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天嵐の龍  作者: 誇張蘭
第二章 伝説殺しの英雄
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介入者

 今一番混乱しているのは、恐らく英雄の青年だろうと、私は考えていた。

 数分前まで圧倒的優位を保っていたはずなのに、たった一人の少女の手によってその立場は脆くも瓦解したのだから。しかも現状、まったく手も足も出ていない。

 半透明の剣に弾き飛ばされ、地面に転がっている青年をじっと見やる。とっさの防御がなければ、今頃上半身と下半身は繋がっていなかっただろうと思わせるほどの威力があった。

 ただ、その一撃を受けてもなお折れる様子のないあの刀も、やはり相当のものだと感じさせるが。伊達に英雄の一族の秘宝ではないといったところか。その刀も、今は青年の手から離れて地面に横たわっているけれど。

 そして、いくら一族の秘宝といえど、その能力が対蛇特化のみなのであれば、きっとこの少女には意味をなさないだろう。この子は蛇ではないのだから。

 蛇どころでは、ないのだから。

 散々打ちのめされた青年の意識はもはやない。櫛田少女の横一メートルほどの距離でうつ伏せに倒れ、立ち上がれないでいる。

 というよりも、立ち上がろうという気配がない。

 その姿を見据えていた少女は、音もなく私の前に降り立った。いつしか雨は弱くなっていて、その小柄な体もよく見える。やはり、どこも濡れてはいないみたいだった。

 少女は振り返ることなく、一歩、また一歩と小さな歩幅で横たわる二人に近づいていく。

 こちらから顔を見ることは叶わないが、しかし醸し出される雰囲気は、目に見えると錯覚してしまうほどの怒気を孕んでいた。決して激しさはないが、その分研ぎ澄まされたような、冷たい怒り。

 殺すのだと、そう直感した。

 恐らく、青年だけではなく、隣に伏せた櫛田少女までも。

 櫛田少女に関しては、直接的に私に危害を加えたわけではないが、しかし二人が同じ意思のもと組んでいたとすれば、同罪とみられても仕方ないだろう。

 私だって彼女だけ情状酌量の余地があるとは思わない。

 そもそも、私は彼らを殺すつもりでこの場に来た。

 罠の可能性を確かに感じつつも、自らの意思でここへ来た。結果、ほとんど完封といってもいいほどの負け方をしてしまったが、それでも明確な殺意を抱いて立っていたのだ。

 だから、今から彼らが別の人の手によって殺されることについて、文句はない。

 一度負けた私に、文句を言う権利はない。

 ただ、それでも、何も思わずにいることは出来なかった。

 そして、その別の人というのが、他の誰でもないこの少女であるという点についても、目を瞑ることは出来ない。

 出来ないだらけの中に、更に一つ付け加えるとすれば、そんな現状においても、私には何も出来なかった。

 傷だらけの体で動くことが不可能だとか、そういうことではない。

 目の前に立つ、私の腰ほどの身長しかない少女から発せられる不可視のオーラが、一切の言動を封じていた。

 何を言っても、何をしても、きっと無駄だろうと、そう理解をしていた。

 そんな私の思考を読んだのか、彼女は不意に立ち止まった。横たわる二人に対し、残り五メートルといったところか。

 そのままゆっくりと体を反転させ、こちらに向き直ろうとする。何か言葉を投げかけてくれるのか、それとも表情で語るのか。そんな想定がいくつか頭の中を巡ったが、しかしそのどれも当てはまることはなかった。

 ようやく横顔が見えるその寸前、視界の左上から黒い物体が飛来し、青年の傍に着地したのだ。

 それに感づいた少女は、振り返ろうとした体をすぐさま前に戻す。右手は私を庇うように横に広げられていて、左手は臨戦態勢だ。

 心なしか、雨の勢いもまた少し強くなったような気がする。

 勢いよく降り立ったのは、黒いパーカーを着た小柄な人間だった。少し大きめのフードを目深に被っているのは、雨が降っているからというのが理由ではないだろう。

 フードの奥は暗い闇に満たされていて、その顔を覗くことができない。ダボついたパーカーのせいもあり、身体のシルエットを明確に捉えられず、男女の区別もできなかった。

 背丈という唯一得られる情報からは、そこそこ若い子という印象も受けるし、逆に老いた小柄な老人という気もする。

 つまるところ、彼――便宜的に彼ということにして――については、ほとんど何もわからないということだ。

 向こう側に降り立ったということは、私たちとは敵対関係にあるとみていいのだろうか。それにしては、今までの殺伐とした空気を一変させるほど、静かで、起伏のない感情がうかがえる。

 私の前に庇うようにして立ちふさがる少女も、突如現れた乱入者に対して、どういう対応を取るべきなのか決めあぐねているようだ。

 もっとも、こちらと敵対する意思がないとしても、英雄の陣営とは協力関係にある可能性はある。

 向こうの狙いが読めないまま、ただ静寂だけが流れていった。

 この空気に耐えかねたのか、このままではらちが明かないと思ったのか、自分でも正確には理解しないまま、私は言葉を発していた。

「その二人をどうするつもりだい」

 お前は誰だという質問を真っ先にするべきかと思ったが、しかしそれにやすやすと応える相手ではないということも、直感的にわかっていた。

 だからといって、この質問なら確実に回答が得られるというわけでもないだろうが。

「……私が誰であろうと貴方には関係ありません。貴方が誰であろうと、私には関係のないように」

 その声は少し幼い男の子のものだったが、それよりも返答が来たことに驚き、言葉が出ない。そして、その内容も無視できない。

 一言一句違わずとはいかないが、内容自体は先ほど目の前の少女が言い放ったものと同一だからだ。

 つまり、この戦闘をどこかで見ていたということになる。

 果たしてそれがいつからなのか、まったく見当がつかない。

 動揺する私を一瞥し、黒パーカーの少年は顔をもう一人へ向ける。

「なんてね。関係ないわけないさ。調子はどうだい――龍さんよ」

 その言葉はまっすぐに少女に向けられていた。

 我らが龍の末裔、その頂点であり、中心である、龍の落とし子、断乃たつの こまに。

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