着ぐるみ様
――遙か昔のことです。
村の近くにある大きな沼に、巨大な蛇が住み着きました。
村の作物や建物に危害を加えるので、人々は蛇を大変おそれました。
それでも勇気を出して、何とか余所の土地へ移ってくれないかと相談を持ちかけたところ、蛇はそれを受け入れる代わりに、ある条件を出しました。
「身の丈六尺ある大きな男女を生け贄として寄越せ」
村人達は困り果てました。この村には、そんな背の高い人間などいなかったのです。
でもこのままでは食べるものが無くなり、皆死んでしまいます。
その時、ある若い男が言いました。
「わしら夫婦が草木を編んだものを身にまとって、大きくなればいいのだ」
男は勇気は勇気がありましたが、その妻は大変な卑怯者で、夜な夜な一人で川を越えて逃げだそうとしたのですが、途中で足を取られ、そのまま溺れ死んでしまいました。
村人はその行為に怒り、水を含んでぶくぶくに膨らんだ彼女の亡骸を、武器や農具で何十回も突きました。
情けなく死んだその女の代わりに、密かに想いを寄せていた長老の娘が名乗り出て、男と新しく夫婦になりました。
かくして、夫婦は互いの身体に草木で作ったぶかぶかの服や、頭がすっぽり入る、人の顔をかたどった帽子を纏って六尺の大きさになりました。
そして、蛇に食べられやすくするため、己の身体を様々な武器や農具で何十回も突かせ、立派な生け贄となったのです。
生け贄に満足した蛇は何処へと去り、村には平穏が訪れたのでした。
その後、村のために命を捧げた一組の夫婦は「着包様」として村の守り神となり、自己の保身のため逃げだし死んだ女は「着膨」として忌みの対象となって、その行いが後世まで伝えられるようになりました。
「着ぐるみ(ぬいぐるみ)の起源について 包村にまつわる伝承」
(昭和5年 村の古老より伝え聞く)
「け、健吾さん、帰ってきませんね……。み、美佳さんも……」
日が暮れても一向に帰ってこない二人を、貢達三人は下駄箱の前で待っていた。
「や、やっぱり、何かあったんじゃ……」
猛は腕を組み考え込んだまま、言葉を発しない。
「せ、せ、先生! さ、捜しにいきましょうよ! このままじゃ、大変なことになります!」
貢の思い切った言葉に猛が振り返り、そのまま貢をじっと睨んだ。
「想田……。お前がそんなことを言うとはな」
「ご、ごめんなさい、生意気なこと言ってしまって」
「違うよ、褒めたんだぞ?」
「……え?」
「いっつも怯えてばっかのお前が、自分から勇気のある提案をした。しかも普段自身を邪険にするやつを助けるという、成長したな」
「せ、先生……」
「わかったよ、捜しに行こう。南は自分の部屋で待っていてくれ。もし俺達が帰らなかったら、村の人達に報せるんだ」
「私も一緒に行きます」
「ダメだ。二人が戻ってくるかもしれないだろ? それに、全員行って全員が危険な目に遭ったらどうする?」
「危険な目……?」
「わかりました……」
不安げな表情を浮かべる南を残し、猛と貢は懐中電灯を手に、外へと出て行った。一体、この辺境の小さな村で何が起こっているのか。沈みゆく太陽に、南は自身の虞れを投影せずにいられなかった。そうしていると、子供の頃の忌まわしい記憶がよみがえる。
――私を誘拐しようとしたのは、着ぐるみ。そして、今いる場所も、着ぐるみの村。
背後に蠢く因縁を感じ取り、彼女は身震いした。
(続く)
次回更新は10月29日18時です。