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天嵐の龍  作者: 誇張蘭
第一章 兎攫いの狗
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行動開始

 たったの二文。

 しかし誤字も見受けられ、よほど焦っているのだろう。それも当然のことだが。

 九鬼は鳴鹿に引っ張られるようにして講義室を出た後、言われるがままスマホを確認していた。その後、大学を出て行動を共にしている。


「警察には電話してないのかな」

後ろから不安そうな声が聞こえてきた。

「しても無駄だと思うけどな」

上空に気を配りながら、言葉を返してやる。

 現在九鬼と鳴鹿は、大学の近くにある大通りをバイクで疾走していた。

 如月の母、躍如からの連絡を受けて移動を開始したのである。

 九鬼の方が、高校時代に普通二輪の免許を取得していたので、後ろに鳴鹿を乗せての運転だ。彼女は腕を九鬼の身体に回して、きつく締めてくる。安全のためでもあるだろうけれど、不安な気持ちの方が大きいだろう。

「場所は? わかるの?」

再び後ろからの問いかけ。

「大丈夫だ。任せとけ」

そう言った九鬼の目は、少し赤みを帯びているようだった。

 あらゆる地形を直線ルートで移動できるであろう天狗の位置を知るのは、普通の人間にはほとんど不可能と言ってもいい。

 警察に通報しても無駄だと言ったのは、それが原因でもある。だいたいが、誘拐犯が天狗だと言っても信じてもらえるわけがないし、もしも言わないまま相対した場合、どういった被害がでるかわかったものではない。

 相手は人外の生物なのだ。だからこそ一般の考え方では余計な混乱を招くし、そもそも居場所がわかるまい。

 だがしかし、そこは龍の一部の末裔。その家ごとに特性が備わっている。

 龍の右目から生まれた九鬼家は、その目を遣うことで人外のおおよその位置がわかる。

 ただしその生物が、力を使ったときに限り、だが。そうれなければ、目の前がぐちゃぐちゃになってしまう。そういった生き物は自分が考えているよりも、いたるところにいるのだから。

 かつて伝説の存在である龍は、その目をもって人々を危険から退けてきた。人に仇なすものがいれば、そのものを見つけ出して排除してきた。

 その名残と言われているが、この特性を持っているのは九鬼家だけである。他の部位から生まれた八の家は当然として、左目から生まれた一兎家すらもまた別の特性を有していた。

 そしてこの特性は、力とはまた別のものであることを覚えておいてほしい。九鬼家の『眼』は、あくまでも龍の特性。人外としての力はまた他にあるのだ。

 今現在、かの天狗はその力を使っていないようであるが、ほんの少しだけその痕跡を見つけることができた。おそらく、一兎を攫ったときに使用したものだ、しかしこのまま時間が経てば消えてしまうだろう。

 過去に使われた力、その痕跡は通常数時間もすればなくなってしまう。(ちなみに、あまりにも離れていると感知そのものが不可)そうなる前に辿り着かなければならない。懸命にバイクを走らせて、のろのろと前を走る車を抜かしていく。

「場所がわかっているなら、他の人に連絡した方が良いんじゃないの?如月さんが誘拐されてから、もう結構時間も経っているし急がないとだめだよね? 躍如さんの方は大丈夫かしら、娘が誘拐されたとなったら心配で居ても立っても居られないはずだし」

信号につまずき、早く青になれと念じている時、三度目の問いがあった。

「いや、まだ場所の特定はできていないんだ。俺のはそんなに性能のいいもんじゃないからな」

九鬼に見えているのはあくまでも、使用された力の名残であって、天狗本体の居場所ではないのだ。

「それに、もし仮に奴のいるところがわかったとしても、そこに一兎がいるとは限らないだろ。まず第一にするべきことはあの子の安全を確保だ。よくわからん天狗野郎とやり合うのは、できれば避けたいくらいだしな」

