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天嵐の龍  作者: 誇張蘭
第二章 伝説殺しの英雄
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口火

 あまりにも異質な現場。

 仲間であるはずの少女を背後から刺し、同時に私にも傷を与え、そして地面に伏せた彼女には視線を送ることもせずに、嘲笑するように口角を上げる青年。

 少女は声も上げずに自身のお腹を押さえるばかりだ。

 私も穴の開いたみぞおちを片手で塞ぎ、溢れる血を少しでも止めようとする。幸いにもそこまで深い傷ではないらしく、背中まで貫通はしなかったようだ。確かに、私と少女は向き合ってはいたものの、そこまで接近していたわけではなかった。

 その少女を貫いて私にまで攻撃しようと思えば、せいぜい刀身の先くらいまでしか届かないのだろう。

 しかしだからと言って、無視できる傷とは言えない。こうしている今も、服にはでかでかとしたシミが広がっていて、少しばかり呼吸が早くなっている。

 だがそこに気を取られている暇などどこにもなかった。

 眼前には明確な敵が立っているのだから。

 久しぶりだと、そうのたまった青年に対し、私は何も返せないでいる。頭の中ではありとあらゆる言葉を想定していたにも関わらず、いざその場に立たされると、乾いた喉から音が出ることはなかった。

 改めて自覚する。

 自分が焦っているのだと。

 焦燥にかられ、気が動転し、冷静を装いつつもその実動揺していたのだ。

 そんな私の心内を知ってか知らずか、青年は口早に語る。

「思っていた以上にバッチリ嵌ってくれたなぁ、まぁさかここまでとは」

 真一文字に結ばれた私の口とは対照的な、青年の嫌らしい薄ら笑いが視界に入って、加速度的に苛立ちが増す。

「おいおいそう睨むなよ。目だけじゃなくて、口でも語ってくれないと伝わらないぜぇ」

 彼の手に収まっている刀に、明滅する街灯が反射して時折私の目を焼く。実際、客観的に見れば立場としてはあちらが有利に思える。それでも手を出してこないのは、精神的な余裕からくるものだろう。

 好都合ではあるが、しかしこちらとしてはあまり長引かせるわけにもいかない。

 ちらと倒れこむ少女に視線を送り、再び青年をねめつけ声を絞り出す。

「全て、計算済みだったとでも言うのかい」

「納得がいかねぇか? しかし現実はそうだ。お前さんの家族を襲うのも、ここまで連れてくるのも、そしてこういう結果になることも――こいつがここで刺されんのも」

 言って、つま先で少女の頭を小突く。

 それを目の当たりにして、急激に頭に血が上った。言ってしまえば、それは内輪の話なのだし、敵同士でどうこうしようが私には関係のないこと。

 しかしそうだと理解していても、心に燃える激情は治まりそうになかったのだ。

 計画通りだというのであれば、少女だってこうなることはわかっていたかもしれない。だけれど、この子は本当に案内役だけなんだと聞かされていて、捨て駒扱いを受けるなどとは考えもしなかったかもしれない。少なくとも、自分ごと串刺しにされるなんて。

 ほんの少しでもそう考えついてしまえば、敵であろうと何だろうと、今みたいな行動は許せない。

 許さな――

「せぇあ!」

「――っ」

 家を出てから盛り続けていた怒りに、更なる怒りが上塗りされるその間近、不意に視界の端できらめいた鈍色の何かが迫っていたのに気づいた。

 反射的に身を逸らし、鼻先を掠めるようにして通り過ぎた刀を私の瞳が捉えた。間髪いれず、少女と私の血でところどころ赤く濡れた刃が、再び上から襲ってくる。

 今度こそ、反射ではなく反応で躱した。

 斬り上げと斬り下ろしの連続攻撃をすんでのところでやり過ごした私は、そのまま後ろに飛んで距離をとる。

 そうして肺の中に詰まっていた空気を押し出し、ようやく呼吸を再開した。躱したとはいえギリギリだ。どこか体の動きが鈍い気がする。

「よく避けるじゃねぇか。そういえば最初に会った時も、綺麗にあしらってくれたもんなぁ」

 今更不意打ちぐらいでゴタゴタ抜かすほど、この戦いは清らかではない。何なら、それこそ出会いが既に奇襲からのスタートだったのだから。

 そこはいい。

 それはいい。

 しかし、不可解な点がある

 前回はなかった、無理解なことが。


 彼は私の返答などハナから期待していないのか、饒舌に話し続ける。優位な立場になった途端、滑るように舌が動き回るその姿は、いやに人間臭かった。

 但しその内容に関して言えば、どうにも無視できないことで、顔には決して出さないものの心にくるものがあった。

 耳を塞ぎたいくらいには、耳障りだ。

「あんたのその目、よく知ってるぜ、オレぁな。そしてその目に映っているものも。――いや、映ってねぇことが、って言った方がいいか」

 明滅する街灯の下、辺りには全く人の気配がなく、地面に倒れこんだ少女はうめき声も上げずそして動きもしない。

 意識を失ったか、あるいは。

 今度は青年と目を合わせる形になり、少女とは違った明確な意思のある瞳が私を射抜く。

「よく知っている、よぉく――この身を持って知ってるんだよ。オレは、オレたちは」

「何を、どう知ってるって言うんだい」

 青年の独白に、たまらず口を挟む。しかしその間も、胸元を押さえる手は赤々と濡れていた。

「さっきまでのあんたの目さぁ、オレがこれまでずっと見てきたもんだ。……怒りに、憎しみに、溺れた、その目」

 ズキッと、心が穿たれる。

 少なからず自覚はしていたから。

「そしてその目をしたやつがどんなことになるかもな。……憎しみが目を曇らせていくこと、視界を狭めていくこと。よく、見てきたんだぜ。何せうちには、そういうやつらしかいなかった」

「あんたもその中の一人じゃあないのかい?」

 どこか他人事のように言い放つ青年に対し、そうじゃないだろ、と突き付けるように言う。お前自身だってそのはずだと。

「はっ、まぁなぁ。否定はしないさ」

 そんな私の辛辣ともいえる言葉を受けてなお、彼は軽々とした態度を崩すことはなかった。むしろ、私がこうやって言い返してくることを楽しんでいるようにも見える。

「ただぁし、オレはほんの少しだけ、あいつらよりも視野が広かった。それだけのことさ」

 曖昧で内容の見えない言葉の羅列に、私は意味を見出すことが出来ない。血を流し過ぎていることと、唐突な遭遇に、頭が回りきっていないことが原因の一つだろうと思う。

 ただ、彼の口舌からかろうじて読み取れることがあるとすれば、それは彼自身が、自分が属する英雄の一族の面々とは、異なっている、ということだろうか。しかし果たして、それがどういう違いなのか、どれほどの差異なのかを明確に察することは難しい。

 台詞の端々から少しでも青年の内実を探ろうとする私をよそに、弁舌は続く。

「だから御しやすかったぜぇ、あんた。初対面の時とは大違いだ」

「随分と言ってくれるじゃないか」

「反抗したくなるのは図星だからだろ?」

 ――そして、もう一つわかんねぇことがあるからだろ?

 どきりと胸が跳ねる。

 じわりと汗が滲む。

 まるで、心が弄ばれているようだった。


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