えた後、全員が立ち上がる。
「ようやく使命を果たすことができるな。皆粉骨砕身に責務を果たせ」
応と、その場の全員が頷いた。
名も無き村はこれで終わりです。
少し書き溜めするかどうか悩みますが、やっぱりある程度できたら投稿していくことにします。
つまり今までと同じということですね。