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天嵐の龍  作者: 誇張蘭
第二章 伝説殺しの英雄
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一転機

 そのタイミングをじっと待つ。

 必ず来る、そう信じて、今は全身全霊で回避する。

 一回でいい、僅かでいい、攻撃に意識を集中しすぎることで生まれる綻び、顔を出せ。

 容赦なく心を押しつぶそうとする絶望に、危うく目の前が真っ暗になりそうになって、しかしすんでのところで踏みとどまった。その後の数分間、体感にしてもっとずっと長い時間を、驚異的な集中力をもってして攻撃をよけ続けた。

 直撃はおろか、掠めることさえ許されない状況で、それをこなす。

 街灯に照らされて、鈍く輝く刀身に意識をすべて注ぎ込む。

「チィッ、ちょこまかしてんじゃねぇよ!」

 青年の苛立ちも前面に出てきた、隠す素振りもない。

 もう少し、煽るか。

「はん、あんたを相手にするにゃぁ、このぐらいの傷がちょうどいいってことさ」

 嘘だ、ハッタリだ。

 簡単な挑発に乗って、更に鋭さを増した斬撃を躱すには、少しばかり血が足りない。それでも躱すしか選択肢はないのだけれど。

 それを選べるかどうかは自分の意思次第といったところだろうか。

 きっと今、私の顔は真っ白になっていることだろう。鏡など見なくともわかる。しかしだからこそ、強がりでもハッタリでも言っていないと、もたないかもしれない。

 だが時間が経つにつれ、確実に青年の攻撃は単調になってきている。少なくとも、それが感じられる程度には、攻撃が見えてきているということだ。

 そろそろだろうか。

 タイミングを見誤ってはいけない。

 避けることにのみ専念し、いざ反撃の好機に体力が残っていませんでしたなどという終わり方では、あまりにも情けないではないか。

 粘れば粘るほど、自分もボロを出す可能性が増していくことは確かだ。この集中力だって、果たしていつまで持つか見当もつかない。

 ――勝負に、出よう。

 そう覚悟が決まってしまえば、次の行動は即座に行われた。

 縦横無尽に振るわれる斬撃、その合間を縫って、少しでも呼吸を整える。

 上体を反らし、その場に屈み、身体を投げ出すように横へと跳ねる、そして薙ぐように迫ってくる刃を、あくまでも軽々とやってのけるように飛んだ。そのまま青年の頭上を超え、背後に着地。

 完璧に裏を取った、その直後、落下の衝撃に耐えられなかった私の膝が、くの字を超えて折りたたまれた――ように見せた。

 機を逃したと、そう見えたはずだ。

 青年の横顔が狂気の色に染まるのがわかる。

 こちらにはそれを見て取れる余裕がある。

 チャンスを待っていては何も進展しない、それが今ないのなら、いつ来るかもわからないのなら、作り出すまでだ。

 それも、ただ裏を取ろうとするだけでは足りない。もっと決定的に、相手に確実に仕留められると思い込ませることが重要となる。

 だからこそ、反撃の成功率は格段に跳ね上がるのだ。

 顔を上げ驚愕に満ちた表情をする。

 足が言うことを聞かない素振りをする。

 夜の冷たい空気を切り裂いて走る刀身を、確かに認めながらもギリギリまで誘い込んだ。リスクを負えば負うほど、リターンは大きいものとなる。

 リスクを負い、リターンを追う。

 反時計回りに回転し、左手に握られた天羽々斬が私の耳元まで接近したタイミングで、溜め込んでいた力を足から地面へと伝える。しゃがんでいた体勢よりもっともっと、より低く。それこそ地面を這うような動きで青年へと迫った。

 頭上を刀が通り過ぎる音がする。髪の毛のいくつかが宙を舞っていることだろう、しかし、それくらいで済むのであれば安いものだ。タダと行ってしまっても何も問題ない。

 攻勢に出続けた彼は、反撃されることを想定していないはずであり、尚且つ無理な体勢での攻撃となった。低く低く屈んだ私の姿は捉えづらく、どんな攻撃をされるか瞬時に判断できないだろう。

 これで勝負を決めるつもりはない、しかし転機とはなるはずだ。青年の身体が、己に蓄積された疲労に気が付けば、おのずとそれらが全身を襲う。

 千載一遇のチャンス――いける。


 そして――――。

 

 時は少し遡り、場面は転換する。


 手術中、と赤く光った表示灯は未だに消えることはない。懸命に戦っているであろう、未朽さんの夫である久散さんに対して、今現在僕ができることなど何もないと、そうわかってはいながらも重く閉ざされた扉を見つめる。

 手術が始まってどれくらいの時間が経っただろうか。廊下の長椅子に座り、ただひたすらに待ち続けている。

 彼が奥さんと娘を残して先に旅立つことなどありえないと思いたい反面、蛇沢家での惨劇が脳裏を過って不安を駆り立ててくる。

 久散さんは僕たちと違って、普通の人間なのだ。その僕らでさえあれほどの傷を負わされて、絶対に生き残れるかと言われたら、むしろその可能性の方が低いと答えざるを得ないだろう。

 普通の人間ならなおさらそうだ。

 普通の、人間。

 今その言葉を聞いて思い浮かぶのは、どうしたってあの英雄の青年以外にいない。

 名前も知らない、青年。

 一度街中ですれ違った程度の知識しか有していない彼のこと。

 この瞬間も未朽さんと戦っているのだろうか。それともまだ出会ってすらいないのか。もしくは既に決着がついているのか。

 純粋に、単純に、順当に考えれば、最後が最も確度の高い可能性だということは間違いない。希望的観測も多分に含まれていることは否定できないけれど、しかし、まずもって未朽さんは一度勝っているのだ。

 しかも圧倒的に。

 圧勝して、何なら自分の気持ちを優先して相手を生かすということまでしている。そのたかが数日後に現れて、果たして何ができると言うのだろう。

 そう頭では理解している。でもだからこそ不安になるのだ。

 この程度のこと、あの青年自身が一番よくわかっているはずだから。当事者である彼が、未朽さんの力を直に受けた彼が、どうしてまた向かってきたのか。立ち向かおうという気持ちになれたのか。

 そこで更なる可能性に意識を向ける。

 未朽さんと青年が現在も戦い続けているのか、未だ出会っていないのか、既に決着がついたのか、そのどれでもない――あの少女起因による未朽さんへ攻撃の可能性。

 つまり罠だ。

 櫛田否穂と名乗った少女。

 名前と、青年と一緒にいたという事実から察するに、十中八九クシナダヒメの末裔だろうということは想像に難くない。

 青年を倒した未朽さんを恨み、彼の存在を匂わせることで誘い出したという線は、常に頭の中にはあったことだ。よもや現実になるとは思っていなかった、その先にどんな罠が待ち構えているのかも、想像がつかない。

 そういう雰囲気は感じなかったが、しかしそれすらも作戦だったと言われてしまえば、まんまと嵌ってしまった形になる。

 とはいえ、未朽さんはそれすらも承知の上で彼女について行ったのだ。それ以外に選択肢がなかったとも言えるが。

 ただ、未だに未朽さんからの音沙汰がないことが、最も高い可能性以外の出来事が起きていることを示唆しているようで、一向に不安は拭えない。

 握りしめたスマートフォンは、僕の心とは裏腹に全くもって静かなものだった。

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