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天嵐の龍  作者: 誇張蘭
第二章 伝説殺しの英雄
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おわる

 数日もしないうちに、久散さんの意識は戻った。傷跡は残るものの、心身への後遺症はないそうだ。彼が目覚めたときの未朽さんへ向けた第一声が「君と無朽は、大丈夫かい?」だったことは、父親としての愛情を強く感じる部分であった。

 俺が目覚めたとき、彼女はプロポーズの時よりも泣いていたと、後日久散さんに教えてもらったが、それに関して本人に何か言うことはなさそうだ。

 話題に出すと怒られそうだし。

 そういえば無朽ちゃんに関しても、久散さんの手術が終わると同時くらいで目を覚ましていた。

 今回の事件において、その渦中にいながらも一切の傷を負わずに生還した子だが、しかしこれに関しては謎しか残っていない。

 よもやあの青年が子供好きとは思えないが、たとえそうだったとしても憎き蛇の親族を見逃すだろうか。

 赤子だという理由で情けをかけるような人種ではないはずだ。

 それは、未朽さんから彼との戦闘の話を聞いてみても変わらない印象である。

 こういう言い方をするのはあまり好きではないが、しかし事実に即して言うのであれば、血の繋がらない夫よりも、末裔としての血繋がある娘のみを狙ったと言われた方が説得力がある。

 やはり、何か理由があったのだろう。

 しかしそれを推測するには彼についての情報が少なすぎる。

 青年についてもそうだし、英雄の一族についてもだ。いっそこの場合、青年と一族は切り離して考えた方がいいのかもしれないが。

 情報と言えば、事の発端であるこの青年に関する情報を持ってきた御土のじいさんは、あれから姿を見せていない。どうやら藁さん経由で今回の顛末については連絡がいったそうだが(あのじいさん相手に直接コンタクトが取れるというのは、流石と言わざるを得ない)しかしだからと言って後日僕のところに顔を出すなんてことはなかった。

 正直に言って、ここまでの大事に発展するとは想像もしていなかったので、それについては少し話したいこともあったのだが、わざわざ呼び出すというのも何か違う気がする。

 きっとまた遠からず会うだろうし、そのときにしよう。

 来る時が来れば、おのずと向こうから声をかけてくるはずだ。

 今回のように。

 姿を見せないと言えば、もう一人。

 衣隠さんもここのところ見ていない。

 あの人は用があろうとなかろうと、暇だろうと忙しかろうと、とりあえずで絡んでくるような人なので、それがぱたんと途絶えたのには違和感を覚える。

 寂しさではなく違和感だ。

 大学構内でも姿を見かけないし、連絡に対する返答も未だにない。

「そういえば確かに見かけないわね。私は九鬼くんほどあの人と話すことはないから、あまり意識してなかったけれど」

 鳴鹿にも聞いてみたが、結果は芳しくない。

 そもそも確かに、校内で二人が一緒にいるところを見た記憶もそんなにないので、鳴鹿にしてみれば君が知らないのに私が知っているわけないでしょと言いたいだろう。

 とはいえ衣隠さんが普段から、真面目に無遅刻無欠席で授業に出席している姿も想像できない。休みたければ躊躇わず自主休講を選択しそうな人だしな。

 ただ、音信不通なのはどういうことだろう。

 少し前の僕であれば、衣隠さんなんだから大丈夫だろうと、微塵も疑うことなく公言することもできただろうが、しかし今回の一件があったと思うとそうも言っていられない。

 だが、向こうから何の音沙汰もない以上、どうすることもできない。

 それこそ藁さんにでも頼んでみようか。

 いや、その前にもう一度家を訪ねてみよう。

 未朽さんが断乃家から自宅に戻ったあたりで、実は衣隠さん宅にも行ってみたのだが、そのときは留守だった。

 居留守だったかもしれないが。

 なんにせよ、不安材料は十分に残っている。

 衣隠さんのことは置いておいても、今回のスサノオノミオト事件、完全な解決には至っていないのだから。


「そんなことを言いに、わざわざ訪ねてきたのかい。ありがたい話さね」

 数日後、僕は再び蛇沢家を訪れていた。鳴鹿は連れず、一人での訪問だ。未朽さんはもうほとんど回復したようで、大怪我を負っていた素振りも見せない。

 玄関でお土産を手渡し、リビングに通された後、テーブルに向かい合って座る。

 久散さんと無朽ちゃんの姿が見えないが、別の部屋にでもいるのだろうか。そう思って視線を巡らせていたのを勘づかれたのか、

「二人なら狛の家に行ってるわ」

と質問する間もなく回答が飛んできた。

「そうですか、それなら心配はいらないですね」

「心配、ね。そうね、さっきは『そんなこと』なんて言い方をしてしまったけれど、実際本当にそうさ」

 未朽さんは少し声のトーンを落として言った。

「改めて言っておくけれど、あの夜以来、私のところには何も起きていないのさ。勿論、旦那と娘の身にも」

 発せられる声音には、安心よりも不安や疑問の色が多く含まれているように感じられる。しかしそれも当然のことだろう。

 今日の訪問に際して、事前に電話でアポイントを取ったのだが、その時にも先んじてそう言われてはいた。だが見えないところで、本人たちに自覚がないところで何かが起きているのではないかと、この家に到着したときに『眼』を遣ってみたのだが、それでも異物が映ることはなかった。

 それこそ文字通り、目の届かないところで事は動いているのか。

 本当にこれで終わりなのか?

「未朽さんはどう思っていますか」

 当事者の意見を聞きたい。

「そうね、あの青年が生きている以上、終わることはないと思う。そして念には念を、最大限の警戒をするのであれば、英雄の一族を根こそぎ潰さない限り、終わりはないともいえるけれどね」

 後半部分に関しては話が大きすぎてしまう感じもあるけれど、しかし流しておけるほど低い可能性でもない。

 前半については言わずもがな。

 そこで未朽さんは、ただ、と言葉を続ける。

「狛からも情報を得られなかった、あの黒いパーカーの少年。あいつが噛んでいる時点で話はそう単純ではないのかもしれないさね」

 僕たち末裔当主にすら伏せられるほどの存在。

 確かにそれほどの人物が間にいるとなると、予定調和にはいかないだろう。いるのは間ではなく、後ろかもしれないが。

「やっぱり当分は気が抜けないね、特にまた家族が狙われるようなことになったら――」

 そこで言葉は途切れ、未朽さんは短く目を瞑った。

 今彼女の脳裏には、あの惨状がフラッシュバックしているのだろうか。身体の傷は癒えようとも、心に刻まれた深い爪痕はまだまだ残り続けてしまう。それこそ、一族を滅ぼすに至るまで。

 そんな彼女の姿を見ておきながら、かける言葉を見つけられない自分の無力さを嘆いていたところで、未朽さんは目を開いた。

 そこにはもう憂いの色はなく、瞳の奥に静かな怒りを潜ませていた。

 だがそれもすぐになりを潜める。

「彼らの情報については、藁の方でも探ってくれているらしいから、それを待とうか。それより、もう一つ聞きたいことがあるんじゃあないのかい?」

 自分の話はここまでだと区切りを入れてから、未朽さんは僕に問いかけてきた。

 そうだ、本題は二つある。

「あれから衣隠さんと連絡が取れません。未朽さんは、何か聞いていませんか」


 英雄の一族を発端とした今回の事件が起き、未朽さんが死闘を繰り広げたあの日から一週間以上が経過していた。

 しかし、依然として衣隠さんとの連絡はつかないまま。

 大丈夫だろうという言葉の薄さは、嫌という程思い知ったばかりだ。


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