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天嵐の龍  作者: 誇張蘭
第二章 伝説殺しの英雄
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無意予想

「藁様からの緊急連絡があった後、ご当主様は未朽様の元へと駆けつけました。その際、断乃家内でどのようなやり取りがあったかは、私にも知らされておりません」

 最初からそんなつもりはなかったが、やはり紅葉さんを問い詰めても意味はないようである。但し、あえてそんな言い方をしたからには何かがあったということなのだろう。

 何もなかった、ということはないと言外に伝えてくれているようでもある。

 それにそのうち向こうから何かしらの連絡が来るだろう。当然砂舟家を通じてだが。

「その藁はどうしたんだい」

「申し訳ございませんが、断乃家へ連絡を入れられた後のことは存じ上げておりません。未朽様をここへ運び入れた後、こちらからその報告をしたとは聞きましたが、それ以上のことは」

 どうやら紅葉さんは直接やり取りをしていないらしい。言葉通り申し訳なさそうな表情で答えを返してくれるが、そんな顔をされるとそれはそれでこちらも居たたまれなくなってくる。

 しかし必要な連絡だけをして、その後は干渉しないというスタンスは昔から変わらないようだ。彼とは年の頃も近く、恐らく向こうが一つ二つ上だったくらいのはずだ。末裔の各家の現当主においては、お互い年長者の部類に入るため他の人よりかは話すことが多かったように思う。

 あくまでも相対的に多いのであって、特段仲良しではないということはキチンと示しておくが。

「藁様は、何と言いますか……本当に自らの役割に徹しておられますよね」

 紅葉さんも同じようなことを考えていたのか、思わずといったふうに口から言葉が漏れていた。

「ああいえ、他意はないのですけれど」

 無意識化で出た言葉に気づき、少し慌ててそう付け加えるが、私はそれを苦笑で受け止めた。

「わかってますよ。きっと考えることはみんな同じのはずさ」

 それを聞いて彼女も淡く微笑んだ。少しだけ、場の空気も和らいでいくのを感じる。

 数瞬の間だけ柔らかな雰囲気が流れ、ややあって紅葉さんは続きを話し始めた。その頃にはもう夕日が沈み切っていて、自然の明かりから人口の光へと色彩が変わっている。

「それからの出来事は、未朽様もご存知の通りです。ご当主様は現場に駆け付け、戦場へと降り立った」

 その光景は今でもしっかりと覚えている。

 降りしきる雨の中、悠然と空から現れた幼い子供の姿。驚きと戸惑いで、一瞬全身の痛みを忘れたほどだ。

「本来であれば、当主様をお一人で向かわせるわけにはいかないのですが、いてもたってもいられなかったのでしょう、報せを聞いてすぐに飛び立ちました。しかしあの方がその気になれば誰も追いつけませんから」

 それはどこか自嘲気味な様子だったが、しかし少しばかりの諦めも見て取れた。

 一家の主を先頭に立たせてしまったことへの罪悪感と、しかしそれをどうすることもできないとわかってしまっている諦観と。

 一言では表せられない感情が渦巻いているようだ。そして私はそこに軽々に触れるわけにはいかない。その家にはその家の考えがあり、もっと言えば個々人にだって想いがある。深掘りするところは間違えないようにしなければならない。

「正直に言って、これ以上ないタイミングだったわね。あと一歩遅かったら、誇張じゃなく殺されていたもの」

「ご無事でなによりでした」

 ふっと少女の姿を思い出すのと同時に、その一瞬前の光景も脳裏に蘇ってくる。

 思い出したくない感情までふつふつと湧いてきそうになるのを堪えながら、その情景も再びしまい込む。

 問題は彼女が来る前の出来事ではなく、その後だ。

 狛と同様、突如としてあの場に現れた黒パーカーの少年――背丈や声でしか判断出来なかったので本当に少年かどうかはわからない――のこと。

 言ってしまえば、いつからあの場にいたのか全く分からなかった。狛は菊秋から藁を経由して連絡がいったので、おおよそのタイミングは把握できるものの、少年に至っては本当に不明だ。

 下手をすれば昨日今日の話では済まないかもしれない。

 スーパーバイザーなんて言い方をしていたからには、ある程度の時間は彼らと行動を共にしていたとみるべきだろう。そしてもう一つ気になることがある。それは、あの少年が『誰に』ついていたのかだ。

 最初は当然、英雄の一族に対して肩入れをしていたのかと思っていたが、そうではない可能性もある。一族ではなく、あの青年個人、櫛田という少女も含めれば二人にだけついていたという線だ。

 自分の予想がどこまで当たっているかなど確かめようもないのだが、もし当初の想像通り、英雄の一族が青年を疎み亡き者にしようと目論んでいたのであれば、わざわざ助けを向かわせる意味がない。

 ほんの少しの時間しか相対していないので全容はつかめなかったものの、あの少年とてただ者ではない雰囲気を醸し出していた。そんな人物を使ってまで彼らを回収させる意図とは。

 そう思い至って、少年が一族ではなく彼らとだけ繋がっているのではないかという予想を立てたのだが。

「だからどうしたって話なのさ」

 小さく呟く。

 それを聞きとれなかった紅葉さんは不思議そうな顔だ。

「……紅葉さんは、黒いパーカーの少年のこと、狛から何か聞いているかい?」

 唐突な話題転換に一瞬だけ戸惑いの顔を見せたが、すぐにそれは消されてしまった。いつも通りの平静な居姿で短く返す。

「いえ、そのようなことは何も伺っておりませんが」

 その返答は十分に予想していたものだった。しかし何故知らされていないのかまではわからない。出来れば本人にもっと詳しいことを聞きたかったが、しかしそれは難しそうだ。

 その後もいくつかのやり取りを経て、そろそろ今日は休んでくださいとの有無を言わさぬご意見をいただいた。

 いくら薬で体の傷は癒えたといっても、まだ十分に体力が戻っているわけではないのだからと。

 本心では今すぐ家族に会いたいと思っているが、ああも圧力をかけられては従うほかに道はない。

 紅葉さんに言われるがまま、私は布団をかぶり目を瞑った。途端に訪れる睡魔に抗うことなく、そのまま身を委ねて深い眠りへと落ちてゆく。

 あっという間に意識は手放された。

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