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天嵐の龍  作者: 誇張蘭
第二章 伝説殺しの英雄
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心想真理

 神苆青年は生き残った。

 正確には、生き残らされた。

 つまり情けを掛けられたのだ。

 彼にとっては自身の想いを掛けたある種の分水嶺であり、明確な殺意をもって臨んでいたのに。

 受け止めることも、反抗することもされず、あしらわれただけだった。青年はそれが許せず、そして一族にとっては恥の上塗り以外の何物でもなかった。彼自身がその出来事の詳細を話すことなどもちろんなかったけれど、しかし無様に戻ってきたその姿を見れば、何があったのか気づかない人間もそういない。

 そして案の定、彼は周囲からの笑いものとなったのだ。

 当然も当然、意気揚々と出張った挙句、殺すことも殺されることも適わず、情けを掛けられ見逃された。

 哀憐や同情とは違っただろうけれど、しかし結果は同じ。

 彼の一族内での立場はこれ以上ないほどに落ちた。

 これ以下などない、と言ったほうがいいかもしれないが。

 純度の高い敵意や悪意、直接的な暴力、暴言の数々、それらを幾度も受けてきたけれど、それすらもなくなった。

 害意を向ける価値すらなくなったと、そう見做されたのだ。

 見放されたのだ。

 もはや彼を見かけても声をかける人などいなくなった。能力を持たない者同士での交流はあれど、そうでない者とは完全に没交渉。

 しかしだからといって、感情までがなくなるわけではない。

 それもそうだ、どうしたって憎しみこそが全てであり、憎しみだけが己を形作る動力足りえる。

 情けを掛けられたことも、一族に嗤われたことも、完全に価値が失われたことも、あらゆることが一つの感情に結び付く。

 そしてやがて糸が切れる。

 これまでの数年で、零れそうになるまで湧きあがった憎悪は、煮え立つほどに沸きあがった怨念は、青年の身体を突き動かすには十分すぎるほどに蓄積されていたのだ。

 それらが今回の事件をきっかけに破裂した。

 族長の屋敷に保管されていた――保管と呼ぶにはあまりにも自慢げな置き方だったが――一族の秘宝に手を掛けることにしたのだ。

 彼を見下し、否、見ることさえしなくなっら長たちへの復讐を含めて、刀を奪う。

 心に決めてしまえば行動は早かった。

 日が完全に沈み、皆が寝静まったころ。

 屋敷に忍び込み音もなく得物を狙う。

 首尾は上々、とは当然いかない。暗殺にも似た不意打ちで何人かは殺した。しかしそれで止まるような状況にはもはやない。むしろ誰かを手に掛けた時点で退路は断たれたも同然だった。

 まさか彼がこんなことをしでかすとは思ってもみなかったのだろう。そもそも屋敷が狙われるとさえ考えていなかったのかもしれない。警備はあれど体制はずさんそのものだ。

 彼らの持つ憎しみはおよそ外に向けられる攻撃的なもので、何かを守るという意識は弱かったのだろうか。

 そういう意味でも、かつての英雄とは程遠い存在になってしまっていた。

 しかしそれでも、目的を達成したことには変わりない。

 どうせなら族長の寝首を掻こうかとも思ったけれど、それでは面白くないとも感じてしまう。

 彼をここまで追い詰めたのだ、意識のない状態の相手を屠っては勿体ないと、そう考えた。

 十分な成果を見せ、実力を示し、そのうえで始末したい。

 そんな一族への復讐心は残したまま、神苆青年は、再び蛇へと挑むのだった。



 彼には彼なりの意思があり、覚悟がある。

 過去がある。

 但しそれは、現在相対する者にとっては何の関係もないこと。当然、語られないことは知りようがないし、たとえ知ったとしても、彼女の気持ちにさしたる変化はもたらさないだろう。

 それだけのことをした。

 蛇沢未朽の最も大切な部分に土足で踏み入り、容赦なく荒らした。

 彼女だって、覚悟をしてこの場に立っているのだ。

 あえて九鬼に対して、声に出して伝えた覚悟。

 彼と彼女、どちらの想いがより重いのか、それは決して比べられるものではないし、比べたところで意味など見出せない。

 想いが大きいからといって、覚悟が強いからといって、それだけで勝てるほど現実は優しくないのだから。



 対蛇特化の武器。

 実際のところその効果は絶大だった。

 意思でも覚悟でも振り払うことのできない、実質的な害。問答無用で襲い掛かるその力は、戦闘の行く末を決めつけるほどに彼女の身体を蝕んでいく。

 奇襲による初撃で削られたのがやはり効いた。本来であれば一撃たりとも喰らってはならない攻撃だったのだ。

 それに気づくことができたのは、結局傷を負ったからなのだが。

 一撃目で能力を確実に封じ、そのうえで体力も削る。痛みと出血による継続的なダメージと、能力不発による混乱を与え、生まれ出でたわずかな隙をも見逃さずに追撃を与える。

 掠りでもしたらそれで上々、さらにこちらの体力は奪われ、向こうは勢いに乗る。

 攻撃を躱さなければならないのに、私の身体はほんの少し前より更に言うことを聞いてくれない。

 悪循環。

 負のループ。

 光明が――見えない。

 事実見えなくなっているのは、勝利への道筋だけではなく、現実的な視界も同様だった。

 先ほどの袈裟斬りが、見逃せない大きなダメージとなっていることは確実だろう。

 ただでさえ体力的な不振に陥っているというのに、出血の量ももはや無視はできない。段々とこちらから攻める手数が減ってきているのが自覚できる。

 最初こそ、相手の攻撃に対し反撃を繰り出すことはできていたのに、今となっては防御に徹することで手一杯だ。

 霞む視界に、それでも目を凝らして青年から目は離さず、眼前に迫ってくる血に濡れた刀をすんでのところで避ける。確かに状況的に見ればこちらが圧倒的に不利だ。長引かせることも得策ではない。

 しかし、それでも僅かながら彼の焦りも垣間見えたような気がする。

 そうだ、戦況は明らかに向こうに傾いてはいるが、まだ終わってなどいない。

 その焦りは、ここまで計画通りに事を運んでおきながらも、勝負を決めきれないことに対するものだろうか。確かに、私の動きは絶好調の時とは比べ物にならないほどおぼつかない。だが行動不能になるような事態だけは避けている。

 加えて、よく考えてみれば、普通の人間があれだけの刀を振り回しているのだ。

 疲弊しないわけがない。

 もちろん、少なからず戦士として肉体を鍛えてはきただろうが、しかしどうしたって人間の域は出られない。あれだけ大振りの太刀を振り回して攻め続けているのだから、いつ身体が泣き言を言い始めてもおかしくないだろう。

 今でこそ攻勢に出ることで意識ができていないだろうが、どこかで一つ、きっかけを与えてやれば、それまでに蓄積された疲労が顔を出してくるはずだ。

 そこに活路を見出す。

 能力が封じられようが、体力が削られようが、肉体が裂かれようが、心は折れない。

 気持ちだけではどうにもならないことだって確かにある。しかし、それでも、でもだって、私は負けるわけにはいかないのだから。

 やれることは何でもやる。

 諦めるなんて、私らしくないさね。

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