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一章1-1 月の刃を持つ少年

 陽がまだ頂点に達する前、パシャパシャと水を撥ね上げる音と荒れた吐息が廃れた村の中に響いていた。

 廃れた村には人が住んでいるような気配はなく、代わりに荒らされたような痕が周りの家屋から見受けられる。

 ここはそういう場所だということを、知識が足りなくても理解できるには十分な要素だった。

「は、やく……!帰ら、なきゃ……!」

 幼い女の声だ。ひどく焦り、所々で息切れをしている。かなり早いペースで声の響く場所が移動しているようだ。

「ここに逃げたぞ!追え!」

 少女が入ってきた村の入り口付近で野太い男の声が響いた。続いて数人の足音も聞こえてくる。

 その音に驚いたのか、道に落ちていた小さな石に躓いて転ぶ。だが自分の状態を確認するよりも先に、少女は一つのことに意識が向いていた。

「隠れ、なきゃ」

 周りにある廃屋の一つに足を引きずりながらも入る。中は荒らされた形跡がいくつもあり、人が住んでいるようには到底思えないような有様だった。

 中を確認したが、どこも最初にみたところと同じ、何度荒されたのわからないような状況だった。

 時間がないと思いながらも部屋の中を入念に見て回る。

 床板も所々はがされて抜け落ちている。少女はその一つに素早く身を滑り込ませる。中は土と埃で息をするとすぐに咳き込みそうなほど汚かったが、少女は荒れている息を無理やり抑え、なるべく息をしないようにした。

 足音がだんだん近づいてくる。

 このまま通りすぎて、少女は狭い床下で両手を組んで祈る。

 足音が近づいてくる。結ばれた手をさらに強く握って、キュッと目を閉じる。

 大丈夫、大丈夫。心の中でそう言い聞か続ける。

 足音は近づいた後、ゆっくりと離れていく。

 助かった、少女は一息つきながらもそのまま足音が完全に消えるまで耳を澄ませる。足音が遠くなっていくに連れて、少女の鼓動はゆっくりになっていく。

 足音が完全に消えてから、数分待ってから少女は入ってきた場所から顔を出す。それから辺りを見渡して、人がいないことを確認する。

 そこから体を外に出して、部屋の中を見て回る。部屋の中からから貴金属や装飾品のような金目のものは一切見当たらなかったが、金目になりそうにないものは残っている。たとえば、布団など。

 残っていた布団をいくつか引きずるようにして先ほど隠れていた穴に持っていき、中に押し込む。ついでに食料になりそうなものも物色してみるが、どこを探してもなかった。

 再び穴に戻り、穴の奥のほうに布団をひき、その上にゆっくりと寝転がる。

 一度安心だと思うことができたからか、寝息は早く静かに聞こえ始めた。

 少女が寝てから数時間後、どこからか音が聞こえてきた。何かを斬るような音、澄み切っているがゆえにその音はあまりにも静かだった。

 その音は少女を中心に周りを近づいたり遠のいたり、それでも少しずつ近づいてくる。

「ここか」

 最後にすぐ近くで声が響いた。

 廃れた家の入り口に少年が現れた。服装は着崩れていて簡単なものだった。顔全体を覆う白面のため顔はわからない。白のシャツと眺めの黒いズボン、上のシャツには所々に斬られたような痕があった。

 何に斬られたのか。それは少年の風貌を見ればわかる、その姿は異様だった、その腕が。

 まるで、夜空に浮かぶ三日月を思わせる腕。肘から先の部分に人としての形は残っていない。前腕から指の先にかけてまでの異形。触れればたちまちすべてを切り裂いてしまうような刀がそこにはあった。

 少年は部屋の中を見る。床にたまる埃がある部分ない部分によって道を作っていた。その道をたどると床に開いた穴に続いていた。中を覗こうとしたが、少年は思いとどまった。穴の中を覗きこむにはどうしても手を床につく必要がある。彼にはどこにいるかわからない少女がこの穴の中にいる以上、不可能なことだった。

 覗くことを諦め踵を返す。外からは足音がいくつか聞こえてきていた。

「ここだ!この家だけ無事だぞ!」

 聞こえてきた野太い声が足音と共に近づいてくるのがわかる。そしてガタイのいい男達が四五人、鉄の棒を片手に現れた。明らかにここにいる少女を迎えにきたという風情ではない、だが少年の味方という様子でもなかった。

 廃屋の入り口に立つ少年を見つけると、棒を肩にかけて睨みつけている。

「何もんだ、テメエ」

 少年はその問いに答えず、両腕を交差させた。

 男達がどよめく。

 二振りの長い刃に見えたからではない。その両腕そのものが刃であったからだ。

「テメエ……まさか混血か?」

「だとしたらどうする」

 初めて口を開いた少年の声は重く静かにその場に響いた。男達は少しずつ後ろに下がっていく。

 リーダー格の男も同様に下がっていくが、一二歩下がった後、少年を睨みつけた。

「テメエが庇おうとしているのは、お前達混血を迫害している王都の人間だぞ。それを分かってんのか!」

「ああ、こいつは確かに王都の人間だ。混血をよく思わない人々だ。だが、それでも約束した、必ず守ると」

「金でも握らされたか! そんなものがお前みたいな混血にどれほど役に立つんだよ!」

「金になど興味はない。俺はただ約束を果たすだけだ」

 これ以上何を言っても無駄。少年はその両腕を振るい、左右にある玄関先の柱を切断した。達人が業物をもってすれば容易に切れるようなものだが、それを少年は自らの腕でやってのけたのだ。

 それをきっかけに男達は踵を返して逃げ去っていった。

 男達の姿が完全に消えた後も少年はただそこに立ち待ち続けるしかなかった。彼には床の下で眠る少女を助ける術がなかったからだ。

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