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天嵐の龍  作者: 誇張蘭
第二章 伝説殺しの英雄
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暗転回転

 わらさん。

 フルネームを、砂舟すなふね藁という。

 紛うことなく、龍の末裔の十家、その一角を担う者だ。

 妖怪みたいな御土のじいさんを除けば、現末裔家長(能力を受け継いでいる者、事実上僕もその立場に当たる)の中で最年長になるはずだ。

 最年長だからというわけではないが、龍の末裔十家の実質的なトップに当たる人である。

 そもそも砂舟家が、そういう立場なのだ。他の九の家にはない、ある特別な権限を持っている。その権利の執行者が、ああいう人となりの人物であることを考えると、思うところがないでもないが。

 ある意味、御土のじいさん以上に裏方だと言えなくもない。そりゃまあ、強い権限を持っている人が、誰彼構わず前に出張るのもどうかと思うけれど。しかし僕が会った回数だって、片手で数えられるくらいじゃないか?

 先だって述べたように、決して積極的に会いたい人ではないのだから、会わずに済むのであればそれでいいのだが。

 今回は何とも言えない不安に駆られて、仕方なしに連絡を取ることにした。もしも取り越し苦労だった場合、後で何を言われるか、あまり想像はしたくないな。それでも、前回の一兎いっと誘拐事件を踏まえたうえで、出し惜しみはしたくないという判断だ。

 あの時は、結果的に衣隠さんが来てくれたから助かったものの、今回もそれを望んでいては、何もしていないのと同じである。

 もちろん衣隠さんから何かしらの反応があれば、藁さんへの連絡もしないで済んだかもしれないのだが、やはり手の中の電子機器はうんともすんとも言わない。

「きっと大丈夫よ」

 またしても、そんな声をかけさせてしまった。もう表情には出していないはずなのに、そんなに雰囲気を暗くさせていただろうか。そう思って隣を見やる。

 すると鳴鹿は、こちらを見てはいなかった。

 少し視線を下げ、しかし決して病院の綺麗な床を見ているわけではないようだ。

 未だ手術室で戦っている久散さんの心配をしながらも、ここにはいない彼女のことを思っているのだろう。

 見れば、無朽ちゃんを抱える手も微かに震えている。

 その姿は、どこまでも鳴鹿らしかったし、それを見てどうすることもできないも僕も、また僕らしかった。

 そんな僕らしさなんて、この際まったくもっていらなかったけれど。



 気が付いたら私の身体は地面に投げ出されていた。

 自分が今何をしていたのか、瞬時に思い出せない。

 瞬きを三回。

 そこでようやく記憶を取り戻す。

 戦闘中だった、はずだと。

 夫を切り伏せたであろう憎き敵を前にし、単身挑んでいた。

 コンマ数秒でこれまでの出来事を思い返し、そして現在の状況に当てはめる。私は、倒されたのか? 相手の不意を突き、不安定な攻撃を誘い、無防備な懐へと潜り込んだ。

 固く握りしめた右手の感触ははっきりと覚えているものの、しかしそれよりも先は真っ暗な記憶の海に沈んで見つけることができない。

 私は一体どれくらい気絶していたのだ。

 とどめを刺されていない以上、分単位ではないはずだ。ものの数秒だと信じたい。

 そこで、遅まきながら、地面を踏み歩く音があることに気づく。視界はぼんやりとしていてはっきりと認識できないが、距離はそう遠くない。

 未だ起き上がれずにいる身体を叱咤し、何とか上体を持ち上げたところで、顎に強い衝撃を受けた。

 再び地面へと転がる。

 察するに、蹴り上げられたのだと思うが、激しく揺らさえた脳では、深く考えることはできなかった。

「くはは――」

 それでもどうにか立ち上がろうとする私を見てか、その人物、英雄の青年はこらえきれないかのように声を漏らす。

 始めは小さな笑い声も、やがて大きく、太くなる。

「はぁーはっはっは! ははっははは! ざまあねぇなぁ、おい!」

 その笑い声をやめろ、頭に響く。

 そう思いはするが、音にはできない。

「やっぱり蛇は、そうやって地面に這いつくばってんのがお似合いだぜ」

 まだ完全ではないが、ある程度回復してきた視力を頼りに、青年の姿を視界に収める。その余裕たっぷりな表情も、恨みがましいほどよく見えた。

 完全にやられた。

 そう思わされるほどには、してやられた。

 恐らく私は、懐に入った瞬間、刀以外の打撃を受けたのだろう。あの体勢からすると、膝蹴りあたりだと考えられる。

 刀に集中するあまり、それ以外への注意が散漫になっていた。実際、その刀への対応はできていたのが証拠ともいえる。

 果たして青年は、どこまで読んでいたのか。もしも反射反応で反撃を繰り出していたのであれば、それは見事と言わざるを得ない。だが、奴が普通の人間であるとするなら、あれほどのタイミングでカウンターを放てるとは到底思えない。

 つまり完全に読まれていた、そう考えるのが妥当だ。しかし、そう思考する脳とは別に、認めたくないというわがままな感情が自分の中に存在しているのも事実。

 その理由も、わかっていた。

 何故なら、彼がやったことは、そのまま私がやろうとしたことだからだ。

 相手にチャンスだと思わせて、リスクを呼び込むことで反撃のリターンを得る。結果、通常以上のダメージを与えることに繋がるのだ。肉体以上に、精神に対しても決して軽くない傷を負わせられる。

 それを身をもってわからされた。

 何なら、やろうとしたことをそのまま返されたことで、より深く、強く、心がへし折られようとしている。

 このままでは、いけない。

 何よりも、状況が圧倒的に不利だ。

 不利どころか、勝敗は決したと言われても仕方がないくらいには、二人の構図は決定的だった。

 ひとしきり笑い終えた青年が、ゆっくりと近づくのと同時に、ぽつりぽつりと雨粒が地面を濡らす。

 それは、蛇沢未朽の心情をそのまま表しているかのようだった。


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