ようやく信号が変わり、交差点を通過する。

「だから下手にみんなを集めないで、今は俺たちだけで行動しよう。少数精鋭ってやつだよ。大人数で行ったら奴にバレちまうかもしれない。ただまあ、すぐに動いてもらえるように、話だけはしておいた方がいいかな」

そして、少し冷静になれよ。と言う

 その言葉に、鳴鹿はハッとさせられた。

「お前は頭もいいし真面目だし人のために何かやらなきゃって思えるやつではあるけれど、たまに焦ると周りが見えなくなるからな。……昨日の説教みたいに」

そう言って、最後に歯を見せて笑う。

 その姿に少し気持ちが楽になるのを感じた。最後のおどけたような言い方に、ちょっとだけ顔をほころばせてしまう。がしかし。

「私の心をほぐしてくれたことには礼を言うわ。ありがとう。でも」

 そこで大きく息を吸い、

「前を見て走って‼」

 腹の底から声を出した。


 九鬼言葉は焦っている。

 先ほどは、見るからにテンパっていた鳴鹿を落ち着かせるために、冷静に冷静にと努めてきた。人間、自分より焦っている人を見ると少し落ち着くものである。だが本当のところ、九鬼の方も完全に平静ではいられていない。

 それは、まだ中学生である一兎が攫われているからでも、未だその場所が特定しきれていないからでもなかった。

 つまり九鬼にしかわかっていないこと。


 天狗の強さである。


 九鬼の『眼』には、天狗の力の名残が見えている。上空に浮かぶ赤い線のようなものが一直線にある方角へ向かって伸びているのだ。それ自体はおかしなことではなくて、正常に『眼』が働いている証拠である。

 しかしその赤い線が放つものは、まったくもって正常ではない。

 異常だ。

 あまりにもまがまがしく、こういったものを見慣れているはずの九鬼でさえ、目をそらしたくなるような。

 目を覆いたくなるようなものだった。

 ただ、その見た目だけが天狗の恐ろしさを伝えているわけではない。

 躍如からの連絡を受け、講義室を出た二人はすぐに直接彼女に電話をしていた。その時の内容がこうである。

 

 昨日の夕方、躍如は一旦自宅に帰った後、夕飯と書置きを残して仕事へ戻った。それは泊まり込みになるそうで、いつ帰られるかもわからないと。

 しかし、次の日、つまり今日の午前中に、資料が必要になったため一度帰宅をした。そこでリビングに放置してある娘のリュックと、割れた窓ガラス。テーブルに置いてあった天狗からのメッセージを発見したらしい。


 ということは、一兎は学校を終えてから帰宅をし、その後もう一度出かけたのだろう。彼女のことだから、また自分イジメにも等しい走り込みをしに。そこで天狗に捉えられた。

 もしくは、下校途中に連れ去られて、天狗がリュックとメッセージを家に残したか。

 それがどちらなのかはわからないが、この際それはどちらでもいい。

 今問題なのは、犯行が行われたのが昨日のうちであるということ。つまり、事件が起きてから既に十二時間以上は経過しているということだ。

 それなのに、あの赤い線は未だあんなにも光を放っている。おどろおどろしい光を。

 もはや、存在していること自体がおかしいのに。

 普通なら、これほど時間の経った痕跡はもう消えていてもおかしくはない。ついさっきまで九鬼自身も消えるだろうと思っていたし、だからこそ、その前に見つけなければとスピードを上げていた。なのにだ。

 遥か上空で光るそれは、本来であれば見ることも難しい高さにあるそれが、こんなにもはっきりと『眼』に映る。

 そしてそれは、力の持ち主の強さを示していた。しかも肉体的な強さではなくむしろ内面。精神的なものであると感じられる。

「そっちの方がヤバいかもな」

焦りから出た言葉は、バイクが風を切る音に消されて後ろに乗る鳴鹿には届かない。

 九鬼が先に言った、やり合うのは避けたいという言葉。

 あれは、本当に天狗を恐れての発言だったのだ。


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