異能封殺
次々と押し寄せる言葉の波に、私は手足をバタつかせてもがくように脳内を働かせた。
蛇に手足などないけれど。
そして先の通り、思考を巡らすには些かコンディションがよくない。
不可解な現象を捉えようとしているのに、その現象自体が私を混乱させる。
そこに拍車をかけるように、青年は刀を振るい畳みかけてきた。まるで私が思考しようとしたタイミングを見計らっているかのようだ。
「ックソ」
意図せず口を突いて出る汚い言葉。
全てが後手後手だ。どこかで流れを変えないとまずい。肉体的にも、精神的にも、追いつめられてしまう。
ひとまず数発の斬撃を凌いだ私は、攻撃後の瞬間的な硬直を狙って青年の脇を抜けた。チラリと地面の少女に目をやるも、それ以上のことは出来ない。
その場を走り抜け、道路に面した町工場の駐車場に立つ。相変わらず人の気配はないが、街灯は数本立っていて先ほどより視界は確保できていた。
少し遅れて青年は、少女を抱えて姿を現した。七、八メートルほどの距離で立ち止まり、少女をその場に落とす。やはり気遣いの欠片も見て取れない動作に、僅かに胸がざわつく。
「ぁあ、いちいち気にしてんじゃねぇよ。言っただろ、計画だってなぁ。こいつだってこうなることはわかってたんだよ」
私の視線に気づいたのか、何も言っていないにも拘わらず話し出す。よほどおしゃべりが好きなようだ。
だがこれ以上ヤツの思い通りに動かせるわけにはいかない。どこかでこちらから仕掛けないことには、いつまでたってもこの状況は変わらないだろう。いくら相手の言うことが的を射ていようとも、大人しくそれに付き合う必要などないのだから。
つらつらと述べられる単語の数々には耳を傾けず、数歩のダッシュで距離を詰める。先ほどの意趣返しとばかりに、虚を突くようなタイミングでの接近だったものの、青年は一瞬目を大きく開いただけで、すぐに戦闘態勢をとった。
右手に握られていた刀がピクリと動く。
それを先んじて感じとった私は、胸に当てていた手をそのまま青年の眼前で横に薙いだ。直接当たりはしない、しかしべっとりと付いていた血が勢いよく飛び散り、狙い通り青年の両目から光を奪ったようだ。
「うっぜぇなぁ!」
予期せぬ目潰しに苛ついた声を上げ、左手で拭い取ろうとする。
それでも青年の右手は止まることなく下方から迫ってきていたが、これまでのような鋭さはない。上体を軽く逸らすだけで躱し、そのまま左手で相手の右手首を握る。
更に右手で左上腕を掴みとり、視界と両手の自由を封じた。
そのまま流れるように手前に引き寄せ、青年の上半身が倒れ込むのと同時に腹部に膝を叩き込む。
「がっ――」
くの字に折れた体から手を放し、半歩下がって、硬直した相手の右側頭部目がけ左足のハイキックを繰り出す。
これも狙いを違わず命中する。
「――っ、はぁー、ふぅ」
一連の攻撃を終え、一息。
やはり胸へのダメージは軽くないようで、やや息が切れている。長期戦は望ましくない。とはいえ、このまますんなり終わるとも思えない。
何故なら――
「どういうことだい……」
どれだけ力を込めたところで、私の能力が発動しないのだ。
その戸惑いが、私の手を鈍らせる。
そもそも発動さえしてしまえば、この戦闘すら成立しないはずなのに。
「なぁに呆けてんだよ!」
「うっ、とぉ」
良くない、まったくもって良くない。
能力不振のせいで集中力が保てていない。
クリーンヒットしたはずの攻撃を受けても、青年は構わずこちらへと向かってきた。血を流しすぎたのか、思うように体が動いてくれない。
刀を振り上げながら直線的に距離を詰めてくる青年に対し、意識をそちらへ向ける。奇襲による初撃こそ喰らってしまったものの、しかし刀剣の扱いに長けているようではなさそうだ。
普段は使っていないのかもしれない。
だがしかし、だとしたら何故この場においては使用しているのか。
そんな疑問すら、現状では後回しにしなければ。もっと別に思案すべきことがある。
能力の不発。
彼が『相手の能力の制限』という能力を持っている? ただの人間だというのはこちらの思い込みなのだろうか。確かに本人から直接そうだと聞いたわけではないが。
しかし思い返してみれば、初めて出会ったとき、道端での突発的戦闘においては能力は発動していた。
その異能をもってして撃退したのだから。
わざと隠しておいた可能性も零とは言えないけれど、殺されるかもしれない状況で、わざわざそんなことをするようなタイプには見えない。
前回との差異、唯一それをこの瞬間に見出せるものがあるとすれば、それは――
「その刀かい」
それが、わざわざ使い慣れていない武器を持ってきた理由。
ピクッと青年の体が反応した。
そこを見計らって、回し蹴りを繰り出す。遅れて防御姿勢をとった相手の左ひじに当たり、吸収しきれなかった衝撃によって後方へと弾き飛ばされる。
が、しかと踏みとどまる青年。
「……気づいたかぁ、まぁ当然だわな」
両腕から力を抜き、ダラリと垂らしてこちらを見据えてくる。口元には変わらず薄い笑みが浮かべられていた。
「とはいえ、今更それがわかったところで、どぉにもならねぇけどな」
「なんだって?」
左右に刀を振って、少しばかり残っていた血を払う青年。そのまま刀身を持ち上げ、鋒を私に突き付けてくる。
「そりゃそうだろうがよぉ。あんたの能力を封じたんだ、そういう意味じゃぁコイツの役割も終わったみてぇなもんだ」
「だからあっさり認めたってのかい」
「まぁな。――そうだ、ついでに教えといてやるよ。コイツのこと」
上げられた刀をゆっくりと下ろし、腰に据えられた鞘に納める。その一連の流れを見ても、やはり慣れているようには感じなかった。
唐突に刀を納めたからと言って、こちらの警戒態勢を解くわけにはいかない。先ほど奴は刀の役割を終えたと言っていたのだから。それこそ、いきなり殴りかかってきてもおかしくはないのだ。
しかしそんな私の心構えにも気づいていないのか、青年は鞘ごと刀を持ち上げて視線をそちらへ移す。
隙だらけではある。
しかし能力を封じられた今、迂闊に近づくことはしたくないのも事実だ。異能者殺しの道具なんてものを持っていた以上、他に何があるかわからない。
話を聞くつもりはあるが、いざという時の対応はするつもりでいないと。
やがてわずかな静寂の後、青年が動く。
カチャっと音を鳴らし、視線の高さまでそれを掲げ、軽やかに語りだした。
「コイツの名前は――天羽々斬。オレたち英雄の一族に伝わる、秘宝さ」
そういえばと、ふと気づく。
先に刀の名前を聞いておきながら、私はこの青年の名も知らないのだった。




