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天嵐の龍  作者: 誇張蘭
第二章 伝説殺しの英雄
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英雄ノ一族

 蛇沢未朽にとっては、まるで予想だにしなかった熾烈な戦闘。九鬼、鳴鹿どころか、御土や鷹宮でさえも、彼女がここまでの苦戦を強いられるとは思っていなかっただろう。

 僅かに想像はしていたかもしれない、しかしそれが現実のものになるとは、万が一にもないと、そう考えていたはずである。

 接戦どころか、善戦とも言えてしまうほどにこの場を制し始めている英雄の青年。

 初遭遇時からでは考えられないこの展開ではあるが、しかしこれも現実である。

 何も龍の末裔だけが死線を潜り抜けてきたわけではない。若輩だろうと、能力がなかろうと、それでも彼は英雄の子孫なのである。


 英雄の一族の青年。

 本名を、神苆かむすさ 申刀しんとという。

 当初の蛇沢未朽の読み通り、彼は何の能力も持たないただの人間だった。

 幸か不幸か。

 英雄の血を確かに引きながら、それでも人間だった。

 九鬼と蛇沢は、それをさも大切なことのように話題に挙げていたけれど、しかしながら神苆にとってそれは特筆すべきような、稀なことではなかった。

 彼の近くには、そんな人は、いくらでもいたから。

 つまり、ここ近年、英雄の一族には能力持ちが生まれていないのである。

 原因は未だ不明。

 一族内部でも様々な可能性を模索しているものの、しかし究明できずにいる。どれがきっかけで生まれ出でたのか、どうして増え続けるのか、いつになれば収まるのか、何をすれば――生まれなくなるのか。予想はあれど、結論は出ない。

 その兆候は数十年前からあった。それこそ彼の世代が生まれる更に前から、段々とそれらはこの世に生を受けてきた。当然、当初は大きな問題となったものである。

 今となっても決して小さな問題ではないのだけれど。

 しかしその時の一族の狼狽ぶりは、決して外には漏らせないような状態だったという。やがて騒動は鎮まることなく、さらに激化し、最終的にその最初の『人間』は、忌み子として扱われた。年端もいかない子供に浴びせられた心無い言葉の数々は、しかし一族としての本音でもあったはずである。

 何故なら、今の彼らを形作るその核は『憎しみ』なのだから。

 誰かを、何かを憎むことが己の根幹にあり、力の源であり、生きる意味だった。憎悪なくしては生きられない。

 それでも、最初の忌み子が一族の意思をもって排除されて間もなく、新たな人間が生まれる。

 それは留まるところを知らず、年々数は増え、青年が生まれた時にはもう同世代の半数以上が、何の異能も持たない、人間となっていた。


 こうなってくると、一族とてむやみに排除することはできない。そんなことをしてしまえば、やがて英雄の血が途絶えてしまうことは明白だったからだ。

 但し、そもそもこのままでは、遠くない将来、一族全てが人間になってしまうことも確かである。果たしてそれは英雄の一族と呼べるのか、甚だ疑問ではあるが。

 一族の中には、彼らには英雄の血など流れていないと断言する者も少なからずいるのだから。

 それでも、自らの手で一族を追い込むことは憚られた。そうでなくとも絶対数が多いわけではない。

 現状止める手立てはない。

 しかし処することもできない。

 やがて長たちは、使い物にならない子供らをただ憎み、そしてそれを生んだ親を憎む。

 親たちは、何故こんなものが自分たちの元に生まれてきたのか、子供らを蛇蝎の如く嫌った。

 そして子供たちは――嫌悪されようと、唾棄されようと、それでも正しく大人たちを憎んだ。

 英雄の一族らしく、かつての英雄とは程遠く、まっすぐに、純粋に、憎み恨んだ。

 生まれながらにして誰かを憎むという気持ちを持ち、最初に教えられる感情もそれだ。

 教えられる感情、もしくは与えられる感情。

 憎しみの連鎖は途切れることなく、しかし内部で発散することのできない激情は、当然外へと向けられた。八つ当たりにも近いその行動は、それでも確かに彼らの力が増していることを示していた。

 やがて大蛇の一族を滅ぼすに至るまで。

 但し、その二族間の戦争で核となっていたのが、英雄としての能力を持つ者たちだったということは言うまでもないだろう。青年を始めとするただの人間では、足手まといもいいところだった。

 一族内での立場はどうしようもなく悪い。もともと居場所などないうえに、それに拍車をかけて悪意を向けられる。同族でありながら、もはや迫害に近かった。

 それでも、自分も英雄の一族なのだという誇りにも似た何か、もしくはあらゆる蛇を断絶させるという負の情念、あるいはその両方を持っていた彼は、各地の『蛇』討伐に進んで参入していた。

 当然戦果など挙げられるわけもないが。

 そんな生活の中で、不意に龍の末裔の情報を得た。仲間内からのものではなく、外部からのものだったが。

 そんな一族内ではほとんど知られていなかった情報をもとに、彼は族長たちへ啖呵を切る。

 この蛇はオレが殺してくる、と。


 族長たちにしてみれば、その申し出を断る理由などなかった。

 そもそも情報の出処が定かではないのに、そこへ人数を避けるほど潤沢な一族ではもはやないのだ。

 行きたいのなら好きにすればいい。そもそもわざわざこちらに伝える必要もあるとは思わない。

 そんな言葉を返したものの、内心では青年を嘲笑っていたのも事実である。

 これでまた一人、いなくなってくれる。

 それが本心だった。

 一族の恥、自分を英雄と語るなど言語道断の存在。憎くて憎くて、それでも手を出すことができない。

 そんな人間が、自ら死地へと飛び込んでくれるのだ。こんなにありがたいことはない。

 そもそも情報が正しくない可能性もある。そうなれば、踊らされた彼を嗤うだけ。もし仮に本物だったとしても、それならそれで殺されて終わりのはずだ。

 殺されるのなら重畳。

 その場合は、こちらから本物の英雄の一族を改めて送り込むだけなのだから。

 奇しくも、蛇沢が想像していた状況と、完全に一致していたとは言わないまでも、真実を掠めてはいた。

 根本は間違っていたが。

 青年は自ら望んであの場に来たのだった。 

 そして一族の予想通り敗北し、予想外に生き残った。

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