行動継続
「ねぇ、あいつの目的って何だと思う?」
「さあな。個人的な恨みでないとするなら、当然、龍に関係してるだろう」
既に大学を出てから三十分ほど経っていた。
「やっぱりそうだよね」
ちらちらと上を見るが、まだ赤い線が消える様子はない。見るに堪えない光を放ちながら、空に浮かんでいる。
あの中学生少女、一兎如月が誰かの恨みを買うような人間でないということは、二人ともよくわかっていた。漫画のような表現で申し訳ないが、天真爛漫という言葉がよく似合う女の子である。十家の中で、最年少であるにも関わらず、それでも物怖じせず元気に振る舞っている。
勿論この世に生きている限り、誰にも悪影響を及ぼさないことなんて不可能ではあるとわかってはいる。それでも、一兎が誘拐されるほどの強い憎しみを持たれることなんて、そんなことは考えられない。
だからこそ、この誘拐の目的は龍に関することだと思っていた。だが、それが具体的に何かと言われれば、よくはわからないというのが実際の気持ちだ。
一兎を攫うことで、何をしたいのか。
いわゆる動機である。一般の事件でも犯人の動機を知るというのは重要なことで、隅に置いておくわけにはいかない。
そもそも、何故天狗の奴は一兎家にメッセージを残したのだろうか。そんなことをしなければ、正直ここまで早く行動はできなかっただろうし、手がかりさえない。
まず、普通に警察に頼り、捜査が行われていたはずだ。そうなれば、僕だってこの『眼』を使わなかったとは言わないまでも、多少使うまでに時間を要しただろうに。
あいつは完全に狙いを僕たちに絞っているのか? それが動機?
あえて天狗という単語を残すことで、一般的な犯罪とは違うのだと認識させ、その結果僕たちが助けに来ることを望んでいる。
そう考えると、今この状況も奴の手の中ではないのかと思ってしまう。
目的は、復讐か、怨恨か、はたまた……。
鳴鹿が抱きついているはずの背中に、不意に寒気が走る。
「そういえば、そろそろどこに向かっているか教えてくれてもいいでしょ。私には見えないんだから」
そんな僕の心中を知ってか知らずか、後ろから不満そうな声が聞こえてきた。そういえばまだ言ってなかったか。そんなことも忘れるとは、本当に焦っているようだ。
というか、今回ばかりは見えなくて羨ましいと思っている。あんなもの、見えない方が絶対にいい。主に精神衛生上。
「目の前に山があるだろ。あれの真ん中よりちょっと上くらいだ」
早く教えろという無言の圧力を背中に感じたので、鳴鹿に線の行き先を伝えてやる。
山の名は神鳴山と言って、町のど真ん中に鎮座している。はるか昔、その山には神がいたとかいないとか。なんともあやふやな由来ではあるが、実際のところはよく知らない。その山は大学からでも見ることができて、標高はそこまで高くない。が、その山に登る人はほとんどおらず、むしろ住民からは忌避の対象とされていた。
なんでも、恐ろしい化物が住むとか、登った人が後日遺体で発見されたとか。妙な噂が絶えない地である。それだけならば、度胸試しに、とでも若者たちが行きそうなものだが、そんな話を聞いたことすらなかった。肝試しにも使われることはなく、今や入口は完全に封鎖されている。
案外、化物って噂は正しいのかもな。
口には出さず、天狗のことを思い浮かべる。
とにかく、その神鳴山の中腹よりほんの少し上に登ったところで線は途切れていた。
「うぅ、神鳴山、ね」
「なんだよ、不安なのか?」
あからさまに嫌そうな声が返ってきたので、少し挑発をしてみる。
「龍の末裔ともあろうものが、しかも象徴である『角』を元とする鳴鹿家、その長女の鳴鹿菊秋サンが、大学生にもなって、たかだか山を怖がるのですか」
「……九鬼くん?」
「いやぁ、珍しいこともあるもんですな。いつもは声高々に説教をしてきて、いざこういう場面に遭遇したら怖気づくとは。鳴鹿にも女の子らしいところがあったんだっっったぁ!」
横っ腹をつねられた。思いっきり。
バイクが左右に揺れる。
「ちょっと、無駄口叩いてないでしっかり運転しなさいよ。助けに来た方が事故で病院送りだなんて、笑い話にもならないわ」
その原因となったやつが何を言っているのか。
「返事」
「ゴメンナサイ」
顔を見ずとも、怒り始めているのが伝わってきた。何だこれは。これがオーラか。
どっちが鬼なんだか。
それから五分後、再び鳴鹿から声をかけられる。
「九鬼くん。さっき私が大学で躍如さんに電話していた時、貴方も誰かにかけていたわよね、すぐに切っちゃったみたいだけど。あれは誰だったの?」
質問の多い人だ。少しは自分で考えてみようとか思わないのかね。
いや、あれから結構経っているし、考えた結果わからなかったのかな。それか自分の導き出した答えが合っているのかの確認か。
沈黙でいると、また圧力をかけられてしまうのですぐに応える。
「先輩だよ。あの」
その瞬間、背後でやっぱり、という声が聞こえた。どうやら後者のようである。
「衣隠さんか……なんて言ってたの?」
「電話にすら出なかったよ」
それを聞いた鳴鹿の溜息が聞こえたので、僕もつられて息を吐き出す。
「あの人は……もう少し自覚を持ってほしいわよね。龍の末裔としての」
呆れかえったような声が聞こえるが、それには僕も賛同するしかなかった。
「ん? そういえば貴方さっき、私がみんなに連絡した方がいいって言ったとき反対したわよね。それなのに自分はちゃっかり衣隠さんに電話してたわけ?」
先ほどの呆れ声から一転、急に問い詰めるようなものに変わった。
「仕方ないだろ、あの人には協力してほしかったんだから。この時間で自由に動けるのって、あとは衣隠さんくらいだし。車も持ってるんだし」
その作戦は失敗に終わったのだが。
おおかた、昨日もお酒を飲み過ぎて潰れているのだろう。大して強くもないくせにバカみたいに飲むのだから仕方のないことだけれど。
それと、もう一人自由に行動できる人がいないこともないが、彼は例外というか、躍如さんからのメールも届いていないだろう。
というか携帯持っていない人だし。
なので、現状救出に行くことができるのは僕と鳴鹿の二人だけである。さっきも言ったが、少数精鋭の方が統率をとることができて何かと便利なのだが。
ただ本当に危なくなった場合、さらに助けを呼ぶことも致し方ない、やっぱりさっきも言った通り、みんなに声をかけるのだけは、した方がいいかもしれないな。
何かあったらすぐに駆けつけられるよう、準備をしていてくれ、と。でも、できれば僕たちだけでケリをつけたいところだ。
そんなことができる相手ではないかもしれないけれど。
もう一度空を見て呟いた。
「なんだか意見があっちこっちへいってるな」
前を見て走れと殴られた。




