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一章1-4 名も無き村(3)

 地に伏せたルナをフェザーが起き上がらせる。両腕が地面に深々と突き刺さっていたので自力で起き上がることができなかったからだ。

「ちゃんと考えて行動しましょうね」

 立ち上がったルナの頭を軽く叩く。ルナは軽く頭を下げるだけですませ、岩場の下に置いてある茶色の革を腕の先で指す。両腕が使えないので巻いてくれということだろう。

 やれやれと呆れた様子でフェザーは革を拾う。

「今度自分でも嵌められるように袋にしてあげましょうか?」

「いつもそう言って作らないじゃないか」

「アンジェリカと一緒にいるのでしょ? すぐに作ってあげるから拗ねないで」

 両腕に革を巻き終わり上から傍にあったベルトを巻きつける。しっかりと入念に両腕の三日月を隠した。

 一通り終わりフェザーはアンジェリカの前に立った。

「続きを見に行きましょうか」

「はい。それで、えっと……」

 ちらりとルナの方を見る。

「僕……私は行く所があります。この先はお二人でお行きになってください」

「待って!」

 今まで出すことのなかった声が寂れた村に響く。アンジェリカは背中を向けるルナを引き止めた。

「まだ、返事を聞いおりません。返事を、聞かせてくださいますか?」

「先ほど承知したとお答えしたと思いますが」

 首を傾げながらルナは言う。

 確かに返事はそれで十分だろう。でもアンジェリカにはそれだけでは不満だったようだ。

「友達に畏まった敬語を使われるのは嫌です。承知したと言うのでしたら、それをちゃんと行動で示してください」

「……ではアンジェと、そう呼んでも構いま……いいですか?」

「はい私もルナと呼びますね」

 アンジェリカは満面の笑みを浮かべた。ルナは少し照れくさそうに顔を伏せ、右腕を地面と平行にするように曲げてアンジェリカの方に差し出した。

「でも忘れないでください。私はアンジェの友達であると同じく、アンジェリカ姫を唯一覚えている騎士だということを」

 腰を折って頭を下げた後、ルナは岩場の向こうへと去っていった。

 彼の後姿を見つめながら頭の隅に何か引っかかるものを感じていた。アンジェリカにはそれがどういう引っかかりなのか分からない。

 呆けている彼女の肩にそっと手を置いたのはフェザーだった。抱くような形でアンジェリカを導いた。

「いっつもああなんです。気にせず次にいきましょう」

 導かれて向かったさきはこの岩場の反対側、そこに岩を積んでできた門だった。そこに地下に続く穴があった。人間横並びで通るには少し狭いが高さは十分にとってあるようだ。

 二人は暗く狭い穴を先に進んでいく。少し歩くと穴の向こう側に光が見えてくる。どういった原理なのか、電球のようなものは見当たらずに壁そのものが光っているようだった。

 光の中は大きな空間になって、見える限りで十数個の穴が開いていた。

「あれ? フェザーさん、珍しく入ってきたんですか?」

 穴の一つから偉丈夫が顔を出した。白のタンクトップから出た腕の先は大きく広がり土竜のようになっていた。土がこびりついている所を見ると、少し前まで穴を掘っていたのだろう。顔や服にも土がついている。

「こんにちは。アンジェリカ姫が目を覚ましたので紹介にきました。作業は終わりましたか?」

「呼んでくれればこっちから行ったのに。で、お姫様はどこです?」

 こちらにと、フェザーは男から隠れた位置にいたアンジェリカを見える位置へ誘導した。

 現れたアンジェリカを見た男は一度笑顔を浮かべてから真面目な顔になる。片腕を腹の辺りに持っていき、深く頭を下げた。

「お初お目にかかります。この村の村長をしているディグマンです。お見知りおきを」

「はい。えっと、私は」

「アンジェリカ姫、この国で知らぬ者はおりません」

「アンジェとお呼びください。もう姫ではないのです」

 俯いて地面を見る。まばらに光る粉が地面も地下を照らしていた。

 何度も言いたくはないことだった。愛し愛されていた家族がもう死んだと言うことは、アンジェリカには辛辣なことだ。ここに誰もいなかったなら泣き声が響いていたことだろう。

 ディグマンは自分の手を見やり、それからアンジェリカを見て近づいた。地面が暗くなったからかアンジェリカが顔を上げると、そこにあったのは大きな土竜の手だった。

「私の掌には小さいですが肉球がありまして、自分で言うのも恥ずかしいですがやわらかいです」

 目を細めると大きな掌には小さいが確かに肉球があった。ディグマンは空いているもう一つの指の先で肉球を指した。触っていいと言っているようだった。

 そろそろと指を伸ばすアンジェリカだが、触る手前でディグマンの顔を見た。彼が一つ頷くとアンジェリカはほんの少しだけ笑って肉球を突いた。彼女の指先はほんの少し肉球に沈んで皺を作った。

「やわらかい!」

「だろう。子供達には内緒ですよ?」

 ニッと笑ってアンジェリカの頭を撫でた。起きてから今まで一番の笑顔であった。

少しずつでも、進めていきます。

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