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一章1-2 名も無き村(1)

 コトコトコトコト、何かを煮ている音が響いている。

 家の中に充満する匂いはシチューのもの。一階すべてに充満し、中央の階段を一段飛ばしで上り斬り傷が床や壁につけられた部屋にも漂っていく。

 部屋唯一の窓の近くにベッドが置かれていた。誰か眠っているのだろうか、金色の髪が無造作に散らばり鼻から上を隠していた。時々ひくひくと動く鼻は小動物を思わせる。

 窓が開いているのかカーテンが柳のように揺れ、外から朝焼けの冷たい風が流れ込んでいる。

 少女のすぐ隣に赤髪の女性が座っている。長い髪と女性の背から生えた翼がゆらりと揺れていた。第三者がいれば天使が舞い降りたかと驚くことだろう、妖艶な雰囲気を持つ女性だ。頭が前後に船を漕いでいる。

 ピクリと耳の辺りの髪が跳ねて女性は顔を上げた。優しい翠色の瞳が少女を見つめた。

「お姫様、おはようございます」

 声に反応して眠っているはずの少女の体がびくんと動く。

 もそもそと起き上がり、同時に金髪の髪が左右に分かれると、その奥から硝子のように透き通る肌と蒼い瞳が天使を見返した。

「お、はよう、ございます……あの、ここは?」

「大丈夫です。あなたを襲うような人はここにはおりませんよ」

 天使は姫に近づき、頭を撫でる。それがくすぐったかったのか少女は目を瞑り首を反らす。

「起きましょう。下にご飯を用意してあります」

「え、と……あの……」

「フェザーです。翼という意味ですよ」

 背中の翼は自由に動くらしく、フェザーはそれを広げる。その大きさは部屋の壁から壁に至るほど巨大。起き上がる前の少女はその大きさに身を縮こませる。

「驚かせちゃいましたか?ごめんなさいね」

「い、いえ……フェザー、さん」

「呼び捨てでかまいません。さ、ご飯にしましょう」

 フェザーは少女の肩を抱く。

「あ、あの……」

 少女はその腕を拒むことはしなかったが、思い悩むことがあるのか手をとってギュッと握り締める。

「名前……、あの、私……」

「アンジェリカ・フェルディナント・アーサー。フェルディナント王家第一王女殿下であらせられます。合っておりますか?」

「え、あ、はい!」

「すいません。学がありませんもので、無礼をご容赦ください」

 言葉上謝っているが、抱きかかえている腕を離すことはしない。

 驚いていた少女だが何を考えたのか悲しそうな表情をした。

「どうかされましたか?」

「いえ……、よく知っていますね」

「はい。家族に一人、アンジェリカ姫のことをよく知っている子がいるのです。ご飯の後に会いに行きましょうか。彼も会いたがっていましたから」

「はい。……あの、私のことはアンジェとお呼びください。姫と呼ばれるのは、あまり好きではありません」

「かしこまりました、アンジェ」

 起き上がったアンジェリカはフェザーの豊かな胸の下ぐらいの背しかない。線の細い身体は押せば倒れそうなほど弱弱しい。

 フェザーに寄り添いながら階下に行くと広い部屋に繋がっていた。降りてまっすぐ先の壁に炊事場が備え付けられ、そこに初老の男が白いエプロンをつけて立っていた。

 手は淀みなく動き、その度に何か分からない食材を刻む音が響いている。

「もう少しお待ちください。王宮のものに比べれば粗末なものではありますが、お食事を用意しております」

「起きる頃にはできると豪語していませんでしたか?」

「作りすぎてしまってな。すまないが姫が退屈しないようこのあたりでも案内してさしあげてくれないか?」

「あ、あの。ここで、待ちま、すよ?」

 引っ込み気味にアンジェリカが言うと、男は手を止めて振り向く。右目を縦に斬られた痕があり、厳つい顔がさらに厳つく正面から向き合えば十人が十人身を竦ませるだろう。フェザーよりもさらに頭一つ分高い背がより相手を怖がらせている。

「ここにいる皆、姫のことを一目見たいと思い殿下が起きるのをずっと待っておりました。どうか顔を見せてやってください」

 顔に似合わず優しく微笑んで料理に戻る。アンジェリカはそれ以上何も言えずに立ち尽くした。起きてからしばらく経ち、足もしっかりと地面を捉えている。フェザーも傍らに立つだけになっていた。

 アンジェリカは顔だけ振り向いてフェザーを見る。どうすればいいか分からないと顔が訴えている。

 その頭に手を乗せた後に微笑む。

「ウルの言う通りにしましょう」

 肩をぽんと叩いてから、壁にかけてある厚手の上着をとりアンジェリカに被せる。

「はい……、行ってきます」

「お気をつけて。フェザー、しっかりとエスコートしろ」

 承りましたと言ってアンジェリカの手を引く。

 手を引かれて連れて行かれた先は家の外、たった一枚の扉で遮られた向こう側は家の中のように清潔で綺麗に整えられた空間からはまったく想像できない場所だった。

 出てきた家以外に壊れていない家がない。どれもが半壊あるいは全壊してその中を曝け出している。アンジェリカから見える範囲だけでもまともに建っている家は出たばかりのところだけだ。

 壊れた家以外には何も見えない。道路もそこに添えられる街路樹も足元を照らす街灯も無い。そもそも緑の大地がない。あるのは苔すら拒絶する砂の大地。人を拒絶するこの土地に人が本当に住めるというのだろうか。

「アンジェ、こちらへ」

 手を引かれる。道なき道の向こうへ。

 二人が歩いている周りにも何もない。ただ道なき道をフェザーに連れられてアンジェリカは歩き続ける。

 と、そこで見つけた。

「え……?」

 三日月。少し離れて岩が積み重なっている場所。その頂点にある一段と大きな岩の上に、昼間にも関わらず目につく形でソレがあった。

 一瞬目の錯覚かと思いアンジェリカはぎゅっと強く目を閉じる。そしてもう一度目を開く。

 そこには先程と変わらずに三日月があった。

「近くに行かれますか?」

 岩場の上にある三日月を凝視していたアンジェリカの横に並び、同じようにソレを見上げる。

「あの、は、……はい!」

「では、行きましょう」

 二人は歩く方向を変えて岩場を目指した。

更新を優先していくことにしました。

きりのいい箇所でどんどん更新していきたいと思います。

()でつながっている部分はつなげていこうと思っているので、出だしや終わりが不自然な感じになると思いますが、よろしくお願いします。


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